第249話 チェスター4

 テレーズが走り出し皆がついていく。

 その速度は今までよりかなり速い。


(速いな! でも使徒様は余裕そうだし! ミアはギリギリだぞ!?)


「そういえばテレーズさん、いつもありがとうございます。孤児院で聞いてますよ。いつもお肉を持ってきてくれるとか」


(えっ? テレーズ! お前、孤児院に寄付したりしてんのか!)


 チェスターは目を丸くして見るが、テレーズはなんとなく目をそらした。


「軽く狩って持っていってるだけにゃ。それにこれはセージが言ったことにゃ」


「そうですけど、もう職業マスターしたなら孤児院に用はないはずですよね?」


「だからケルテットを通る時くらいしか行かないにゃ」


 ケルテットの孤児院には獣戦士になるための像を安置しており、それを使うときは差し入れをするように言っていた。

 しかし、獣戦士をマスターしたテレーズはもう用がなくなったはずである。

 それでもテレーズは何かと用事を入れてケルテットをあえて通るようにしていた。


「結構来てくれるって喜んでましたよ? それに意外と食用に適した魔物を捕らえるのって一人だと大変ですよね」


「獣族なら楽なもんにゃ」


「この前は肉と一緒に香辛料まで持ってきてくれたとか」


「せっかくならおいしく食べたかったのにゃ」


「子供でも食べれる香辛料だったって聞いてますよ?」


「……美味しそうなものを選んだだけにゃ」


(テレーズ、やっぱいいやつだな、ってか余裕かよ! 普通にしゃべってるな!)


 セージとテレーズはそんな話をしており、ルシールは懸命に走るミアに話しかけている。


「ミアは騎士を目指しているのか? それとも冒険者として活躍したいのか」


「ひゃっ、はい! 騎士を、目指しています!」


「どこか目指している騎士団はあるのか?」


「はいっ! ストンリバー、神聖国騎士団をっ、目指しています!」


「そうか。それなら体を鍛えた方がいいな。後衛でも体力は必要になる。特にAGIがあるといい」


「はいっ! 頑張ります!」


 ミアは息が上がりながらも嬉しそうに答えていた。

 ルシールは有名になって人気も高い。

 その中でも女性冒険者からの人気が特に高く、憧れの的になっていた。


(いや、緊張感ねぇな! ブロセリオア森林だぞ!)


 さっき魔物を倒しながら進んだばかりだが、魔物が出現する可能性もある。

 そんな状況でも全く意に介さず話している姿は高レベルの魔物の領域であることを忘れそうな光景だ。

 そうしているうちに木々の隙間からドラゴネットが見えてきた。


「ここで待っててくださいね!」


(やっぱり二人で行くのか! 大丈夫なのか? というか早ぇ!)


 明らかに今までと異なる動き。

 ここまで走った時は軽いジョギングだったのかと感じるほどである。

 そして、セージとルシールは走りながら呪文を唱え、ハンドサインを送り合う。


(長いハンドサイン、というか話してる!? やっぱ緊張感ないな!)


「グラシエスフルメン」


「オリジン」


 チェスターの突っ込みと同時に発動された魔法は、普段使っている上級魔法の上の特級魔法すら超えた融合魔法。

 空気すら凍結するかのような空間を縦横無尽に走る雷。

 その周囲に発生した球体から光線が襲いかかり、魔物を滅ぼすかのような神聖な輝きが爆発する。

 チェスターたちが使う魔法ではこうはならない。

 まさしく格が違う。


「おうぇぁ……」


 チェスターはその魔法のことを知らないが、巻き込まれたら死ぬと悟った。

 そして、魔法の輝きが消えた瞬間に閃く剣。


「デマイズスラッシュ」


 究極の剣技。

 チェスターが使う『メガスラッシュ』とは似て非なるもの。

 ルシールのステータスが合わさり、恐ろしいほどの威力を秘めている。


「シールドバッシュ」


(あぁ、シールドバッシュは使うんだな)


 ドラゴネットの反撃に合わせて発動された『シールドバッシュ』は聖騎士の特技。

 これはチェスターでも使える。

 ルシールには不釣り合いだと感じるほど身近な技であり、むしろチェスターの中の『シールドバッシュ』の評価が上がる。


「ガゼルパンチ」


 今度はドラゴネットが『業炎の息吹』を発動した瞬間、頭部を下から拳で打ち抜いた。

 強制的口が閉じられて、炎が止まる。

 普通に攻撃せず止めにかかったのは近くでセージが戦っているからだろう。


(おぁーそんなこともできるのか……)


「神速、二ノ太刀」


 流れるように攻撃を繋げ、反撃をさばいていくルシール。

 一人でドラゴネットを圧倒できる実力があるのは明白だ。


(なんだあれ、剣が見えないとかありなのか? すげぇとしか言いようが――!)


「メイルシュトローム」


 セージが戦っていたのは小さい方のドラゴネット。

 近接戦闘をしていたドラゴネットが距離をとろうと後ろに羽ばたいた瞬間に魔法が発動されていた。

 大きいドラゴネットは近接攻撃タイプだが、小さいドラゴネットは魔法も使う。

 空に飛ばれたら厄介なので、セージは魔法の準備をしていたのである。


(なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!)


 荒れ狂う嵐の如く巻き起こる巨大な渦。

 その激流に翻弄されるドラゴネット。

 離れていても、初見でもわかる威力。

 その間にセージは再び呪文を唱え始め、圧倒的な速度で回復魔法を発動させた。


(あー、なるほど。これは俺ら、いらねぇわ)


 チェスターは戦いを見て納得する。

 どちらに混ざっても邪魔になる想像しかできなかった。


(うおっ、すげぇあの動き! どうやったんだ?)

 

 あまりにも強大な力にチェスターは気が抜ける。

 何かあれば助けに入れるようにと考えていたのだが、そんなものは一切必要ないことがわかったからだ。


「ほら、あれ見たか? 俺もメガスラッシュの時真似しようかな」


「あれ、真似できるか?」


「練習するんだよ!」


「練習かぁ。私が上級魔法発動するくらいでアレが発動するんだけど、練習で何とかなる気がしないよ」


「そうだよな。僕も無理。教えてもらえないかな」


「それは無理でしょ!」


「意外といけるかもしれないにゃ」


「えっホントに?」


「上級魔法の唱え方くらいならいけそうにゃ。一度試してみるといいにゃ」


 チェスターたちは観戦モードだ。

 一応魔物が来ないか周りを警戒しているが、セージたちがあまりにも強いため、チェスターたちの緊張感がなくなっていた。

 そして、しばらくするとルシールがドラゴネットを倒した。


(早ぇ! やっぱ一撃の威力が全然違うな。攻撃の流れも見事としか言えないし。すげぇよ)


 そして、ルシールが倒した後、少ししてからセージもドラゴネットを倒す。


「デマイズスラッシュ、よしっ、終わった! お待たせ、ルシィさん」


「私も倒したばかりだよ。セージはかなり剣の腕が上達したな」


「ルシィさんに鍛えてもらってるからね」


「それで、ドラゴネットはどうなった? 仲間にはなったか?」


「うん、とりあえず目的は果たせたね。そうだ、テレーズさーん! どうぞー!」


「みんな、行くにゃ。とりあえず樹液の採取をするにゃ」


「おう!」


(本当にすげぇわ。今回ここに来てよかったぜ)


 テレーズの号令で樹液採取のために駆け寄る。

 その間もルシールとセージの話は続く。


「名前何にする? 僕の方はドラドラにしようと思うんだけど」


「じゃあ私はゴネットにしよう」


「あー、うん、良い名前だね。わかりやすいし」


(良い名前、か? というか、仲いいよな……)


 少し羨ましくなりながらチェスターはせっせと樹液を採取するのであった。

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