第242話 冒険者トビー1
「申し訳ありませんが、その依頼は受け付けられません」
ストンリバー神聖国第三の都市ルネオの冒険者ギルド。
その受付で対応しているベテランの受付アビゲイルは、受付に来た男、トビーに対してはっきりと答えた。
トビーはその言葉を聞いて少しの間呆然とした後に叫ぶ。
「受け付けない!? なんでだよ!」
少し離れて見ているトビーのパーティーメンバーも受付を睨むように見ている。
そんな威圧に対してもアビゲイルは冷静だ。
「プローム遺跡から魔物の大量発生があったとなると三級冒険者以上を十パーティーは集めないといけません。その全てを指名するとなると、到底この金額では足りません」
トビーは目の前に積まれた金貨を見る。
金貨十枚。
今までに見たことがないような金額だ。
足りないことに、予想はしていたもののトビーは少し落胆する。
「俺たちの町にも戦える者はいる。十パーティーもいなくて大丈夫だ」
「あなた方は三級冒険者のようですが、同等のパーティーはいくつありますか?」
その質問にトビーは口ごもった。
トビーは町長の息子であり、町で二番目に強い。
パーティーを組んでおり、冒険者ギルドの依頼を受けることもある。
そんなトビーたちが町に知らせる役になったのは、町の中でも実力があり、信頼されていたからだ。
途中で盗賊に奪われたり、大金を持ち逃げされたりするなんて事態になるわけにはいかないため、その点は重要だった。
そして、トビーパーティーを超える実力を持つパーティーはない。
一段は下がる実力のパーティーが二つ、さらに下のパーティーが二つ。
トビーの父親は二級冒険者にまでなった実力だが、年齢が四十になったときにパーティーを解散した。
その時にはもう二級の実力はなかったが、父親世代を巻き込めば多少は戦力が上がるだろう。
「……四パーティーだ。全部で五パーティーいるなら、あと数パーティー加えれば戦えるだろ」
「本当に三級程度ですか?」
アビゲイルの視線がトビーを射貫く。
トビーは無言だ。
「虚偽の申告をした場合はこの契約を破棄し、冒険者はそのまま帰っても問題ないことになりますがよろしいですか?」
「……四級程度のパーティーは二つだが、元二級パーティーもいる」
「それでも八パーティーは必要でしょう。その数を指名はできません」
「指名はせずに、この金で雇えるだけ雇う。それならいいだろ?」
「自由依頼ですか。それなら……一パーティーにつき金貨一枚、三級以上が八パーティー、という条件になります。これだと、なかなか冒険者が集まらないかと思います。それでもよろしいですか?」
トビーは「良いわけないだろう」と頭を抱える。
すでにプローム遺跡から魔物が溢れていた。
今までにもそんな状況になったことはある。
だいたい十年に一度程度のペースで起こるため、その時期には騎士団が来て魔物の討伐をしてくれるのだ。
しかし、今回はまだ四年しか経っていないというのに、洞窟から魔物が溢れて大量発生の兆候が見られた。
さらには、溢れてくる魔物の数が急激に増加している。
大量発生の時期が少し早まろうと、町の者が溢れた魔物を倒しつつ、騎士団に知らせて到着を待つ余裕はあるのが通常だ。
今回、魔物が溢れていることに気づいた初日はトビーたちが倒したが、翌日にはもうトビーパーティーだけで対応するのはギリギリの状態だった。
町から都市ルネオまで急いで二日かかる。
帰りにも二日かかるとなると移動だけで四日はかかる計算だ
溢れ出た魔物が町に近づき防衛戦が始まるかもしれないというのに、悠長なことはできなかった。
「急ぎなんだ。そこは何とかしてくれ。ここにだって冒険者が多くいるじゃないか」
「三級以上はあまりいません。移動時間がかかり、防衛、討伐、ボス戦の可能性があります。そのような依頼で金貨一枚ですし。さらには人数が揃うまで行動できないとなると敬遠されますので」
「じゃあ明日までに集まった冒険者だけで行く」
「それは受け付けられません。危険です」
冒険者ギルドは依頼の危険度により、一定の基準を持っている。
プローム遺跡の魔物はレベル50あれば問題なく倒せる程度の魔物だ。
しかし、大量の魔物が押し寄せてくるとなると危険度は上がり、さらに町の防衛、ボスの討伐という条件が加わると難しくなる。
三級以上が十パーティーいれば一定の安全は確保できるだろうと考えられた。
逆に言うとそれ以下では危険であり、ギルドとして推奨はできない。
もちろん依頼者が集まった冒険者に少数パーティーで行くことを交渉できるが、冒険者はギルドの評価を目安にしているため、そんな依頼を受ける可能性は低かった。
「じゃあどうしろって言うんだ!」
トビーも冒険者だ。
依頼を受ける側として、そんなことはわかっている。
それでも、そう叫ぶしかなかった。
受付のアビゲイルは冷静に、そして、少しの同情の色を浮かばせて答える。
「騎士団に行ってください」
「すでに行ったんだよ! 今すぐは騎士が足りないから無理だって言われたんだ!」
「今、ディアケイブ洞窟の大量発生にかかっているはずです。その騎士たちが戻るのを待つのが一番だと思います。悪いことは言いません。このお金は別のものに使うべきです」
冒険者ギルドの依頼受付で拳を握りしめるトビーは目の前に置いた十枚の金貨を見る。
「町にも戦えるやつだっているんだ。協力すりゃあなんとかなるだろ。何とかしてくれよ」
そんな思いをぶつけてもどうにもならないことはわかっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。
すると、ギルドの奥から屈強な男が出てくる。
この冒険者ギルドの副ギルド長だ。
「おい、あんた。気持ちはわかるぜ。だがな、無理なもんは無理だ。諦めてその金で回復薬でも買った方がいい」
「そんなもんじゃどうにもならねぇよ」
トビーにはわかっていた。
どう考えても戦闘できる人が少ない。
回復薬があったところでどうしようもないのだ。
「戦うんじゃねぇぞ。逃げるためだ。全員で町から逃げろ。騎士団が戻るまであと三日はかかるはずだ。切羽詰まってんだろ? それしかねぇ」
「町を捨てろっていうのか?」
「町より命だろ」
「……町がなくなりゃ命も危ういんだよ」
「命は直せねぇが、町は直せるもんだ。直す金が必要なら首都ナイジェールに行けよ。今なら仕事が溢れてるぜ」
トビーは言い返そうと口を開けたが、言葉は出てこなかった。
副ギルド長の言うことは間違っていない。
間違ってはいないが、そう簡単に割り切ることはできないことである。
町に残ると言った者は見捨てるのか。
魔物の波に追い付かれて、逃げ遅れてしまう者が出たらどうするのか。
若者ならいいが、歳をとってから別の町で新たな仕事につくことができるのか。
うまくいったところで町を直すことなんてできるのか。
崩れた家、荒れた農地、壊れた道具、直そうと思えば直せるが、長い年月がかかることは明白だ。
首都ナイジェールで稼げたとして、町に戻れるほど金が貯まり、生活の基盤が整った時、それを捨ててボロボロの町に戻るなんて思えない。
トビーは町を捨てて離れた時、町は終わると考えていた。
しかし、それを冒険者に言っても仕方がないことだろう。
そもそも冒険者は町を転々とするものだ。
ギルドに所属していれば別だが、それでも冒険者ギルドはどこにでもある。
町を移ることに抵抗はない。
「わかったよ。依頼はやめる」
トビーは袋を開けて金貨をがしゃがしゃと乱暴に詰めた。
何にしても無理なものは仕方がなく、町より命、という言葉には頷ける。
町の者たちが納得するかどうかは別問題だが、そう言って逃げるしかない。
町長の息子として、町を守ると言えたらどれだけ良かったか。
トビーは自らの無力感に打ちひしがれながら、袋の口を縛る。
「ちょっとすみません」
トビーは急に声をかけられて驚きながら振り向くと、若い男女が立っていた。
二人とも若く見え、特に男は十五歳の成人を迎えたかどうかという若さだ。
それでも装備の質は良さそうに見え、実力のある冒険者なのだろうと感じる。
「あぁ、すまない。今話は終わった」
トビーが占領していた受付の前を開けようとすると「あなたに話があるんですよ」とにこやか言った。
それをトビーは訝しげに見る。
知らない顔だった。
「俺に?」
「そうですよ。とりあえずあちらで話しませんか?」
「すまんが今俺はそれどころじゃ――」
「おい! ちょっと待て!」
トビーの言葉を遮ったのは副ギルド長だ。
ストンリバー神聖国第三の都市の冒険者ギルド副ギルド長には当然のことながら国のトップの情報は入ってきていた。
「あー、その、セージ、さんですかね?」
通達には『様』という敬称を付けない、できる限り普通に話すなどといった注意事項もある。
そうは言っても、どこまで許されるのかわからずなかなかその通りにはできなかった。
「はい、そうですよ」
「セージ、あれを見せたらどうだ?」
「あっ、そうだったね。えーっと、印籠は……あった。これです」
促されて取り出したものは龍のデザインが入った紋章であった。
副ギルド長はそれを見て「奥の会議室を使いますか?」と聞き、セージは「助かります」と答える。
「お前らも早く来い! パーティー全員だ!」
副ギルド長はトビーに指示を出すが、トビーは急に態度が変わった副ギルド長に困惑するしかない。
「どういうことだよ。何がどうなってんだ?」
「いいから早くしろ!」
結局、トビーは何もわからないままパーティーメンバーと一緒に会議室に連れていかれるのであった。
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