第247話 テレーズ
テレーズは『ウシュグル翼騎士団』と共にブロセリオア森林に向かっていた。
「ブロセリオア森林にはもうすぐ着きそうにゃ」
「……そうなんだな」
そっけなく答えるチェスターに、テレーズはチラリと目を向ける。
敵意は感じないが、まだ信頼関係が築けているとはいえない雰囲気だ。
(まぁしかたないにゃ)
テレーズがリュブリン連邦を出てから一年以上経っている。
その間に様々なパーティーを経験してきた。
あからさまに仕方なく組んでいるというパーティーや、最後まで警戒されたまま依頼を終えたパーティーもある。
最初から友好的な人族のパーティーなどなかった。
多少避けられるくらいなら大したことはない。
むしろ、テレーズにとって、形だけでもパーティーとして扱っているウシュグル翼騎士団は良い方だった。
(チェスターとは合わせるのも楽にゃ。回復魔法も使ってくれるし、今回のパーティーは当たりにゃ)
それに友好的でないのは冒険者だけではない。
町の者もそうだ。
商人には警戒され、宿屋には敬遠され、酒場では喧嘩を売られる。
人族の町に来てからそんなことばかりだった。
しかし、それは今まで人族の町にすむ獣族が荒くれ者ばかりで、人族は獣族を見分けるのが苦手だったからであり、テレーズがどうということではない。
それに、ケルテットは異なる。
特に孤児院の関係者からは受け入れられていた。
そうして、魔物を倒しながら順調に森を進んでいるとブロセリオア森林が見えてきた。
(この光景見せてやりたいにゃ。きっと走り回るにゃ)
テレーズは目の前に広がる赤い葉の木々を見ながら子供たちのことを思う。
テレーズは依頼の合間に時間があれば必ず孤児院に行っていた。
その時は必ず獲物を狩って肉を持っていき、子供たちに食べさせている。
そんなことをしているのは、セージに
テレーズには何かを買う金がなかった。
金をかけずに調達できる物ということで、魔物を狩ってきたのである。
初めは義務のようなものだったが、今は異なっていた。
金があれば調味料も買って持っていったりしている。
そして、美味しそうに食べる子供たちを見るのが嬉しかった。
人族の町で邪険に扱われることの多いテレーズだが、孤児院では受け入れられている。
いつの間にか専用の部屋もできた。
それが救いとなっていたのだ。
テレーズが荒れることも他国に出ていくこともなく頑張れているのは、孤児院の子供たちのおかげといっても過言ではない。
そんな生活を続けているとケルテットでの評判も徐々に上がり、今では第二の故郷と思えるほどになっている。
今回、ウシュグル翼騎士団に加入したのもケルテットの冒険者ギルドの推薦があってのことだった。
「すげぇな」
「すごいね! こんなの初めて見――」
「魔物にゃ!」
テレーズの声にミアが「あっ」と声を漏らす。
(早速現れたにゃ。あれはフレイムタイガー、耐久力は低めだにゃ)
ティモシーとミアが気づいた時、テレーズは獣騎士の特技『看破』をこっそりと発動して確認していた。
「一旦引き付けるぞ!」
(たぶん魔法がなくても倒せるにゃ。そんなに難しくないにゃ)
「シールドバッシュ!」
チェスターとティモシーは聖騎士の特技を使って受け止める。
(人族はいい特技があるにゃ)
獣族の特技に有用な技があるとわかっているが、聖騎士にある『シールドバッシュ』や『スケープゴート』などかなり使いやすい。
羨ましくなる特技だった。
「ミア!」
「マグナウェーブ!」
(あっ、まずいにゃ。これは無理にゃ)
「テレーズ!」
チェスターの焦った声が聞こえる中、テレーズは横に跳躍し、何とか足に当たる程度で済ませる。
そして、掴んだ木を軸にして体を回転させ、滑るように着地した。
テレーズはちらりとパーティーメンバーを見る。
(わざと、ではないみたいにゃ)
今までのパーティーでは、テレーズが巻き込まれることがわかっていながら魔法を発動してくることがあった。
さすがにそこまでするようなパーティーは少数であり、きちんと冒険者ギルドに報告もするのだが。
その後順調に戦闘を終え、チェスターがテレーズに話しかける。
「さっきはすまん。俺が後衛との連携をちゃんと伝えてないのが悪かった」
ティモシーが焦りを滲ませ謝り、ミアはペコペコと頭を下げている。
(これなら我からちゃんと聞いておくべきだったにゃ)
「しかたないにゃ。我も聞いておけばよかったにゃ。ミアに合図を出したら引いたらいいのにゃ?」
テレーズは後衛との連携をきちんと決めるべきだとわかっていたが、聞いていなかった。
それはウシュグル翼騎士団に気を使っていたからだ。
獣族からの指摘を嫌がる人族がいて、今までの経験から避けていたのである。
休憩を挟んだ後、テレーズたちは魔物を倒しながら進んでいき、一本だけピンク色をした葉の木が見えた。
(あれはメイプウッドスイートにゃ。通りで甘い匂いがすると思ったにゃ)
戦闘態勢をとりながらゆっくりと近づいていく途中で、風向きがふわりと変わる。
(前から少し違う甘い匂いが漂ってくるにゃ。これがメイプウッドスイートの匂いにゃ? それならここまでの匂いは――)
「待つにゃ。下がるにゃ」
「ここまで来て何言ってんだよ」
「甘い匂いが全方位から漂ってるにゃ」
「そりゃあいつがいるからだろ」
「それだけじゃないにゃ。後ろからも――」
その時、チェスターの剣が急に近くのメイプウッドに触れる。
その瞬間、攻撃を仕掛けてきた。
(やっぱりにゃ!)
メイプウッドに囲まれていて、すぐに四方八方から攻撃が襲いかかる。
「守りを固めろ! いったん引くぞ!」
「フレイム!」
「ウィンドブラスト!」
(無理にでも包囲を抜けるしかないにゃ。でもミアが抜けるのはしんどいにゃ)
「ティモシー! 守れ!」
チェスターの声にティモシーは答えられない。
回復魔法を唱えつつ、攻撃から身を守っているからだ。
(慌てすぎにゃ)
メイプウッドの攻撃を捌きつつ後衛に近づくテレーズ。
ミアの動きも見たが、出来が良いとは言えなかった。
(助けるにゃ)
ミアとメイプウッドとの間に強引に割り込んでいく。
体勢が悪く、少なくないダメージを負うとわかっていたが、ミアと比べればVITは上だ。
そして後衛を守るのが前衛の仕事である。
でも、それだけではない。
テレーズの頭には、セージのことがあった。
ラミントン樹海で神閻馬と戦ったとき、絶体絶命の危機を救ったのはセージだ。
命の危険を
後から冷静になって考えると、テレーズは戦いの邪魔になっており、見捨てた方が良かったのは明らかだろう。
言うことを聞かず、戦闘状況を乱し、攻撃を受けるような状態。
それでもセージは
戦いの後、セージになぜ助けたのかを聞いていた。
理由は、同じパーティーの仲間だったから、というものだ。
同じパーティーになったからにはどんな状況でも見捨てたりすることはない。
その信念を聞いて、種族にこだわり自分のことだけを考えていた自らを恥じた。
「ぐぅっ……にゃあ!」
だからこそ、仲間であるミアを助ける。
パーティーを組んだからには相手がどうだろうと必ず助ける。
その行動に迷いはなかった。
「まずはこの包囲から出るにゃ!」
そう言ってミアを抱えて走り出す。
リュブリン連邦ミコノスの里で最速を誇ったテレーズであれば、小柄なミアを抱えたとしても、ミアが走るより速い。
攻撃を避け、弾き、防ぎながら強引にメイプウッドの間を抜けた。
「フロスト!」
ミアがすぐに魔法を発動する。
それに合わせてテレーズが攻撃を仕掛け、ケヴィンがその隙に抜け出した。
チェスターとティモシーは別の場所から抜け出し、合流しようとしている。
(何とか態勢が整いそうにゃ。後は、倒すだけにゃ!)
ここまではパーティーで合わせるために気を使って動いていたが、今は前衛一人。
ノーガードで動き回りながら拳を振るうスタイル。
それがテレーズの本気。
回避と攻撃に特化した戦い方は、連携を無視しているが、一人ならば問題なかった。
チェスターとティモシーはテレーズの両サイドで囲まれないように魔物を抑えている。
ミアとケヴィンは呪文を唱えて魔法を準備した。
「テレーズ!」
チェスターの声が響き、テレーズはパッと後ろに跳んだ。
「「フレイム!」」
それと同時にミアとケヴィンの魔法が発動し、メイプウッドに大きなダメージを与える。
そして、ティモシーの回復魔法がかかり、炎が消えると同時に魔物へ飛びかかった。
(なんか……いいにゃ)
戦いながらテレーズは思う。
今までは人族のパーティーで一般的な戦闘の組み立て方を真似して戦っていたが、今は本来の戦い方をしながら、お互いがそれに合わせて戦っている。
それが新鮮で、何よりパーティーに受け入れられている感じがした。
「メガフィスト!」
その会心の一撃は最後に残ったメイプウッドスイートの幹の窪みにクリーンヒットし、HPを0まで削り切る。
そこにすかさずチェスターの剣が閃き、メイプウッドスイートの根に突き立てた。
ウッド系は根を切ることで捕らえることができるのだ。
「よっしゃあ!」
チェスターたちは拳を合わせて健闘を讃え合う。
そして、テレーズに向かって拳を差し出した。
テレーズは少しキョトンとしたあと、コツンと拳を合わせていった。
(このパーティーに入れて良か――んにゃ?)
「よし、早速樹液を――」
「逃げるにゃ!」
チェスターたちは少し戸惑ったが、テレーズの勢いに頷く。
テレーズはまたミアを担いで走り出す。
(たぶんこの森最強の魔物にゃ!)
「こっちにゃ! 急ぐにゃ!」
進んできた道を逆戻りするかのように木々の間を走り抜けていく。
「どうした? 何があったんだ?」
「たぶんもうすぐ来るにゃ」
テレーズは後方の上空に視線を向ける。
すると、悠々と飛ぶドラゴンの姿が見えた。
「あれは……ドラゴネット!」
(やっぱりにゃ)
ブロセリオア森林とその周辺を縄張りとする魔物、ドラゴネットは必ず二体一組で行動するドラゴンだ。
片方は人と同じ程度の体高しかなくドラゴン系の中で最も小さい。
補助や回復を基本として、ブレス、風魔法で攻撃するサポートタイプだ。
もう片方は人の倍ほどあるが、それでもドラゴンとしては小さい。
こちらはブレスと物理攻撃がメインのパワータイプである。
「ドラゴネットはメイプウッドの樹液を食べるらしいにゃ」
「あいつらを相手するのはキツいな」
「あと三パーティーはいないと倒せないぜ」
テレーズたちはその場を離れながらホッと一息つく。
メイプウッドの場所からは大きく離れたので戦闘になることはないだろう。
ドラゴネットはかなり強く、高レベルの複数パーティーで挑む相手だ。
テレーズのパーティーだけで戦うのは得策ではない。
「でも、あとちょっとだったのになぁ。せっかく見つけて倒したのに、もったいねぇ」
「本当にな。でも逃げてこれてよかった。ありがとうテレーズ」
「チェスターたちもついてきてくれてよかったにゃ」
(あの状況で我の指示は無視されるかと思ったにゃ)
ちょうど倒したところだったのだ。
突然逃げろと言われても理由を聞きたくなるだろう。
悠長に話す時間がなく、パーティーを残して一人逃げるわけにはいかないため、とりあえず一緒に逃げる行動をとってくれたのは助かっていた。
そんな気持ちを持つテレーズにチェスターは笑いかける。
「何言ってんだよ。俺たちは同じパーティーだろ?」
「……その通りにゃ」
そのチェスターの言葉に、テレーズは胸を熱くさせながら答える。
その時、高速で近づいてくる音が聞こえた。
「何か来るにゃ!」
その声で全員が戦闘態勢に移る。
そして、その木の間から見えた人影にテレーズは驚く。
「すみません! ちょっといいですか?」
(やっぱりこの声は間違いないにゃ)
声をかけてきた冒険者はテレーズの知る人物。
「セージ、にゃ?」
(でも、どうしてこんなことにセージがいるにゃ?)
「えっ? あっ、もしかしてテレーズさん?」
セージも驚いて顔を見合わせるのであった。
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