第243話 冒険者トビー2

「あれです! 俺たちの町は!」


 そう叫んだのは飛行魔導船の甲板に立つトビーである。

 冒険者ギルドの会議室に連れていかれた後、トビーの依頼はルシール自由騎士団が受けることになった。


 冒険者ギルドは一度断っているため、必ずしもギルドを通した依頼にする必要はない。

 ただ、依頼が断られたのを見計らって個別で受けるというのは褒められた行為ではなく、トビーとしてもよくわからない二人組が急に依頼を受けると持ちかけてきたら警戒するだろう。

 冒険者ギルドを通すのが無難であった。


 ギルドを通すと依頼料がかかる。

 一級の指名依頼ということで金貨五枚、追加依頼料はなし。

 あんなに依頼を渋っていた冒険者ギルドも格安で運がいいと太鼓判を押す。


 トビーからすると一級冒険者で追加料なしでも、一つのパーティーで金貨五枚は高い。

 しかも二人パーティーであり、本当にそれで大丈夫なのかと訴えたかったが、神聖国の実質的トップが現れて拒否できる者などいないだろう。

 そして、いつの間にか話が進み、そのまま飛行魔導船に乗って連れていかれたのである。

 ちなみに飛行魔導船に五人乗るだけで金貨五枚は吹き飛ぶのが普通なので、トビーたちは戦々恐々としながら船に乗っていた。


「やっぱりあれですか……」


 トビーの示す先を見てセージが渋い顔で頷く。

 そこには、辺境にしては大きな町があった。

 北側には湖があり、そこから町の中に三本の川が流れ込んでいる。

 川では水車が回り、小麦や野菜の畑が広がるのどかな風景だ。

 その外周にはそれほど高さはないものの、石を積み上げた防壁がある。

 しかし、その防壁の一部は破壊されていた。


「あれは、魔物との戦いの跡じゃないか?」


「くそっ! もう町まで来たのか!」


「早すぎるぞ!」


 だんだんと町がはっきりと見え、トビーパーティーが焦りを口にする。

 ただ、セージはすでに特技『ホークアイ』で町の様子を確認していたため、今は冷静に町の周辺を見渡していた。


「プローム遺跡はどこですか」


「遺跡は湖の近く、あの辺りです」


 指で示された方向を見たセージは眉根を寄せる。


「あれですか……まずいですね」


「まずい、ですか?」


「町へと魔物の大群が迫っています」


「えっ、魔物の大群ですか!?」


 目を凝らしたがトビーには見えなかった。

 特技『ホークアイ』を使っているセージは、遺跡周辺の魔物が溢れて町の方向に向かっていることが見えている。


「これだと、着陸するときには戦闘が始まってそうですね」


「どこでも大丈夫なんですぐに下ろしてください! 畑の真ん中でも後から何とでも言えますから!」


「船上から何とかしてみますから。でもこういう時は乗れて空が飛べる仲間が欲しくなりますね」


「えっ? 空が飛べる仲間?」


「ええ、やっぱり飛べると便利ですから」


「あっあの、何の話、ですか?」


 困惑しながらセージに聞くトビーをルシールが「まぁ気にするな」と遮った。


「それで、セージ。上からメテオを試すのか?」


「うん、ギリギリ間に合いそうだし。ちょっと土地が荒れるけど、町の外なら大丈夫でしょ」


 魔法発動には一定の姿勢をとる必要がある。

 手の角度の限界があり、真上や真下に手を向けても発動しない。

 それに魔法には発動可能距離もある。


 また、飛行魔導船は一定の高度まで上げないと進むことができない仕様となっているため、低空飛行などはできない。

 もちろん魔法で出来たものをただ単に落とすことはできる。

 それだけでも戦いによって有効な時はあるが、魔物の大群相手には適していない。

 飛行魔導船上から地上に向かって魔法を放つことは難しいのである。


 しかし、例外があった。

 それは融合魔法『メテオ』だ。

 真下ではないものの、落下の方向性を持つメテオはそのまま地上に激突する。

 近距離で放つ方がダメージ量は大きいが、ただ単に落とすだけと比べると圧倒的に威力は高い。

 飛行魔導船の高度を落としながら地上につく前に超遠距離かつ先制の攻撃ができるのが『メテオ』だった。


 そして、トビーには『上からメテオ』が何か想像ができない。


「あっ、あれ? 町を通り過ぎてますよ!」


「ええ、先に魔物を潰しにいくので」


「先にですか? 飛行魔導船が狙われますよ!? 壊れたら弁償できません!」


「大丈夫ですって。船の一部が壊れても飛んで逃げられますから。さて、降下してくださーい!」


「だ、大丈夫!? 大丈夫なんですかそれはっ!」


 うんうんと頷くセージは呪文を唱え始めている。

 そして、トビーがなんと言おうと飛行魔導船は降下し始めた。


「メテオ」


 先に呪文を唱えていたルシールが魔法を発動。

 隕石が地上に向かって降り注ぐ。

 そして、轟音が響いた。


「えっ?」


 思わず声を漏らしたトビーたちは呆然とそれを見る。

 その隣ではセージが魔物がいるだろう方向に手を向けていた。


「メテオ」


 今度はセージの魔法が発動。


「えっ?」


 再び声をもらすトビー。

 これはどういうことなのかと理解が追い付かず、圧倒的な困惑が頭の中を占めていた。

 そんなトビーを気にすることなく、発動の方向を微修正しながら呪文を唱え続ける二人。

 トビーたちの視線はセージと地上を往復する。

 そして、ルシールとセージは地面が近づいてきたところで魔法を止めた。


「さて、もうそろそろ着陸しますし、下に降りておきましょうか」


「は、はいっ!」


 トビーはピシッと直立して返事をする。

 そんな姿をセージは不思議そうに見つつ船に入り、出口に向かって歩きだした。

 今までにない緊張感を持ってついていくトビー。


 冒険者ギルドで、セージたちの力が凄まじいと聞いていた。

 そうは言っても、セージたちの見た目からそんな話をすんなりと信じられるわけがない。

 半信半疑のまま、ここまで連れてこられていたのだ。


 そして、この『メテオ』である。

 これがもし町に向けて放たれていたら壊滅するだろうことに震え、自分たちの町がストンリバー神聖国であったことに安堵した。


「トビー! トビーじゃないか! 騎士様を呼んできてくれたのか!」


 飛行魔導船を降りると、町の外壁に隠れてこちらの様子をうかがっていた町人が叫ぶ。

 ただ、外壁から出てくる様子はない。

 天災の如く隕石が降り注ぎ、町の外に甚大な被害をもたらした飛行魔導船が急に降り立ったら警戒もするだろう。


「騎士様じゃないんだ! 冒険者というか、その……まずは町長を呼んできてくれ! 大至急だ!」


 トビーはそう叫び返す。

 そこで、セージが「あっ」と声を漏らした。


「ど、どどうかしましたか!?」


「もう魔物が近づいてきていますね。ちょっと倒してきます」


 セージには魔物が近づいてきている音が特技『ラビットイヤー』によって聞こえていたのだ。

 何か失言があったかと思ったトビーはホッとして敬礼する。


「はいっ! 俺たちもお手伝いします!」


「……あの、契約では魔物の討伐は任せてもらえるとのことですよね?」


「えっ? はい、そうですね……?」


 トビーは冒険者ギルドでの話を思い出す。

 そこでは確かにセージたちに魔物の討伐を任せるということであった。

 それでも、まさか全ての魔物の討伐を任せるとは思っていなかったのである。


「独占するようで申し訳ないのですが、任せてもらってもいいですか? もちろん町に近づく魔物が出た場合は倒してもらいたいのですが」


「それは、その、お二人だけで戦うということですか?」


「そうですね。いいですか?」


「ええ、もちろん構いませんが……」


「魔物集めとレベル上げをするためには都合がいいんですよ。とりあえず行きますね。町長には後で挨拶しますのでよろしくお伝えください」


 セージはそう言い残して、ルシールと共に走り去る。

 その背中には大きなリュックがあり、その中にはスライムが収まっていた。

 そして、船からはシングバードがこっそりと飛び出す。


 セージたちがここに来たのは人助けのためでもあるが、スラオたちのレベル上げと魔物集めも目的だった。

 もともとディアケイブ洞窟の魔物大量発生を狙って都市ルネオに降り立ったのだ。

 すでに騎士団に先を越されていると知って意気消沈していたところで耳にしたプローム遺跡の大量発生。

 さらにプローム遺跡には仲間にすることが可能で回復魔法が使える魔物がいる。

 セージは不謹慎ながらもテンションが上がっていた。


 トビーたちはそんなセージの気分に気付かず呆然と見送るのであった。




 その後、町では伝説が広がる。

 周辺の地形が変わるほどの力を持ち、魔物さえその力にひれ伏した。

 たった三日間でプローム遺跡どころかその周辺の魔物まで消え去さり、しばらくの間魔物を見かけなくなった。

 調合された薬によって町で不調を抱えていた者が快復した。

 そして、そんな伝説はこの町だけでなく、ストンリバー神聖国の各地に流れるのであった。

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