第115話 ソンドン洞窟三日目

 三日目も早朝からソンドン洞窟に向かい魔物を殲滅する。

 すでに入り口付近に出てくる魔物はいなくなり、少し奥まで進んでいた。

 徐々にグランマッシュやフェイクコアトルが出てこなくなり、ジャイアントゴーレムやモグラ型の魔物、エッジモールなどが増え始めていた。

 ただ、強さは大きく変わらない。

 この日もサクサクと魔物を狩り尽くしてケバンの町に戻った。


 冒険者ギルドで報告、店で消耗品の補給などを済ませて、大衆食堂に行く。


「ってことで、乾杯!」


 全員で「乾杯!」と声を上げて食事を始める。酒を飲んでいるような雰囲気であるが、実際は果汁の水割りである。

 数種類の果物の果汁をブレンドし、スッキリとした味わいに仕上げている。

 この世界にも酒はあり、冒険者はエールビール、通称エールを好んで飲む。酒の中でエールが安く、庶民的な店では酒といえばエールしか置いていないところも多い。


 ただ、セージはステータスを上げるための体作り、寝る前のランク上げ、次の日のランク上げなどに支障が出ると嫌なので酒は飲まないようにしていた。

 ブレッドたちもそれに付き合って果実水だ。他の冒険者たちに舐められないようにエールを頼んでいた時期もあったが、勇者になってからはあまり気にしなくなっている。


「今日も上々だったな」


 にやりとするブレッドにフィルが答える。


「冒険者ギルドの受付のやつ、ビビってたんじゃねぇか? 二日連続千体超えなんてよ」


「あいつ最初は俺らを疑うような目をしてたのにな」


 一日目は時間がなかったが百体以上倒していた。そして、二日目には千体を超える。その飛び抜けた成果に、何か不正か記録の間違いがあったのかと疑われたのである。

 冒険者カードに記録されるため不正はできないのだが、それくらいソンドン洞窟の魔物を一日で千体倒すのは無茶なことである。

 ソンドン洞窟は適正レベルが50以上なので、中級職ではステータス的にも厳しい。

 三級冒険者パーティーなら一日戦って百体も倒せば優秀である。


「それにしてもレベルが上がらねぇよな。五人ってのもあるだろうけどよ」


 ぼやくマイルズにセージが頷いた。


「うん。人数もあるけどレベル50を超えてから、かなりレベルが上がりにくくなるみたいだね。まぁランク上げが捗るから良いけどさ」


 五人になると経験値も五分の一だ。今までブレッドたちは三人パーティーで上がりやすかった上に、必要経験値が大量になったので、レベル50までと大きな差があった。

 セージは経験値を大まかに計算しているので、体感が変わったところで何とも思わない。


「セージはそうだろうけどよ。俺らはもう少しレベルもほしいぜ」


「まっ、明日も戦うんだ。それに、おれら三人じゃ、もっと上がりにくかったはずだぜ」


「そりゃそうだな。百体は倒せただろうが、二百も三百も倒せる気がしねぇよ」


 その言葉に首を傾げるセージ。


「いやいや、もっといけるでしょ? 僕の魔法だけで十倍倒せるなんてことはないし」


「魔法だけじゃねぇ。セージの薬とか料理も含めてだよ。特に疲労回復はすげぇぜ。普通は一日中戦ってられねぇから」


 セージはそういえば、と思い出す。

 戦いはかなり激しい動きになる。ステータスがあるとはいえ、当然体への負担は大きい。

 特に前衛は戦い続けると疲労から動きが悪くなったりミスをしたりする。無理をしないように管理すること、引き際を間違えないことは冒険者の技術とも言えるのだ。

 だが、疲労回復薬があれば話は変わる。使いすぎると効果は薄くなるが、日中に何度か使う程度であれば問題なかった。


「そうそう、あれはマジですげぇ」


「回復薬も半端ねぇけどな。薬師になれば絶対儲かるぜ」


「調理師でもいけるんじゃね」


「そう? 何かそんなに褒められるのって新鮮だなぁ。ベンはそんなに反応なかったし」


 ベンは急に振られたので、慌てて口の中の肉を飲み込んで答える。


「んぐっ……いや、驚いてたんだよ? だけど、他のことで驚きすぎて麻痺してたというか、セージなら普通なのかなぁって思って。ほら、元々頭がおかし……その、何でも極めててすごいなぁって」


「ちょっと待って。頭がおかしいって言ったよね?」


「いや、良い意味、良い意味で!」


「頭がおかしいの良い意味ってなに!」


 ベンの発言に突っ込むセージ。それに、ブレッドが口を挟む。


「ベンの言いたいこともわかるぜ」


「まさかブレッドまで」


「いや、マジで良い意味なんだって。ここまでランク上げに没頭できるやつなんか見たことねぇもん」


「そうそう、しかも五歳からだぜ?」


 同意するマイルズにベンが驚く。


「えっ? 五歳からこんな感じだったの?」


「こんな感じってなにさ。頑張ればランクが上がるんだよ? 上げるでしょ」


「うーん。普通はしないかな。そもそも五歳でランク上げなんか無理じゃない?」


 それを聞いてセージは少し考えて「確かに」と呟いた。


「そこは納得するんだ」


「何でだよ」


「さすがに五歳は早かったなぁって」


「それをセージが言うか?」


「まったく。十歳にもなりゃあ少しずつランク上げもできるだろうけど、生活費を稼がなきゃなんねぇからな。無駄になりそうな職業に時間かけてられねぇんだよ」


「そう言われると、運良く好き勝手できてたんだなぁと思うよ」


「まぁセージの場合は運だけじゃねぇし」


 ブレッドがそう言ったところで店員が追加の料理を運んでくる。


「お待ちどうさま! フェイクコアトル揚げと香草焼きです!」


 これはセージたちが持ち込んだフェイクコアトルである。

 HP0になったフェイクコアトルが逃げようとしたところで、別の魔物を対象にしたヘイルブリザードに巻き込まれて死んでしまった運の悪い魔物だ。

 ちょうど帰りの時だったので拾い、ギルドで処理されたものの一部を店で調理してもらったのである。


「んっ! うまい!」


「おっ、マジで旨いな! こりゃセージもさすがに負けるんじゃね?」


「そりゃ料理専門の者には負ける……?」


「どうした?」


 セージにその問いかけは聞こえていない。セージはおもむろに「鑑定」と呟いた。


「やっぱり! そりゃそうだよ、なんで気づかなかったんだろう」


「だから、どうしたんだよセージ」


「みんなも鑑定してみなよ! この料理、高品質なんだよ!」


 ブレッドたちは「そうだな」「だから?」と反応は薄い。それも当然である。料理が高品質になるのはそれほど珍しいわけではないのだ。

 王都や大きな冒険者の町などでは高品質の店があったりする。特に冒険者が多い町ではステータス補正を売りにしている店もあるくらいだ。


 しかし、セージは知らなかった。今まで孤児院や学園で生活して、冒険者の時は必要なステータスの補正をするために自分で作ることばかりだったのだ。

 調理師をマスターしていても、料理が高品質とは限らない。セージの場合、保存食品が多いことや調味料が少ないことなどがネックになっていた。

 それに、調理師は元々マスターしていたので学ぼうとすることがなかったことも大きい。


「……シェフを呼んでくれないか!」


「はぁ? シェフってなんだ?」


「料理人のこと! 見学できるかな? ちょっと聞いてくる!」


 そう言って調理場に突撃していくセージ。その姿をブレッドたちは呆れたような目を向けて見送った。


「そういうところが頭がおかしいところなんだよね」


 ベンの呟きにブレッドたちは頷くのであった。

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