第248話 チェスター3

「セージ、にゃ?」


 そんなテレーズの言葉に、ウシュグル翼騎士団のチェスターは意外に思った。

 獣族であるテレーズに親しい人族がいると思っていなかったからだ。


(この少年と知り合いなのか? 珍し……んっ? セージってどこかで聞いたような……)


 セージという名前に聞き覚えはあった。

 しかし、姉弟のような男女二人の冒険者なんて見たことがない。


(うーん、まぁ気のせいか)


「……あっ、もしかしてテレーズさん?」


 セージは何とかテレーズのことを判別できた。

 忘れていたわけではなく、獣族の判別は難しいのだ。

 特にテレーズは茶色をベースに黒色の縞模様がある毛並みで、ミコノスの里では一番多いタイプである。

 人族からするとかなり分かりにくい。


「そうにゃ。久しぶりにゃ、にゃ!? 魔物にゃ! 早くこっちに来るにゃ!」


(こんなところにデビルプラント!? 何でだ!?)


 セージとルシールの後ろに見えたのはデビルプラントの姿。

 デビルプラントはブロセリオア森林の手前の森で出現する魔物だ。

 ここでは出てくるはずがないので戸惑いつつも、サッと戦闘態勢をとった。

 それをセージは慌てて止める。


「待って待って! 仲間ですから!」


「魔物にゃ!」


「仲間の魔物です!」


「だから魔物にゃ! にゃ? 仲間にゃ? どういうことにゃ?」


(はぁ!? 何言ってんだこいつは!)


 チェスターは戦闘態勢を解かずに魔物を見るが、たしかに襲いかかってくることもなく静かにそこにいるだけだ。

 セージが「ほら」と言いつつデビルプラントの花びらを撫でる。

 デビルプラントはフルフルと揺れるだけで攻撃する様子はない。


(マジかよ……どういうことだ?)


「魔物を仲間にする職業になったんですよ。こっちがデビプンで、あっちがスミレン――」


「デビプン?」


(デビプン?)


 他に重要なことがあったが、まず名前に引っ掛かってしまった。

 そこでルシールが自信を持って言う。


「なかなか良い名前だろう?」


「……我に人族の感性はわからないにゃ」


(俺にも分からねぇよ!?)


 チェスターは心の中で叫んだが、さすがに初対面の相手なので口には出さない。


「そうか……まぁそれは仕方ないな。私はルシールだ。よろしく、テレーズ」


(って職業の話は!? 気になるんだが!)


 そんな心の中の突っ込みはスルーされる。

 テレーズはセージたちならそんな職業になっててもおかしくないと思っており、それよりもルシールという名前にピンときたからだ。


「よろしくにゃ。ルシールってもしかしてルシール自由騎士団のルシールにゃ?」


(はぁっ!? まさか!?)


「知っているのか」


「そりゃこの国で冒険者をしていたら絶対に知っているにゃ。ルシール自由騎士団、悠久の軌跡、極東連合は王国の三大冒険者パーティーにゃ。その中でもルシール自由騎士団は最強と名高いにゃ」


 ルシールは「そんなことを言われていたとは知らなかったな」と驚く。

 冒険者の中では有名なことだが、周囲の評価について気にしたことがなかったので知らなかったのだ。

 そしてチェスターは呆然とルシールのことを見ていた。


(本当に……? うわー、初めて会った。マジか。団長は綺麗な女性だって噂では聞いてたけど本当だったんだな)


 噂には聞いていたが、最強パーティーの団長が綺麗な女性なんてのは話が盛られているだけだと思っていたのである。

 強いパーティーの噂は盛られがちだ。

 女性がパーティーリーダーというのも珍しいくらいなので、信じられないのも無理はないだろう。


「ルシィさんってそんなに有名なんだ」


「さすがに有名になったとは感じていたが、そんなことを言われているとは思わなかったな」


「最近、冒険者が騎士団って名前をつけるのも流行ってるにゃ」


 テレーズはそう言ってミアの方を見た。

 ミアとは同性ということもあり、一番話をしてきている。

 その中で、ミアが流行りだからとはいえ名前を真似してしまったことを気にしていたなと思い出したからだ。


「わ、私たちウシュグル翼騎士団って冒険者です! 憧れて名前を真似をしました! すみません!」


 いきなりのことで、あわあわと焦りながらも一息で言い切って頭を下げるミア。

 ルシールはそれを聞いて感心したように頷く。


「パーティーの名前は自由だから、似ているくらいどうということはない。それにしてもウシュグル出身ということは農家か。それは頑張ったな」


(ウシュグルのこと、知ってるのか)


 これにはチェスターも驚いた。

 大きな町でウシュグルを知っている人はほとんどいないし、農家から冒険者になる苦労も普通は知らない。

 農家から冒険者になる者は少なくないが、ブロセリオア森林で戦えるほど成長する者は限られている。

 ミアは名前の許可をもらったこと、ルシールがウシュグルを知っていたこと、そして努力を認めてもらえたことが嬉しくて「ありがとうございます!」と再び頭を下げた。

 ルシールはそんな姿に小さく微笑み、セージに向く。


「それで、セージ。ドラゴネットのことはいいのか?」


「そうだ! ドラゴネット見ませんでした? この辺に飛んでるのを見て捕まえに来たんですよ」


(捕まえにって何を言って――)


「それなら見たにゃ。案内するにゃ」


(はぁ!?)


「本当ですか!? お願いします!」


「テレーズ! ルシールさんがいるからってこの人数でドラゴネット相手は危険だろ!? それに捕まえるなんて」


 急な話の流れにチェスターが思わず口を挟む。

 しかし、テレーズは冷静だ。


「チェスター、大丈夫にゃ。セージ、ドラゴネットは倒せるのにゃ?」


「もちろんです。倒せますし、仲間に出来るはずなんですよね」


 自信満々に頷くセージ。

 それを見てもチェスターが納得できるはずがない。


「こんな人数で戦ったことあんのか!?」


「いえ、会ったこともないですね」


「会ったこともねぇのかよ! そもそも魔物を仲間にするってなんなんだ! そんなことができるなんて聞いたことねぇって!」


「詳細は省きますが、実はそういう職業が生産職にあるんですよ。ほら、この魔物もそうですし」


 セージはスミレンにポンポンと触れる。

 それを見てチェスターはハッと思い出した。


(そういや職業の話があったな。というか生産職なのかよ! 魔物が仲間にできるってすげぇな、ってそうか!)


「もしかして魔物が強いのか?」


「いえ、仲間になったばかりでレベル4です」


「弱ぇえ!」


 思わず突っ込むチェスターにテレーズが首を傾げる。


「チェスター、いいのにゃ?」


「なにがだよ」


「セージはストンリバー神聖国を作った人族にゃ」


「ストンリバー神聖国、を作った……?」


「そうにゃ。神聖国騎士団を目指してるんじゃないのにゃ? それなら自分を売り込んだ方が良いにゃ」


(売り込む? えっ? どういうことだ?)


 テレーズの助言があまりにも突然の内容でチェスターは混乱した。

 しかし、ふと思い出す。


(神聖国を作ったセージ……セージ・ストンリバー!)


「えっ、あっ、えっ? もしかして、使徒様……?」


「そうですけど、使徒様って慣れないのでセージでいいですよ」


「我もセージって呼んでるにゃ」


(そんなこと言われても、ってかテレーズはなんでそんなに普通にしゃべってんだよ! 使徒様だぞ! 気軽に呼ぶな!)


 チェスターは叫びたい気持ちを抑えて黙った。

 テレーズのことを認めているセージの前でどうしたらいいのかわからなかったのだ。


「それに使徒様って何かよくわかってないのにゃ。王様じゃないのにゃ?」


「僕もよくわかってないんですよ。国王は嫌だって言ったらこうなったんですよね」


(国王は嫌っ!? そんなの聞いたことねぇ! というか使徒様は女神様が遣わした者のことだろ! 本人がわからないってどういうことだよ!)


 チェスターの突っ込みは形になることなく、テレーズは「セージらしいにゃ」と尻尾を振った。

 それでいいのかと突っ込みたい気持ちを抑えて仲間を見るが、混乱と困惑と呆然が混ざったような複雑な表情をしている。


「それで、とりあえずドラゴネットのところに案内してもらえませんか? 逃げられたら嫌ですし」


「わかったにゃ。チェスターたちはどうするにゃ? ドラゴネットがいなくなってから呼びに来てもいいにゃ。樹液は必要にゃ」


「えっ、あー、テレーズは行くんだよな?」


「我は案内役だから当然にゃ」


(あっそりゃそうか)


 チェスターは慌てて「それなら俺たちもついていく、よな?」と皆に問いかけた。

 ミアたちは「う、うん」「そりゃあ、な」「テレーズが行くなら俺らも行くだろ」と頷き合う。


「えっと、いいですか?」


「いいですけど、攻撃はしないでくださいね」


「えっ? はい、わかりました……?」


(手伝いは必要ないってことか?)


 セージとしてはもしチェスターたちが倒してドラゴネットが仲間にならなかったら嫌というだけだが、チェスターは魔物を仲間にするルールなどをちゃんと知らない。

 チェスターが困惑するのは当然だ。

 しかし、そんな状態のチェスターたちをおいてセージが宣言する。


「じゃあサクッといきましょう」


「案内するにゃ」


 こうして全員走り出すのであった。

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