第250話 ヒリフリアナ

 ストンリバー神聖国南端、エノル湖のほとりにある町ヒリフリアナ。

 周辺にいる魔物に強大な力はなく、湖の魔物は湖から出てくることはない。

 そのため、魔物の脅威にさらされることの少ない長閑のどかな町だ。

 白壁が特徴的な町並みとその周辺に広がる黄金色の畑が美しいと有名である。

 セージとルシールは飛行魔導船の甲板からそれを見ていた。


(へぇー、話には聞いてたけど、これはすごいな)


「長閑で綺麗な場所だね。こんなに白い町ってフォルクヴァルツ以来かも」


「ラングドン領、今はストンリバー神聖国だが、建築に木や石、煉瓦を使う場合が多いからな。塗り壁にするところがあっても、これほど綺麗な状態というのは珍しい」


「魔物の影響が少ないからかな? それか結構塗り替える文化の町とか?」


「もしかしたら、私たちが行くと連絡したからかもな。今塗っているように見えるぞ。ほら」


 セージはルシールが指さす方を『ホークアイ』を使って見てみる。

 すると、町の数か所で家の壁を塗っている様子がかすかに見えた。


(本当だ。遠すぎて見えにくいけど、たぶんあれは壁を塗ってるな)


「僕らが行くからってわざわざ塗り替えるとか、そこまでする?」


「汚れている部分を塗り直す程度なら可能性は十分あると思うぞ。時間が足りなかったようだが」


 町に行く場合は驚かせないよう事前に手紙を出すようにしている。

 ただ、飛行魔導船の方が圧倒的に早いため、手紙が届いた翌日に到着するようなこともあった。


「手紙を出さない方がよかったかな」


「手紙を出さない方が困らせるだろ。これくらいは仕方がないと思うぞ。ノーマン総長も町を視察する時は歓待を受けたものだ」


「でも、今回は魔物を仲間にしに来ただけっていう個人的なものだし、ちょっと申し訳ないんだけど」


(今度からはバレないようにこっそり行く? でも飛行魔導船は目立つし、馬車は時間がかかるし、あっ、定期的に飛行魔導船を飛ばしておけば目立たないかも? そこにまぎれて忍び込むとか)


「何か一つや二つは町の困り事があるだろう。今までもそういったことを解決してきたからな。それでいいんじゃないか?」


 少し困ったような表情をするセージをルシールがフォローする。

 今まで回ってきた町で困り事を解決するのことはよくあった。

 むしろ、ギルドなどで話を聞いてからそこに向かうことが多い。

 民を助ける行動はルシールの信念でもある。


 ただ、今回セージたちがヒリフリアナに来たのは、回復役となる魔物を仲間にするためだけの用事だった。

 回復魔法が使える魔物はプローム遺跡のヒールゴーレム、ソンドン洞窟のヴァルキューレなど何体か仲間にしている。

 しかし、今回狙っているのは回復専門で状態異常回復や復活魔法まで使える魔物や回復の特技を持つ魔物だ。


 ヒリフリアナの前に広がるエノル湖は、ウラル山脈とマラデタ山脈が交わる場所、モレナ山脈の麓にある

 そして、エノル湖はモレナ山脈の谷に流れる川が水源になっており、その谷は別名『聖域の谷』と呼ばれている。

 それは『聖域の谷』の奥に回復の精霊『ニンフ』の棲みかがあるからだ。


 ニンフに会えれば、全ての病を治す薬が手に入るという伝説がある。

 精霊が出現するかしないかは気まぐれで、必ず会えるわけではないが、今回のセージの目的は魔物集めだ。

 回復役の魔物に用があり、精霊は会えればいいという程度であった。


「とりあえず、町で困り事を聞いてみよっかな」


「そうだな。それで、そろそろ船を降ろす頃じゃないか?」


「あっ、もうこんなところに! ホイッスルボイス。船を止めて降ろしてくださーい!」


 飛行魔導船の上昇降下は垂直にしかできない。

 降下中に風魔法で微調整はできるが、修正できないほどズレていたらもう一度上昇させて移動する必要がある。

 乗り始めたころは何度か失敗していたが、最近は想定通りに着陸できるようになっていた。


「ちょうど町の外側に着陸できそうだな」


「よかった。そこに飛行魔導船を置いてていいかな? 町の中は狭いし、仲間も出にくいし」


「あぁ問題ないだろう。一応、町長に挨拶する時に聞いてみるか」


 家は町の中央に密集しており、その外側を取り囲むように広がるの畑がある。

 その畑の外側に飛行魔導船を降下させていく。

 すると、飛行魔導船が降りてくることに気づいた町の人が着陸場所に走っているのが見えた。


「町の人が来てるね。わざわざここまで来てもらわなくてもいいのに」


(この偉い人が来たら出迎えなきゃいけないルールって無くせないのかな)


「そういうわけにはいかないのだろう。こういう対応に慣れないとな」


「慣れるより制度を変えた方が……」


「あまり負担を増やさないようにな。さて、すぐに降りる準備しておくか」


(まぁ、いろいろ仕事投げてるしなぁ。とりあえず降りるか)


「じゃあスラオ、留守番よろしく。暇だったら交代で狩りに出かけてもいいからね」


 スラオは返事の代わりにプヨプヨと縦に揺れた。

 町の外なので魔物が襲って来る可能性がある。

 スラオのステータスはまだ低いが、この辺りの魔物よりは強く、スミレン、ドラドラたちもいるため戦力的には問題ない。


 仲間たちに留守番を任せてセージたちは着陸と同時に船を降りる。

 すると町人がその前で並んで待っていた。


「私はヒリフリアナの町長モーリスと申します。セージ様でしょうか」


(おー、町長が来てくれるなんて。というか若いな!)


 今までに尋ねた田舎町の町長は60歳程度の人が多かった。

 一歩前に出て挨拶をしたモーリスは四十歳くらいに見える髭を生やした男だ。

 体格が良く、ルシールよりも背が高いが、緊張した面持ちである。

 セージは印籠いんろうと呼んでいる使徒の証を見せた。


「セージ・ストンリバーです。よろしくお願いします」


「私は冒険者のルシールだ。突然の訪問になってすまない」


 なぜ冒険者が隣にいて、しかもセージの訪問を代弁しているのかわからず、セージとルシールを見比べる。

 しかし、どういうことかは全くわからず、モーリスはとりあえず話を進めることにした。


「我々はいつでも歓迎いたします。このような田舎に足を運んでいただけて光栄です。町の中央に飛行魔導船の着陸場所を用意しておりますので、どうぞそちらに移動させてください」


「ここから歩くので飛行魔導船はここに置いていて大丈夫ですか?」


(スラオも船の中ばかりじゃ嫌だろうし、外に出てレベル上げとかしたいでしょ)


 セージはスラオのことを自分基準で考えているが、本当にそう思っているかはさだかではない。

 町長は普通に提案が通ると思っていたので言葉につまったが、セージが言うことを否定するわけにはいかなかった。


「えぇ、ここでも構いません。では、魔物が襲ってくるかもしれませんので護衛を用意いたします」


「それは大丈夫ですよ。仲間が守ってくれますので」


「よろしければ仲間の方々も町で休んでいただけるよう手配いたします」


「ありがとうございます。ですが、仲間は魔物なので、町の人が混乱するでしょうから」


「いえいえ魔物でも……はい? 魔物、ですか?」


 目を丸くするモーリス町長にセージは「ええ、魔物ですよ」と笑顔で答える。

 それでも、町長は「はぁ」と気の抜けた返事をして、二の句を継げなかった。

 冗談なのか、魔物のような人なのか、どういうことだろうと考えるモーリスの頭の中に、本物の魔物であるという考えは思い浮かばない。


「これは見てもらった方が早いだろう。ゴネット!」


 ルシールが呼ぶとバサリと船からドラゴネットが飛んでくる。

 モーリスたちは「おわぁっ!」と叫び、町の入り口にいた護衛が走ってきて武器を構えた。


「安心してくれ。私の仲間だ。私たちは魔物を仲間にする職業になっている」


 ルシールは隣に着地したゴネットを優しく撫でる。

 ゴネットも嬉しそうにしているが、そんな変化に気付かないモーリス町長はドラゴン系の魔物を前にして冷や汗を流していた。

 そして、なんとか言葉を絞り出す。


「そんな職業が、あるのですね」


「しかし、町の者には仲間か敵かわからないだろう。だから、飛行魔導船には近づかない方がいい」


「そのようですね。えー、まずは町にご案内します」


 モーリス町長は想像とは全く異なる方向にヤバいやつが来たという気持ちになりながら、ぎこちなく町に向かって歩きだすのであった。

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