十一
「分からないん、ですか?」
「ああ。俺の気分次第、だな」
翌朝。希羅は朝食の準備を終えて、客間でぐーすかといびきをあげながら爆睡している修磨をやっとのことで起こし、二人は今、朝食を口にしているところだった。そしてその最中に、昨日の疑問を尋ねた希羅だったが先程の返答を貰い。
修磨の守護神発言も無論覚えており、かつ一緒に住むと決意した希羅だったが、当然それらは期間限定の上での話で、それ故、滞在期間は長くて一か月かその辺りだと予想を立てていたのだのだが、それよりも早くなるのかもしれないと思った。
「なぁ。昼は俺がめし作ってやろうか?」
「いえ。いいですよ」
修磨は好意の提案が間髪入れず断られてしまい、面白くないとズズッと茶を飲み込んだ。
(そりゃあな。会って一日しか経ってねぇんだから、当たり前、なんだよな)
自分は希羅が幼い頃から知っているというのに。
水が入った桶の中で食器を洗う(これも手伝うと言ったのにやんわりと断られてしまった)希羅の後ろ姿を見ながら、修磨はそんな当たり前の考えを今になってようやく思い付いたのだ。自分への他人行儀な接し方も致し方ないと。何よりも、鬼であるし。
「希羅!あけましておめでとう!」
がらりと勢いよく戸を開け、片手を高々と上げて玄関に足を踏み入れた人物らは。
「あけましておめでとう。櫁。おめでとうございます。…お姉さん」
「あけましておめでとう。希羅ちゃん」
今、希羅に満面の笑みを向けるのは、同年の何時も元気溌剌な幼い頃からの友人、櫁で、彼女の半歩後ろでにっこりと優雅に微笑んでいる人物は櫁の姉。
「うわっ!?おっさん。まだそんな話し方してんのかよ?そうするなら、せめて女物の衣やら何やらを身に付けろよな。…三人一遍に話されたら分からないんだが」
自身に詰め寄りまくし立てて質問をする目の前の三人に、修磨は思わずのけ反ってしまった。その理由は主に。真ん中の人物、櫁の姉と自称する実際は全くの赤の他人の三十代の男性、
櫁と武士の岸哲は商人の娘と其処で働く家人としての関係で、岸哲は櫁が生まれた時からずっと世話をしているらしく、あれやこれやあり、今は姉と名乗っているらしい。
岸哲が櫁の姉と相応しい女性になる為に努力をして唯一得た成果が、おしとやかな女性の話し言葉だった。顔は化粧を施さずそのままに、武士の恰好もそのままに、刀も差したままに、それでも歳の離れた姉に見えるのが摩訶不思議なことであった。
出世を望む武士の大多数は天皇や貴族の護衛の任に就きたがるが、武士の仕事は護衛。彼らが望む対価さえ払えば誰でもどれだけの日数でも護衛をする。それこそ、一生でも。
修磨の発言に反応した希羅だったが、櫁と岸哲は彼の姿を一目見るや驚きと、そして怒りで詰め寄ったのだ。何故なら。
「あんたねぇ。うちならまだいざ知らず、こんな盗人も絶対に手を付ける気も起きないほど貧乏な家からまで食料を盗み取ろうっての?希羅。私が来たからにはもう安心して。どうせこいつに結婚するからとりあえず食料くれとか言われたんでしょう?顔だけはいいからつい頷いたのは分かるわ」
修磨を指差し拳を目の前で強く握ったかと思うと、腕を組みうんうんと頷く櫁に、希羅は何時もながら元気が出るなと、話の内容よりも一時、彼女の声音に聞き惚れていたが。
「貧乏って。そんな盗人まで願い下げされるほどみすぼらしいけど。うん。そだね。ハハ」
希羅はほんのちょっぴり、瞳から一粒の雫が出て来た。女の子だもん。貧乏で泣くよ。
「だけどね。結婚詐欺じゃないから。…て!櫁の邸にも修磨さんが来たの!?」
櫁の家は異国の品物を専門に扱う店を開いており、商売は繁盛。品物の品質の良さは無論のこと、宣伝や接客などその他諸々の創意工夫のおかげか、少しお高めな値段にも拘らず年を経る毎に売り上げは鰻登りの状態で、懐は何時も暖かいのだ。
修磨が其処を訪れたのは至極納得できる希羅だったのだが、櫁の最初の発言に、今更ながらに首を傾げた。食料を盗み取る?
(まさか)
昨日の大量の食物が思い浮かんだ希羅は瞬時に顔を真っ青にさせた。
「言ったろ?分け合うと言う素晴らしい言葉を俺は知っているってな」
にっと、誇らしげに笑みを浮かべる修磨に、希羅は初めて脱力と言う単語を身を以て知った。こんな風に崩れ落ちるように身体って本当に沈まるんだと。
「あのね。その盗んだ食料が他の人に分けられていたのなら、まぁ、本当は犯罪だけど。それでも良しとするわ。貯めこんでいるのは本当だし。けどね、あんたは独り占めしているだけでしょう。聞いたことがないわよ。目が覚めて戸を開けると大量の食物が、って話」
「当たり前だろう?俺が一人で全部食ってんだからよ」
「あんた。何で此処に居るわけ?希羅に何する気よ」
成果の独り占めはさも当然と言う修磨に、櫁は強く睨みつけた。
修磨はその視線にどう言ったものかと頭を巡らせた結果。
「おまえだって、何でこんなとこに居んだ?つーかそもそも。何であの邸に「修磨様。わたくし、重要な話があるのを忘れていましたわ。櫁。ちょっと二人きりになってくるわ」
「…うん。分かった。よろしくね」
修磨の発言を遮った岸哲は戸口の方へ手を向け、修磨は黙って彼の後に続いた。
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