第146話 エヴァンジェリンは思い出す

 王女、エヴァンジェリン・レイ・グレンガルムは戦闘開始と共に魔法を放つ体勢となる。

 エヴァンジェリン以外は全員走り出していた。


(やっと始まったわね。けど、魔法を放つだけって暇だわ)


 エヴァンジェリンは小柄で魔法使いだが、接近戦の訓練もしている。

 勇者ということもあり、魔法使いとしては優秀な成績をのこしていた。

 しかし、今回は相手が騎士科である。装備を整えた年上である第三学園のメンバー相手に接近戦で戦えるほどの力量はない。

 魔法が使えなくなっては意味がないので、アルヴィンから止められている。


(私も前に出て戦った方が有利なのに、まったくもう。心配性なんだから)


 ただ、エヴァンジェリンとしては接近戦でも戦えるつもりだった。

 なので、文句を言っていたのだが、最終的にはアルヴィンの言うことを聞いて、後ろで待機している。


「ヘイルブリザード」


 エヴァンジェリンは特級氷魔法を放った。『ヘイルブリザード』を選んでいるのは長距離かつ広範囲にダメージを与えられるからだ。

 接近戦が始まってしまうと味方を巻き込むため、使いどころがなくなってしまう魔法でもある。


(あれは……やっぱり精霊士だったのね)


 セージがウンディーネを召喚していた。

 魔法戦が始まっており距離も遠いため、はっきりとはわからなかったが、セージが召喚したと確信する。


(なかなか面白そうね。遺伝でなったのでしょうけど、精霊士のなり方はわかっていたりするのかしら。私もなりたい)


 エヴァンジェリンはそんなことを考えつつ、呪文を唱えながら移動していた。

 接近戦では味方を巻き込む『ヘイルブリザード』が使えないため、他の魔法の使用範囲に近づく必要がある。


(もう少し近づいて魔法を――ってもう発動!? 精霊士の技なの?)


 セージが再び魔法を発動しており、その異常な早さに驚く。

 精霊士は魔法の発動速度が早い。

 そんな伝承があるため、エヴァンジェリンは精霊士の技だと考えた。

 実際は『マウント』しないと呪文短縮はできないため、セージの実力である。

 そして、さらにウンディーネによる魔法が発動された。


(あれは……当たると破裂する球? 威力は大したことがないみたいだけど。精霊魔法ってそんな魔法もあるのね。あら?)


 ベンが少しアルヴィンと剣を交えた後、エヴァンジェリンに向かってきていた。

 さらに、それを追いかけてアルヴィンが走る。


(一人くらい大丈夫なのに。まったくアルヴィンお兄様は心配性なんだから。もう少し泰然としてほしいわ)


 心の中で溜め息をつきながらベンに向かって手をかざす。


「インフェルノ……!」


 そこでエヴァンジェリンはベンが異様な速度で近づいてきていることに気がついた。

 その速さは獣族のトム、勇者のアルヴィンを軽く超える。


(何あれ!? 人族なの!?)


 発動した業炎がベンを包むが、疾風の如く駆け抜けてくる。

 そして、剣を一閃。

 エヴァンジェリンはそれを盾で防いで反撃。

 その瞬間、ベンが「カウンター」と呟きながら横に跳ぶ。

 それに対応しようと体をひねって剣の方向を変えたが、ベンはさらに反対方向に跳躍した。

 剣を飛び越えられ、背後への一撃。


(このっ!)


 エヴァンジェリンは反射的に後ろへ向かって凪ぎ払うように剣を振り回す。

 すると、再び「カウンター」という言葉が囁かれた。

 エヴァンジェリンの攻撃は空を切り、ベンが会心の一撃を放つ。

 だが、ベンの意識は背後から迫る勇者に向いていた。

 視線がチラリとアルヴィンの方に向く。


(なめないでよ!)


 エヴァンジェリンは返す刃を向ける。それは訓練で得意としている連続攻撃だ。

 滑らかに繋がる鋭い攻撃。

 それに対して「カウンター」という声が微かに響く。

 エヴァンジェリンが放った会心の斬撃は紙一重で躱され、反撃を受ける。


(どうして、当たらないの!)


 苛立って振り回した剣も避けられて『カウンター』が繰り出される。

 その時、アルヴィンがベンの背後から魔法を放とうとしていた。

 エヴァンジェリンはアルヴィンが『フロスト』を発動すると考え、それに合わせて攻撃を仕掛ける。


(今度こそ――はぁっ!?)


 その時、ベンは剣を空中に投げて印を結んでいた。


「フロスト」


「スイトン」


 アルヴィンの氷魔法が当たる直前にベンが発動したのは忍者の特技『スイトン』。

 水の蛇が絡み付き、ダメージを与えると共に動きを止める効果を持つ。

 ベンがフロストによって動きが止まった時、攻撃を仕掛けようとしたエヴァンジェリンも止められる。


(なにこれ! うごけっ、る!?)


 未知の特技に混乱しながらも復活する。

 エヴァンジェリンが動けるようになったときにはベンも動ける。放り投げた剣をキャッチし、流れるように攻撃に移るベン。

 エヴァンジェリンが慌てて防御すると、アルヴィンが攻撃を仕掛けた。

 ベンはそれを後ろに跳んで避けながら、再び剣を放り投げる。


「カトン」


 虎の形をした炎がアルヴィンに襲いかかる。

 避けようとするが追尾して直撃。


(何なのこれ!)


 そして、ベンがエヴァンジェリンに近づいていた。

 反射的に刺突を繰り出すが、ベンには当たらず『カウンター』が入る。


(もう! こいつ!)


 さらに攻撃を仕掛けようとしたところでアルヴィンが前に立ちはだかる。

 それはエヴァンジェリンを邪魔するような立ち位置だ。


(ちょっと!)


 エヴァンジェリンは慌てて剣を止める。アルヴィンは見向きもせず、ベンに集中していた。

 警戒しつつ牽制の攻撃を放つベンに、アルヴィンは鋭い反撃を繰り出す。

 ベンはひらりと避けるが『カウンター』を入れる余裕はなかった。


 そこで、アルヴィンはエヴァンジェリンに目配せをする。

 その時、エヴァンジェリンはふとアルヴィンとの思い出がよみがえった。


 エヴァンジェリンとアルヴィンは長兄と年も離れているので、ある程度自由に育てられた。

 一つ上の兄弟たちとは母親が異なるため、同じ母を持つアルヴィンとは一緒にいることが多い。

 一歳しか変わらず気の弱いアルヴィンに、子供の頃から無茶を言うことが多かった。


 そんな、昔から頼りない雰囲気を醸し出していたアルヴィンだったが、妹であるエヴァンジェリンを守ろうという気持ちは常にあった。

 エヴァンジェリンがそれに気づいたのは学園に通うようになってすぐのことだ。


 学園がある区画で一度、エヴァンジェリンが攫われそうになったことがある。その時、身を挺して守ってくれたのがアルヴィンだ。

 驚きに固まるエヴァンジェリンの前に立ちはだかり、騎士のように守る。

 王族を狙う者は手練れだったが、アルヴィンは鍛えられている勇者だ。そう簡単にやられることはない。

 それに、周りに護衛が潜んでいたため、わずか数秒のことではある。

 それでも、印象が変わるには十分のことだった。

 アルヴィンに対する態度は今さら変えられないが、その事件以来、心の奥底では頼りにしている。


(冷静になりなさい、私!)


 エヴァンジェリンは自身に喝を入れて、相手を見る。

 そして、盾を構え、防御に専念した。

 『カウンター』による攻撃は重い。威力のこともあるが、一番は防御ができていないことが原因だ。

 エヴァンジェリンは攻撃することを諦めて、防御だけに集中したのである。


(私は魔法使いなんだから! 学園最強の!)


 ベンの一撃を受け流したところで、アルヴィンが再び割って入る。

 もう反撃どころか剣を持つこともない。

 アルヴィンに守られながら、エヴァンジェリンは魔法を発動するのであった。

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