第50話 決戦前夜

 セージはルシール、カイルパーティーと共にラングドン領都に降り立ち、挨拶や買い物を済ませるとすぐにケルテットの町までやって来た。

 ラングドン軍は来ていない。ついてきたのはギルとルシール直属になった五人の騎士だけである。


 ちなみに、この騎士たちはルシールの賭博に付き合わされた者たちだ。男三人女二人、年は二十から三十歳の間で比較的若い。

 男性ばかりのラングドン軍に珍しい女性の騎士はこの二人だけである。

 一人は巨人族の血が入っており、ギルと同じくらい背が高く体格が良い。

 もう一人は純人族なのに同じくらいの身長で、腕の長さを生かした、しなやかな攻撃を得意とする。


 セージを含めて全員で13人、前回神霊亀と戦った騎士千人と比べると明らかに少ないが、軍は領都で待機しているため仕方ない。

 ラングドン軍が動かなかったのは、当主のノーマンが神霊亀を倒すためには城にある兵器が必要だと考えているからだ。


 神霊亀がラングドン領に来る可能性は、八年前からわかっていたことである。

 戦いに参加したノーマンは普通に戦っても勝てないと思い、大型の弩弓や投石器を作らせていた。

 大型なので長距離を持ち運ぶようにできてはいない。領都に来たとき迎撃するための兵器である。


 ノーマンはセージとルシールがケルテットの町まで行くと言い出したときはすぐに止めた。

 しかし、セージだけでなくルシールまで行くと断言したのだ。

 ルシールの中でラングドン家への執着は無くなっており、好きに生きると決めている。

 ノーマンが止められるものでは無くなっていた。

 ルシールの覚悟に何を言っても無駄だとすぐに悟ったノーマンは、急いでルシールを慕う者たちを直属につけて、何か危機があれば引きずってでも連れて帰るようにと密命を授けたのである。


 ケルテットの町に着いてすぐに、セージは頼んでいた装備品を取りに回った。

 まだ出来ていない、もしかしたらすでに誰もいないかもしれない、と思って急いだのだがガルフやジッロ、ティアナ、ローリーまで待っていた。

 それぞれが依頼通り仕上げてくれて、ローリーはセージ用にと隠して置いてあった高品質薬をくれた。


 ケルテットの町の住民はほとんどいなくなっており、異様な静けさになっている。

 ナイジェール領が滅亡したことは誰もが知っていることであり、さらにラングドン軍が領都で待機することが伝わって町の人は我先にと逃げ出したのである。


 宿屋も開いていないため、セージたちは孤児院で泊まることに決めた。

 孤児院を出て半年も経っていないので、ほとんど変わっていない。

 勝手を知っている上に調理師をマスターしているセージが手早く料理をしてみんなに振る舞う。


「ご飯を食べたら作戦会議と軽い訓練ですからね。あっ、そこはマルコムさんの席ですから一つずれてください」


「えっ僕の席は決まってるの?」


「マルコムさんだけじゃないですよ。少し料理を変えてるんです。調理師をマスターしているのでそれぞれ作戦に合ったステータス補正かかかるように調整しています」


「そんなことまでできるんだね! あたしは肉が好きだからこの料理で嬉しい!」


「僕も肉が良いんだけどなぁ」


 マルコムは目の前の魚の干物を見下ろしながらぼやく。


「騎士の方々は役割が一緒なので全員同じものですけど、もし調整したいステータスがあれば言ってくださいね。さて、いただきましょうか」


 全員揃って食事前の祈りを捧げる。

 この世界のスタンダードは手を胸の前で組み、静かに心の内で女神リビア様に祈ることだ。

 セージは表面上はみんなと同じにしているが、心の内では『いただきます』と言っているだけである。


「すみません。家具を少し小さめで作っているので使いにくいですよね」


「確かに食べにくいな」


 セージの言葉に返事をしたのはルシールだ。

 セージとマルコムはまだしも、ルシールとヤナでも身長は170cm程度あるので孤児院の椅子や机はキツそうである。

 ルシールは遺伝で、ヤナは男女差がほとんどないエルフ族だからだ。


「ルシィはまだ良いじゃん。あたしなんてこれだよ? 猫背になっちゃう」


 ミュリエルも他の者もそれ以上の体格なので、非常に窮屈そうに食事をしている。

 それに騎士たちは少し緊張しているようで、気持ち的にも窮屈そうである。


「確かにミュリよりかはマシか」


「それを言ったらマルコムはちょうどだけどね」


「ちょっと待って! 僕だって小さいと思ってるよ! ほら!」


 ちょっと背を丸めて食べるマルコム。

 普段は普通の椅子と机を使っているため本人は小さく感じるのだが、見た目には違和感がなかった。


「えっ? ぴったりじゃん」


「確かにな」


「いやいやいや! セージも言ってやってよ!」


 身長が近いセージに同意を求めるが、セージはすました顔で答える。


「僕はちょうど良いですけど」


「裏切り者!」


 嘆くマルコムは不貞腐れて魚にかぶりついた。


「それはそうと、作戦会議とは何をするつもりだ?」


「作戦会議というか、戦い方を伝えるだけなんですけどね」


 疑問を上げるルシールに少し照れながら答える。

 セージは作戦会議という言葉の響きが気に入って使っただけなのだ。


「俺はあいつに勝てる気がしねぇんだが、何か策があるのか?」


 この中で唯一神霊亀と戦ったことのあるギルが質問する。


「策というほどのものはありませんよ。神霊亀って基本的にデバフも状態異常も効かなくて防御のステータスが最大なんです。さらに、HPは大きさによりますが小さくても1000万を超えるという超耐久型。そのくせに回避不可の超遠距離魔法や一撃死確定の物理攻撃力を持つ怪物ですからね」


「おいおい、そんなやつに策もなくどうやって勝つつもりだよ」


「正面突破ですね」


 ギルは齧ったパンを飲み込んで溜め息をつく。他のメンバーは食べながらも耳はセージとギルの話に集中していた。


「お前なぁ、前回それで騎士が千人やられたんだぞ。ほとんどが近づく前に魔法で一撃だ。中には死んだやつだっている」


「そうでしょうね。魔法攻撃に耐えられる人はいませんから。でも今回は僕がいます。補助はしてもらいますけどね」


 セージは当然のように言う。それは事実を述べるかのような口調であった。


「僕が盾になって攻撃できる範囲まで皆さんを連れて近づきます。正面から突破できるんですよ」


「正面突破したあとは? 八年前の俺でさえHPを削った感覚なんてほとんどなかったぞ。なのに相手の攻撃は一撃でHP0だぜ? どうするつもりだ?」


「確実にHP10削る武器を用意しています。神霊亀の攻撃パターンの内いくつかの攻撃には大きな隙ができます。その間に総攻撃を仕掛けます。それ以外は一撃入れて逃げるを繰り返してください。タイミングは事前に教えます」


「それで? 相手のHPは1000万だろ? 一撃で10じゃ終わらねぇぜ。千人いりゃわかるが、今は13人だ」


「まず倒すのは無理ですよ。途中で確実に全滅しますから。目標は一時間でHPを100万くらい削って撃退することですね。主体は僕が魔法でHPを削りますので大丈夫です」


「そうか。魔法で撃退できるなら剣で攻撃する意味はあるのか? 攻撃しろと言われたらするがな」


「もちろん意味があります。物理攻撃をしないと僕が狙われ続けて、カイルさんが死にます」


 急に出てきた名前にカイルが驚く。


「おい、なぜそこで俺が出てくる。勝手に殺すな」


「いやぁ、それが作戦なんで。詳しいことは後で話しますが、カイルさんにはスケープゴートを使って僕の代わりにダメージを受けてもらいます。あっ、ダメージって言うのはHPが削れることを指しています」


 この世界には英語の言葉が少なくて伝わらないことがたまにあるため、セージはなるべく言葉の説明を入れるようにしている。

 

「神霊亀へのダメージソースは僕なので狙われやすいんですけど、物理アタッカーがいると攻撃パターンが増えるんですよね。踏み潰し、のしかかり、尻尾攻撃、スモークあたりを引き出してくれると……」


 ただ、頭の中ではゲーム用語で考えている。意識していないとそのまま喋り、何も伝わらないことも多い。

 セージは皆が疑問符を浮かべていることに気づき、簡単に言い替える。 


「つまりは前衛がいないと後衛が死ぬので、騎士の皆さんは後衛を守るためにたくさん剣で攻撃してくださいってことです」


「そうか。詳しいことは何もわからねぇが、それで追い返せるってんならいい。それに、守るために戦うっていうのは悪くねぇな。騎士の本分だ」


 ギルは満足そうに頷く。

 他の騎士たちはセージが何者なのかという疑問を抱きながら、ギルが信頼し納得しているので文句は出なかった。

 今度はルシールが質問する。


「私も攻撃役に入るのか?」


「いいえ、ルシィさんはカイルさんと共に盾役をお願いします」


「私は攻撃でもなくスケープゴートも使わないのか?」


 ルシールが不満そうな声を上げる。

 勇者になった自分がどれだけできるのか試したい、そして、自分が安全な所にいるのは嫌だという気持ちも強い。

 あとわずかにセージの役にたって良いところを見せたいという気持ちがあった。


「カイルさんがスケープゴートを使うのはHPが一番高いからです。カイルさんは僕のためにHPを温存して欲しいんです。つまり、ルシィさんにメインで僕を守る盾役になってもらいます」


「そうか。それなら良いんだ」


「期待していますよ。僕は精霊士プラス装備で耐魔法専用になってるんです。物理攻撃に弱いので、直撃したらカイルさんが倒れますからね」


「俺が一番危険じゃねえか」


 睨むカイルに対してにっこりと笑顔を向けるセージ。


「そうなったときは私がスケープゴートを使う。全身全霊お前を守ろう」


「ありがとうございます、ルシィさん。でも、先にカイルさんの回復を優先してください。『リバイブ』、得意ですよね?」


 ルシールはマーフル洞窟でセージから発音を教わり、リバイブを唱え続けた。その魔法発動速度は最速と言っていいレベルである。


「ああ、誰よりも速い自信があるぞ」


「速い?」


 次に声を上げたのはヤナだ。


「ああ。セージ直伝だからな」


「ちょっと聞かせて」


「ほう、気になるのか?」


「同じパーティー。蘇生と回復のタイミングを合わせるため」


「なるほどな。だが、並みの回復魔法より速いぞ」


「私の、回復魔法が並みの速さかはわからない」


 いつになく挑戦的なルシールにヤナも言い返した。そんな二人にセージが割り込む。


「訓練は後でしますから、とりあえず食事を終わらせましょう」


 こうして、ゆったりとした決戦前夜を過ごすのであった。

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