第246話 チェスター2

 その後もナックルベアやマッスルコングなど出現する魔物と戦っていく。

 苦戦するような魔物はいない。

 順調に進んでいくと、赤い森が見えた。

 あるところを境にして、炎のような形をした赤い葉を持つ木が一面に生えている。


(あれがブロセリオア森林。聞いていた通りだ)


 ここまでは一面緑の森だったが、急に一面赤になり視界がおかしくなったような感覚がする。

 そして、どこからか少し甘い香りが漂っていた。


「すげぇな」


「すごいね! こんなの初めて見――」


「魔物にゃ!」


 テレーズの注意に感動していたミアが「あっ」と気づいて、慌てて呪文を唱え直す。

 木の陰から魔物が近づいていた。


「一旦引き付けるぞ!」


 迫ってくるのは三体。

 炎のような毛並みを持つ虎型の魔物、フレイムタイガー。

 まだ魔法が用意されていないので、あまり前には出ずに待機する。

 先にケヴィンの魔法『ウィンドブラスト』が発動しフレイムタイガーに襲いかかった。

 しかし、フレイムタイガーはそれを突き抜けてくる。


(さすがだな!)


「シールドバッシュ!」


 チェスターはティモシーと共にフレイムタイガーを受け止めると、炎が舞った。


(急に三体はきつい。素早いし思ったより攻撃力が高い)


「メガスラッシュ!」


 反撃の剣はわずかに当たり、さらに踏み込んで放つ二撃目は避けられる。

 しかし、それで問題ない。


「ミア!」


「マグナウェーブ!」


 チェスターとティモシーはすぐに下がったが、テレーズは攻撃のために踏み込んだところだ。

 今までに出てきた魔物は弱く、戦闘中に範囲魔法を発動することはなかったのである。


「テレーズ!」


 テレーズは魔法に気づき、横に跳躍して避けようとしたが遅かった。

 足に当たってしまう。

 そこでテレーズは木を掴み、それを軸にして体を回転させて滑るように着地した。


(すっげぇな! これも獣族だからか?)


「攻撃するぞ! メガスラッシュ!」


 魔法がなくなると同時に攻撃に移り、ケヴィンの『フロスト』と合わせて戦闘を終える。

 そして、周囲を警戒しつつ、テレーズに話しかける。


「さっきはすまん。俺が後衛との連携をちゃんと伝えてないのが悪かった」


 ミアは魔法を準備しているので話せないが、テレーズにペコペコと頭を下げている。

 テレーズはそれをチラリと見て答える。


「しかたないにゃ。我も聞いておけばよかったにゃ。ミアに合図を出したら引いたらいいのにゃ?」


 表情はわからないが、冷静に返してくれるテレーズにチェスターはホッとする。

 獣族は喧嘩っ早いと言われており、ここまで来たのに喧嘩別れで引き返す、なんてことになるかと危惧したのだ。


「ケヴィンの場合もそうだな。でも、呪文が準備できてないことなんて早々ないし、乱戦になると基本はフロストを使う。あまりこんなことは起きないとは思うけど次は一声かけよう」


「声をかけていたら上手くいかないにゃ。次は避けれるから大丈夫にゃ。気にしなくていいにゃ」


「わかった。助かる。少し戻っていったん休息をとろう。そこでもう少し詳しく説明するよ」


 ブロセリオア森林の手前で水分補給や装備の確認を行う。

 テレーズは戻っている途中に「気にしなくていいにゃ」とミアに声をかけていた。


(やっぱりテレーズって穏やかだよな。獣族は短気で荒っぽいって噂があったけど、ってか人族だろうとそんなやつはいるか)


 チェスターはかつて一時加入した冒険者を思い出す。

 攻撃魔法のタイミングがズレた、回復魔法が遅い、奇襲を受けたなど、少しのことで怒鳴る者もいた。

 戦いの中で全て完璧にこなすことは不可能であり、見落としもしてしまう。

 それにパーティー全体を考え、魔法のタイミングを個人に合わせられない時だってある。


 ソロ冒険者が全員そうだとは言えないが、固定の五人パーティーの経験が少ないほど文句を言うことが多いと感じていた。

 チェスターとしてはパーティーとはできないことをお互いに支え合うことだという考えだ。

 それを考えるとテレーズはパーティーメンバーとしてふさわしいだろう。


「どうかしたにゃ?」


 じっとテレーズを見てしまっていたチェスターは慌てて首を振る。


「いや……獣族の噂を聞いていたがあてにならないと思ってさ」


「そんなことないにゃ。人族の町で荒れてる獣族は多いにゃ。そんなやつには近寄らない方がいいにゃ」


 はっきりと言うテレーズに呆気にとられた後、少し笑ってしまった。


「じゃあ、テレーズがいいやつだってことだな」


「……我には気付かせてくれた者がいただけにゃ。でも、そう思ってくれてるなら嬉しいにゃ」


 ピンと伸びた尻尾を軽く撫でつつテレーズが言う。


(これは……嬉しい時の表現だったのか?)


 表情が変わらずよくわからなかった感情が少し見えた気がして、少し親しみが感じられた。

 そして、連携を再確認すると、再びブロセリオア森林へと進む。

 次々に強力な魔物が現れるが、しっかりと連携がとれれば苦戦するほどではない。

 それよりも重要なことがあった。


(フレイムタイガーとブラッドディアが多い! なんでメイプウッドが全くいないんだよ)


 今回の目的はランク上げ。

 しかし、ランク上げを頑張っているだけでは生活はできない。

 なので、冒険者ギルドで依頼を受けていた。

 メイプウッドという植物系の魔物を倒し、甘い樹液を採るという依頼だ。

 それなりに金になるので重要なことである。


(そろそろ出てきてもいいんじゃないか? そんなに出現率が低いわけじゃないはずだろ)


 ランク上げだけでなくお金のことも気になるチェスターたちは、魔物を倒しながら進んでいく。

 すると、一本だけピンク色をした葉の木が見えた。


(あれは……メイプウッドスイートか!?)


 それを見てチェスターのテンションは一気に上がる。

 ここまでメイプウッドは見つけられなかったが、メイプウッドより高級な樹液が採れるメイプウッドスイートを見つけたのだ。

 その味は非常に甘くてコクがあり、通常の三倍の値がつく。

 メイプウッドより少し動きが早い程度なので、会えればラッキーだ。


(ついてるぜ!)


「慎重に行くにゃ」


「わかってる」


 戦闘態勢をとりながらゆっくりと近づいていく。

 ウッド系の魔物は動きが遅い分、中長距離の攻撃技を持っている。

 前衛はなるべく近づいて戦闘を始めた方がいい。


「待つにゃ。下がるにゃ」


 あと二十メートルもないところまで近づいた時、テレーズが言った。


「どうしたんだ?」


「甘い匂いが周囲に漂ってるにゃ」


「そりゃあいつがいるからだろ?」


「それだけじゃないにゃ。後ろからも――」


 戦闘体勢で構えていたチェスターの剣が、近くの木の枝葉にかさりと触れる。

 その瞬間、今まで動いていなかった木が攻撃を仕掛けてきた。


(はっ!? こいつらマジか!)


 カエデの木に似た魔物、メイプウッドだ。

 その攻撃を皮切りに、続々と周囲の木が動き始める。

 周囲の木と魔物のメイプウッドは非常に良く似ている。

 通常は魔物に近づけば動き出すのだが、この周辺にいるメイプウッドは攻撃を受けるまで動かなかった。

 すでに囲まれていて四方八方から攻撃が襲いかかる。


「守りを固めろ! いったん引くぞ!」


「フレイム!」


「ウィンドブラスト!」


 その時、高速で迫ってくる攻撃に気がついた。

 チェスターは反射的にその攻撃を防御する。


(まずい!)


 メイプウッドに囲まれている今、後衛も狙われている。

 しかし、後衛の魔法使い、特にミアは近接戦闘に向いていない。


「ティモシー! 守れ!」


 しかし、すでにメイプウッドから後衛を守っているティモシーに余裕はなかった。

 ミアとケヴィンは呪文を唱えている最中だ。

 攻撃を受けてそれを邪魔されると魔法が使えない。


 メイプウッドは炎属性に弱く、魔法耐性も低い。

 炎の魔法で攻めるのが有効だ。

 逆に後衛が崩れると戦闘は一気に厳しいものになる。


「ミア、左!」


 右方向からくるメイプウッドの枝攻撃に気をとられ、反対側から迫る攻撃に気づいていなかった。

 ハッと気づいた時にはもう遅い。


(くそっ! 防いでくれ!)


 ミアが盾を構え、攻撃に備える。

 その時、そこにテレーズが割り込んだ。


「ぐぅっ……にゃあ!」


 ダメージを受けつつ反撃し、ミアを抱える。


「まずはこの包囲から出るにゃ!」


 そう言ってミアを守るように抱えて走り出すのであった。

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