十
「その。泣き止んでください。ほら。さとうきびあげますから」
何故こんな状態になったのか、全く以て分からない希羅は今、何故か泣き叫ぶ修磨を何とか落ち着かせようと、あれやこれやと食物を目の前に差し出したのだが、一向に泣き止む様子はなく。もしかしてこの姿になると、思考まで子どもに戻るのだろうかと思ってしまうほどの泣きっぷりと暴れっぷりだった。
「ぞ、ぞのぐちょうやめろ」
しゃがみこんで自身の目の高さに合わせる希羅に、修磨は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を向けた。どうやら余程希羅の口調が嫌なようだ。
「えとですね。これは長年の習性と言うか、癖と言うか。別に他人だからと線引きしているわけでは「嘘だ!」
ドンドンと強く胸を叩く修磨に、希羅はどうしたもんかと頭を捻った後。
先程と同じように、ボンと爆発音がし一瞬視界を奪うほどの白い煙が立ち込めたかと思うと、大人の姿に戻った修磨が其処に現れた。
希羅が洸縁に貰った修磨を元に戻す為の、遊び道具でお馴染みの榊限定の独楽を幼い修磨の目の前に差し出した結果だった。
もっと早くに気付け、と心の中で呆れたように呟く自身の声が聞こえてきた希羅だったが、丸無視した。
「?俺、何かしたのか」
(覚えていない…て言うか)
誤魔化しているだけだろうと思った希羅だったが、其処を指摘することなく修磨に優しく告げた。何もなかったと。
「そう、か。ならいいの、か?この状況は?」
「え?あ…」
希羅は今の状態を認識し、カッと赤面してしまった。
先程、幼い修磨が希羅の胸に顔を埋めている状態だったのが、今は反対に、彼女が顔を埋める、まではいかないが、修磨の胸の辺りに身体を預けるように手を置いて、まるで座って抱き合うような格好になっていたのだ。
「そのですね。私が転びそうになったのを修磨さんが助けようとしてこう言うことになったんですよ。ありがとうございました」
努めて冷静に。修磨とのやり取りではそれを心がける希羅は動揺を隠す為、なんてこともないと言わんばかりにゆったりと立ち上がり修磨から離れた。
「いや。…別に大したことじゃない。それよりも早く家に入ろうぜ」
「そうですね」
希羅に背を向けて足早矢に家へと向かう修磨は、顔を真っ赤にさせ口を押えていた。
希羅の考えたように、修磨は全部覚えていたのである。
ただ、信じられないほどのあまりの情けなかった姿をなかったことにしたいが為に覚えていないと嘘をついたのだ。
何故あそこまで感情をむき出しにしたのか。何が要因なのか。全く以て理解不能な自身の行動に、修磨は首を傾げることしかできなかった。
「それじゃあ。おやすみなさい」
「何だ。一緒に寝ないのか?」
「冗談が上手ですね」
にっこりと笑って戸を閉めた希羅に、修磨は別に冗談ではないと心の中だけで呟いた。川の字で一緒に眠るのが普通だろうに、とも。
修磨は今、客間部屋に用意された布団の上で身体を横にし、天上を見上げていた。
希羅の家には客間・書物・寝室・団欒部屋に玄関兼台所と五つの部屋が、そして家の外に、食物保管庫と温泉が湧き出るお風呂用の小屋が二つあった。
(あ~、もう。今日は疲れた)
今頃になってドッと疲れが舞い落ちて来た希羅は、寝室部屋で布団に顔を埋めていた。
本当は眠りに就く前に、仲間を捜しているのでそう長くは滞在しないであろう修磨に、何時まで此処に居るのかを訊こうと思っていたのだが、早く横になりたいとの思いが勝り、明日にすることにした。
うとうとと、希羅はまどろみ瞼を何回か開閉させた後、深い眠りに就いた。
こうして、長い、長い元旦かつ自分の誕生日の一日は幕を閉じたのだ。
希羅は。
「ったく。今日もうじゃうじゃと来やがって」
修磨は勢いよくその場に立ち上がり、希羅を起こさないように家全体に『黙音の術』を掛けてから外へと飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます