第80話 ベンは静かにランクを上げる

 ベンはグリーンバリー男爵に仕える諜報部隊ウォード家の分家の長男だった。

 諜報部隊とは自領内や周辺の領、王宮、他国にいたるまで情報集めをしている者たちのことだ。

 闇に紛れて忍び込み盗聴や暗殺をする、なんてことはなく、基本的には普通に働いている。

 酒場の従業員やギルドの職員、商人などとして生活しながら情報収集に励む者もいるが、貴族の屋敷や王宮の文官・侍女などの職業に就いて情報収集する者の方が多い。

 むしろ貴族の屋敷に他領の諜報員がいないことなどないと言えるほどだ。


 ウォード家はグリーンバリー男爵家と共に生まれたためまだ新しく、本家と分家一つしかない。他国どころか王宮内部にも関係者はおらず、自領内と隣接する他領の情報収集しかしていなかった。

 そこで、王宮での諜報活動が次の世代の目標となっていた。

 ベンには妹が三人いるのだが、全員が控えめな性格で、王宮での文官を目指している。入れなかった者は王宮の使用人として潜り込むか、周辺領での活動になる予定だった。


 しかし、ある時本家からベンは騎士団に入るようにと通達が来た。

 これに、ベンたち家族は大慌てである。

 分家で唯一の男であるベンが指名されていたのだが、だからといって騎士団に適しているとは全く思えなかった。自身だけでなく親もベンが騎士団でやっていくのは無理だという考えである。

 その事情を説明したものの、本家としてもグリーンバリー男爵からの要請で断ることはできない。

 さらに、本家で進路が決まっていない者は三女しかいなかった。結局決定は覆らず、ベンが強制的に決まったのである。


 ベンの身分は平民なので、騎士団に入るならまずは王都の第三学園に入学しなければならない。グリーンバリー男爵が後ろについているため、入学試験をうけるための推薦をとるのは楽だが、試験に合格するためには実力がないといけない。

 当時、ベンは十二歳。諜報員の嗜みとして暗殺者をマスターさせてもらっていて、勉強にもしっかり取り組んでいた。しかし、それ以外の職業は全く手付かずで、剣の訓練もさほどしていない。

 そんな状態から、聖騎士を目指してランク上げし、剣の訓練に明け暮れた。元々暗殺者としてランク上げしていたこともあり、戦いには慣れている。

 体格は良くないので不利ではあったが、なんとか十四歳で試験を突破し、第三学園に入学した。

 ベンはそのまま騎士団に所属して内部の情報を得る予定だった。


 しかし、無事入学した三級生の途中、グリーンバリー男爵家が没落。上級貴族が変わることは滅多にないが下級貴族の没落は珍しいことではない。

 無理して第三騎士学園に入ったもののその意味は無くなったが、すでに十五歳になっていたベンは今さら文官などにはなれない。そのまま騎士団に入るか辞めて冒険者になるか、それくらいしか進路が思い付かなかった。

 そして、そのどちらも自分に合っているとは思えなかった。


 悩みながら考えた結果、今さらだが手に職をつけようと魔道具師になるため練習を始めた。

 魔道具師は細工師と服飾師をマスターするとなれる中級職だ。魔道具師になれさえすれば日々を生きる糧の助けになる。

 冒険者として自分に適した依頼を受けつつ、内職で魔道具師として道具を作れば十分だ。この時のベンにとって悪くない案に思えた。


 ちなみに、魔道具師を専門とする者はかなり少ない。それは、マスターするのが難しいからではなく、儲からないからだ。


 魔道具師は他の中級職に比べてかなり難易度が低い。剣やポーションを見ても作り方はわからないが、細工や服は見てわかる物が多いのが理由である。

 服飾師でも細工をすることがあるため、一流の服飾師は魔道具師になっていると言われているくらいだ。しかし、魔道具師になっても魔道具師専門としては活動しない。


 魔道具師というのは、技工師と似ている。基本的には腕輪やローブなど装備品を作る者で下級職との違いは魔法的な効果があるかどうかだ。

 例えば闇のローブの場合、防御力の他に魔法攻撃を軽減する効果がある。

 他にもある一定の動きをすれば魔法が使える腕輪や、時間経過でMPが回復する服なんて物もあり、非常に重要な装備品だ。


 では、なぜ儲からないのか。

 作り方が分からないからである。上位の装備になると特に作り方も使っている素材もわからない。

 そもそも、そんな装備品の多くは貴族が持っていたりする。自分が優位に立つため、装備品の複製のための調査を断ることが多く、研究はほとんどすすんでいない。


 そうなると、ローブや服系より鎧などの方が防御力は高くなるため、装備する人は減り、価格は下がる。

 低ランク冒険者の後衛などにはまだ需要があるのだが、高ランクになると後衛でも金属の胸当てを装備したりする。高ランク冒険者が使うには防御力が低すぎるのだ。

 特に技工師のドワーフ族が作る装備が出回るようになってからはその傾向に拍車がかかっていた。


 結局、魔道具師が作る物と言えば白のローブや風の服など一部の装備と状態異常耐性の腕輪くらいなものである。

 ローブを装備するような者は魔法使いなどであり、そもそも数が少ないということもある。貴族や騎士団には魔法使いはいるが、貴族はたいてい専属の魔道具師がいる。

 稀にいる魔道具専門の者がなんとか生活できているのは状態異常耐性系の腕輪のおかげと言っても過言ではない。

 そもそも、魔道具師になれるということは服飾師と細工師をマスターしているので、その道で働けばそこまで苦労することはないのだ。

 これが魔道具師の実情で、なり手がいなくなる理由だった。


 ただ、ベンは鍛治なんてできないし、薬の知識もない。この年齢だと弟子入りも断られる。

 しかし、細工と服飾に関しては諜報部隊の一員として使うためランクが上がっていたのである。

 唯一なれそうなのが魔道具師だったというだけの消去法で決めたものだったが、これが意外に楽しかった。

 進路に迷って現実逃避の様に始めたことであったが、着々と服飾師と細工師のランクをあげて、魔道具師になった。そして、本当に魔道具師を目指してもいいかと思い始めていた。


 そんな時に出会ったのがセージだ。

 入学試験からおかしいと思っていたが、一緒のクラスになりその思いは強くなるばかりだった。

 入学二日目には一級生に混ざり、座学も余裕が見える。習っていない部分まで答えられることもあり、一部の一級生はスムーズに進んでしまう講義についていくだけで必死になっている。


 さらに、一級生のトップパーティーに対して一人で勝ち、再戦を求める声に対しては、第一学園が使ってくると予想される特級魔法を見せて黙らせた。

 頭ひとつ抜けた実力どころか、第三騎士学園の中で誰も及ばない領域に入っている。

 さらに、明言はされていないがセージは勇者であるだろうと一級生たちの中で広まっていた。

 レベル51であるのが本当なら上級職なのは確定しているが、最初は懐疑的だった。

 しかし、セージの見た目でレベル50の聖騎士だった場合、攻撃力はもっと低く、物理攻撃で攻めることはできなかっただろう。

 勇者のステータス補正がある上での攻撃力だと考えられていた。


 グレンガルム王国の初代勇者は公爵になった。今は隠しているとはいえ、やがてはセージも高位貴族になるのではないかと考えて、ベンは元諜報部隊であったことを伝えて自分を売り込んだ。

 今は聖騎士だが、もともとの職業は暗殺者であり、魔道具師でもある。役に立つことを示し、ウォード家の再興を目指そうと思ったのだ。


 セージはベンが暗殺者をマスターしており、魔道具師になっていることに驚き、そして喜んだ。

 売り込みが成功したと思ってベンも喜んだ。

 そして今、魔道具師をマスターするために宿題を課されている。

 これはセージが自分のランク上げでどうすればランクを早く上げることができるかを考え続けてきた成果、生産職マスター効率重視コースだ。


「ベンさん、できましたね。じゃあ次作りましょう。次に使う原料はこれとこれと……」


 最近セージがベンの部屋で一緒にランク上げをすることも増えていた。

 作るものと言えば人形サイズと言えるような服や腕輪類、そして何かわからないアイテム。ベンは商人をマスターしておらず鑑定は使えないし、装備することもできない。

 何を作っているのかさえ分からないものばかりで、作ったものは分解したりしてまた作るを繰り返したりする。どういうことだと最初は思ったが、確かにランクはありえないような速度で上がっていく。


(どうしてこうなった)


 諜報員として頼まれることでもあるかと思ったらまさかの魔道具師マスターを目指すことになっている。ただし、使える物は一つもない。

 釈然としない気持ちを抱えながらベンは黙々と課題をこなしていくのであった。

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