第245話 チェスター1

 ストンリバー神聖国中央から東、ブロセリオア森林。

 その手前の森にいたのは一組の冒険者パーティー『ウシュグル翼騎士団』。

 冒険者が騎士団と名乗るのは最近の流行りである。

 ルシール自由騎士団の名前にあやかってつける者が多い。

 名付け方は『村や人の名前』『好きな単語』『騎士団』と決まっており、好きな単語に『自由』を入れてはならない、という暗黙の了解もある。


 ストンリバー神聖国は冒険者ブームが到来していた。

 冒険者でもナイジェール騎士団に入れるということで、人気が高まったのだ。

 グレンガルム王国では冒険者が騎士団に入ることはほとんどない。

 規律が重んじられる騎士に冒険者が合わないということもある。


 それでも騎士は花形の職業であり、なりたいと思う者は多くいるのは確かだ。

 しかし、平民から騎士団に入るのは容易ではなく、日々の訓練や練兵所の推薦、教養の試験などが必要になることが多い。

 そして、半分以上はコネである。


 余裕のある家であればいいが、平民の大多数は余裕がなく、子供の頃から家業の手伝いをすることが多い。

 騎士になるのはハードルが高かった。

 ただ、冒険者であれば生活は不安定でありながらも、稼ぎながら鍛えられる。

 農業を手伝いながら冒険者をする者もいるくらいだ。


 そして『ウシュグル翼騎士団』のチェスターもそんな冒険者である。

 ストンリバー神聖国のある村、ウシュグルは農業が盛んな土地だ。

 周囲の魔物は弱くて安全性が高いことと、その中に食用に適した魔物が少ないことから農業が発達したと言われている。


 チェスターはウシュグルの農家で育った。

 そして、そのまま農家として歩む道を考えていたが、ある時気づいたのである。

 三男だと受け継ぐ農地がない、という事実に。

 長男と次男で分ければそれなりの広さだが、自分までそこに入ると一人当たりの農地は狭くなる。

 それに、三男なので農地を分けられたとしても範囲は狭くなり、さらには開墾したばかりで質の悪い土地になるだろう。

 そんな所での農業生活は苦しい。

 それが理解できたとき、冒険者の道に入ったのだ。


 そして、二十歳を目前にしている今は騎士団を目指している。

 そこには騎士に憧れる少年のような気持ちと、安定した仕事につきたいという現実的な気持ちがあった。

 騎士団は冒険者に比べると格段に安全性が上がるからだ。


 冒険者は常に危険がつきまとい、無茶をすれば命に関わる。

 道具を揃えたり複数パーティーで行動したりして、安全性を高めることはできるが、それをすればするほど効率が下がり、生活は苦しい。

 冒険者はある程度の危険をおかす必要がある職業だ。


「チェスター、こっちで合ってんだよな?」


「あぁ、間違いない」


 ティモシーの言葉に自信を持ってチェスターは頷く。

 こういう時は自信を持って答えないといけないと考えてハッキリと答えたが内心は不安だった。

 チェスターたちがブロセリオア森林に行くのは初めてだったからだ。


 ブロセリオア森林の魔物はレベル50の中でも上位の冒険者に推奨される場所である。

 最近はそんな難易度の高い地域を回っていた。

 それはランク上げのためだ。

 ナイジェール騎士団はランク上げを重視するという噂があり、今ナイジェール領ではランク上げが盛んである。

 狩り場の取り合いになることもしばしばあり、今回は町からかなり離れた場所の依頼を受けていた。


 初めての場所に強い魔物。

 ティモシーが確認したのも、チェスターが自信があるように答えたのも、そんな不安を抱えていたからだった。

 そんな不安を知ってか知らずか、少し前を歩く獣族、テレーズが発言する。


「ブロセリオア森林にはもうしばらくしたら着きそうにゃ」


「……そうなんだな」


 チェスターは少し戸惑いながら答えた。

 テレーズは『ウシュグル翼騎士団』のメンバーではない。

 チェスター、ティモシー、ホレス、ケヴィン、ミアの五人がメンバーだった。

 しかし、ホレスは実家の農業が五月に収穫を迎える繁忙期である。

 その手伝いのために抜けていた。

 逆にそんな自由度があるのも冒険者の利点だろう。


 そうは言ってもメインアタッカーであるホレスがいないとなると厳しい。

 ランク上げのために高レベルの魔物と戦う必要がある。

 その上、ランクを上げたい職業につかなくてはいけないのでステータスが下がることもある。

 ホレスが抜けるのは痛い。

 そこでアタッカーを探していたところ、ソロアタッカーを冒険者ギルドから紹介された。

 それがテレーズだ。


 テレーズは獣族であるために避けられており、常にパーティーを転々としている。

 それでも冒険者としての実力はあり、問題を起こすこともないのでギルドからの評価は高い。

 だからこそ、今回のように高レベル冒険者パーティーに欠員が出た時、重宝されていた。


 獣族は荒くれ者というイメージはついて回る。

 なので、チェスターたちとしてはテレーズをパーティーにいれたいとは思わなかった。

 しかし、ブロセリオア森林で戦える冒険者でパーティーを組んでいない者など簡単には見つからない。

 仕方なくパーティーを組んだのである。


「魔物がくるにゃ」


 テレーズが頭の耳を動かしながら戦闘態勢をとる。

 それに合わせてチェスターたちも戦闘態勢に移った。


(便利だよな。元から耳がいいなんてズルいぜ)


 一度だけ探検家の職業になっている者とパーティーを組み、その者が魔物の接近を知らせてくれたことがある。

 その時にも便利さは感じていたが、今ほど必死にランク上げをしていなかったため、聖騎士の職業を変えることはなかった。


 今になって探検家を目指し、狩人をマスターしようと頑張っている。

 しかし、レベル50になってからの下級職マスターはかなり辛い。

 狩人の場合、VITにマイナス補正があるのが前衛のチェスターにとって厳しかった。


(ファニーバードとマッスルコングか。問題ないな)


「ミア、ケヴィン、ファニーバードに魔法! ティモシー、回復と後衛の援護! テレーズ、行くぞ!」


 ブロセリオア森林の手前は推奨レベル40ほどで、チェスターにとって強い魔物ではない。

 しかし、本番に向けての訓練も含めて真剣に取り組む。


(テレーズの扱いはどうするか迷うんだよな。正直ホレスより強いし、俺に合わせるより一人の方がやりやすいかもしれねぇし)


「テレーズ、左だ! 俺は右を相手する!」


 チェスターはサブアタッカーだ。

 魔法を使うことが少なく、メインアタッカーよりも回りを見ることができる。

 指示を出す役割になることが多かった。


「ケヴィン、フロストを唱えてくれ! テレーズ! 引き付けるぞ!」


 いつもは大まかに役割が決まっているため、ほとんど指示をしなくても動けるが、今はテレーズがいる。

 そのため、しっかりと声に出して指示し、連携を確認していた。

 その中で自分たちよりテレーズが強いことにも気付いており、もっと自由に動いてもらうべきかという悩みも持っている。

 ただ、獣族をパーティーに入れた経験がなく、どうコミュニケーションをとればいいのかもまだわかっていない。


「メガスラッシュ!」


 迷いを持ちながらも、戦士の特技を繰り出す。

 ミアの氷魔法『フロスト』も合わさり、連携はスムーズだ。

 チェスターがマッスルコングの反撃をあえて正面から防御したところで、テレーズの武闘士の特技『メガフィスト』が突き刺さる。


(昨日会ったばかりだけど、意外と合わせやすいんだよな。ちゃんと思った通りに動い――)


「グルァ!」


(おわっ!)


 チェスターを狙って木の上から強襲してきたマッスルコングの攻撃を寸でのところで防御して地面に転がる。

 それと同時にテレーズが横から『ブレイクタックル』を発動。

 マッスルコングを弾き飛ばした。


(助かったぜ!)


 いくら格下の魔物でも、転がった体勢で戦うことはできない。

 大きなダメージを受けていただろう。

 チェスターはすぐに起き上がってマッスルコングに切りかかる。


「メガスラッシュ!」


 戦闘はその一撃で終結。

 ファニーバードも後衛がすでに倒していた。

 ダメージも少なく、問題はない。


「テレーズ、助かった」


「いいにゃ。我たちはパーティーにゃ」


 テレーズはなんでもないことのようにそう答える。

 ソロ冒険者はパーティーのことを考えない個人主義が多いため、今まで一時的に加入したメンバーとしては珍しい言い方だった。


「あぁ、そうだな。ありがとう」


 獣族の表情を読み取るのは難しい。

 耳と尻尾は良く動くが、ピンとした尻尾が何を表しているのかチェスターにはわからなかった。


(ギルドで獣族のことを聞いときゃよかったな)


 そんなことを思いながら「よし、進むぞ」と声をかけるのであった。

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