第48話 ガルフは世界最高の鍛冶師
なぜ作れないかはガルフの若い頃にさかのぼる。
ガルフの父親グレゴール・ザンデルはドワーフの里で有名な技工師だった。
技工師は鍛冶師と木工師をマスターすると現れる生産職で武器や防具に魔法効果を付与することができる職業である。
鍛冶師ではステータスを上げる効果はつけることができるが、炎を出す剣や魔法ダメージを軽減する盾など作ることはできないのだ。
ドワーフ族の中では物を作る職人が花形の職業、そして技工師は男がなりたい職業ナンバーワンだった。
ちなみに女であれば魔道具師が人気である。
国に認められた生産職の家がいくつかあり、グレゴールのいるザンデル家もその内の一つだ。
ザンデル家は技工師の名門で多くの分家がある。その中でもグレゴールは剣の鍛造技術が飛び抜けていて、作れない剣はないと言われるほどであった。
さらに勇者に特別な剣を作り、魔王を倒すのに貢献したという伝説まで持っているため憧れる者も数多い。
グレゴールの息子であったガルフは、父親から鍛造技術を学び、毎日剣を打ち続けていた。その甲斐もあり、鍛造技術は同世代では頭一つ抜け将来有望な鍛冶師であった。
ガルフは木工師も早々とマスターし、十五歳になったときには技工師になっていた。
しかし、そんな時にグレゴールは病気によって急死。ガルフに技工士としての技術を受け継ぐことなくこの世を去った。
ガルフはグレゴールが剣を打っていた所を思い出しながら手探りで魔法剣を作っていたが、どうやってもほとんど魔法効果がない剣しか生み出せなかった。
魔法剣の原料には金がかかる。金属だけでなく魔物の素材が必要になるからだ。
しかし、出来上がるのは大したことがない剣で、金は減る一方。
魔法剣を作ろうとすることさえ困難になっていく。
他の所に弟子入りしようにも、そうそう認められるものではない。
それに、グレゴールがガルフだけに教えるつもりで弟子入りを全て断っていたことも良くなかった。
同世代のドワーフはどんどん品質の良い剣を生み出し、ガルフは取り残されていった。そうして燻っているうちにザンデル家の名を剥奪され、ガルフはドワーフの里を出た。
そして、元の名前ガブリエール・ザンデルを捨ててガルフとなり、人族の町に入る。
別に人族の町が良かったというわけではない。ただ単に人族なら比較的ドワーフに友好的で、鍛冶師でも生活できるからだ。
ケルテットの町に来たのも特別な理由はない。山や森が近くてドワーフの里から離れた場所ならどこでも良かった。
逃げるようにして来た町でも、密かに魔法剣は作っていた。
グレゴール・ザンデルの息子ガブリエール・ザンデルとして、そうそう諦めることができなかったのだ。
しかし、どれだけ試行錯誤しても上手くいかず、人族の弟子を抱えるようになり最近は挑戦すらしていなかった。
だからこそ、当たり前のように魔法の効果がついている剣や盾を要求してきたセージに、そして期待に応えられない自分自身に怒りを抱いたのである。
(ドワーフだからって誰もが魔法をつけれる訳じゃねぇんだぞ)
ガルフの怒りに対してセージは飄々と答える。
「えぇ、もちろん本気で言っています。コツさえ分かれば魔法の付与は難しくありません」
「お前なぁ! それがどれだけ……」
「でも! 剣の基本性能は鍛冶師の技術です」
怒鳴るガルフに大声をかぶせるセージ。
普段と異なる真剣なセージの勢いにガルフは言葉を失った。
セージの言うことは真実だ。鍛冶師をマスターしたセージとガルフが同じ原料で同じ鉄の剣を打ったとしても性能つまり攻撃力が異なる。
もちろん鉄の剣で有る限り攻撃力の上限はあるが、ガルフは限界まで性能を引き出せるのだ。
セージはランクを上げるということに集中していたため、剣の性能を上げることに力を注いでいない。
鋼の剣を作ったとしてもガルフの鉄の剣と同程度だ。
「僕が打っても低い性能しか出せません。ですがガルフさんの技術があれば最高の装備ができるはずです」
「……性能が高かろうが作れなきゃ意味がねぇんだよ」
「では良く見ていてくださいね」
ガルフの言葉を無視して鍛冶の準備を始めるセージ。
言いたいことはあったが、ガルフは黙った。セージの目に決意のようなものがあったからだ。
セージは置いてあった剣を手に取る。
「さて、この剣は僕がさっき用意していた完成前の基礎の剣です。ここまで特に注意する工程はありません。今回は氷結の剣を作るのでミスリルと鋼を使っています。これを炉に入れます」
ガルフは剣を見て、荒さはあるが丁寧に作られている悪くない剣だと思った。
熱されて赤くなってくる剣を見つめる。
「色が重要ですからね。良く見ててください。オレンジになるくらいの瞬間を見極めます……ここ!」
ざっと取り出すと石の上に置いてすぐに粉末をかける。
「パッとかけたらリズミカルにぃ! 叩く! はい! 叩く!」
セージは声を出しながらリズミカルにカンッカンッとハンマーで叩く。FS12に出てくるミニゲームで完璧に覚えたリズムだ。
ただし、ゲームでできるのはリズムだけなので、リアルで打つのとは異なる。
ガルフから見たらその力加減や打ちつける場所、角度、どれもが完璧ではない。
そうだというのにセージの姿は父親の姿を彷彿とさせた。
「はいっ! 炉に入れる! 回数も大切なんですが後で説明します! 今は色! 大事ですから良く覚えてくださいね……ここ! この色が最高! 叩きはリズムが、大事! パッとかけてー、叩く!」
セージは止めどなく喋りながら作業を続け、ガルフはその作業を必死に見る。
父親は口数の少ないドワーフでセージの教え方とはかけ離れているが、昔の光景を思い出してしまうのは音のせいかもしれない。
リズムが一緒なのだ。
父、グレゴール・ザンデルが魔法剣を打つリズム。簡単そうに打つ作業の中にどれだけの積み重ねがあっただろう。
その事がわからず、教えてもらえると甘えてしっかり見ていなかった自分を何度呪ったことか。
「はいっ、ここまでー。後は冷やして普通の研石で研ぎます。この工程に特別なところはありません。その後は細工を施して、出来上がったものがこちらになります」
セージは別の場所から一振りの剣を取り出した。
「鍛冶師をマスターした今の僕が全身全霊をかけて丁寧に作った最高の剣、なんですが品質は普通ですね。まぁそれはいいんです。これが、氷結の剣です」
ガルフはその剣を鑑定し、セージの言う通りであることを確認する。
氷結の剣などの物理攻撃を魔法攻撃に変える剣はドワーフの里でも作れる者が少なく、慣れたものでも必ず成功するとは言えない。
「なぜ作り方を知っている?」
「技工士の本を読んだからですね」
「はぁ? そんなもんで作れるわけねぇだろ」
「すごく分かりやすい本が手に入った、ということにしておいて欲しいんです」
「どういうことだよ」
「わざわざ親方だけ呼んだのは内密にしてほしいからなんですよね。詳細は省きますけど、グレゴール・ザンデルという鍛冶師の真似をするミニゲ……えーっと、まぁ魔法剣を作ってる所を見て、それを真似しただけなんです」
セージはミニゲームと言おうとして慌てて言い直したが、ガルフはそれどころじゃなかった。
「グレゴール……ザンデルだと?」
「ええ、知らないですか? ドワーフの里では有名な鍛冶師なんですけど、この辺りでは聞かないですよね」
(なぜ、その名を知っている?)
もう二十年以上前にガルフの父、グレゴールは亡くなっている。
それにこの地はドワーフの里から遠く、当然名前を聞くことは全くない。
「さて、それはさておき、ガルフさんにこれを作ってほしいんです。盾の作り方も教えます。お願いできますか?」
セージは穏やかに微笑んでガルフに頼む。
(俺がこれを? グレゴール・ザンデルの真似ってことは、親父の技を聞けるってことだよな。まさか今になって……俺でいいのか?)
「俺に教えて良かったのか? これから王都に行くんだろ? 俺よりすげぇ鍛冶師なんざ山ほどいるだろうよ」
セージは少し首をかしげて答える。
「教える許可はとってないんですけど、たぶん大丈夫でしょう。バレませんし。グレゴールさんよりガルフさんの方が高い技術を持っていますから、知っていて不自然でもありません」
「まさか、そんなはずは……」
「数多くの武器を見てきた僕が保証します。ガルフさんは世界最高の鍛冶師です。ガルフさんより良い鍛冶師はいませんから、ガルフさんに作って欲しいんです」
セージはガルフのことをチート鍛冶師だと思っていた。
ガルフ作の武器はセージが上限だと思っている攻撃力の値を超えているからである。
FSシリーズでは同じ名前の武器でもナンバーによって攻撃力は異なる。
セージは実際に作ってみて、それは品質の差だったと考えるようになった。
そして、ガルフ製の武器は歴代最高を超えている。
例えば、FSシリーズで鉄の剣は攻撃力+28が最高だが、ガルフ製の鉄の剣は攻撃力+32である。
ガルフは魔法付与ができないからこそ、鍛冶の技術のみを磨き続けて超一流の腕前になっていた。
ガルフを世界最高の鍛冶師だと自信を持って言いきるセージを見る。
なぜか亡き父にも認められているような気分になった。
(俺が世界最高の鍛冶師か。ドワーフの里から逃げ出した俺が。そうだな、俺は名匠グレゴール・ザンデルの息子、そしてグレゴール・ザンデルを超える男。グチグチいってる場合じゃねぇ)
ガルフはセージを真っ直ぐ見据えて答えた。
「そうまで言われちゃ仕方ねぇな。作ってやるよ。世界最高の剣と盾をな!」
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