火星のどこかで待ち合わせ(後編)④
映画を見せ、作品について語りつくして満足したシモンズは、明日の会議で使うから机の配置を直しておくよう部下たちに言いつけると、機嫌よく会場を出ていった。机を並び替え、椅子を運んでいる途中、マクルーダが目を潤ませているのに、何人かが気づいた。
「ど、どうした?」自分までうろたえながらフィギーが訊いた。「指はさんじゃった?」
「いや――もう大丈夫」言葉の通り、マクルーダはすばやく立ち直ったようだ。「ちょっと、家族を思い出してた」
「さっき言ってたお子さん?」
「そう。今週誕生日だ」
「へェ、そいつはおめでとさん」
「明日電話できるじゃん。火星から誕生日メッセージをもらうなんて、最高じゃんか」
「そう思ってくれるといいんだけど」マクルーダが頬をかく。「フィギーは?」
「へ?」
「ハイパー火曜日に連絡を取る家族はいるのかい?」
「いやあ、おれは勘当されたようなもんだからなあ」
椅子を積みながら、ヘンリーがくつくつと笑う。「こいつのなんで火星に来たかって話、すばらしいぜ」
「やめろって」
「なになに?」投映機を片付けたクリスが入っていく。「教えろよ」
「絶対笑うなよ」何度も念を押してから、フィギーは明かした。「おれはさ、ずっと宇宙飛行士になりたかったんだよ。……ちょっと! 反応ないのもつらいなあ」
「いや、びっくりして」マクルーダが両手でフィギーの両肩を叩く。「私もそうだから。宇宙飛行士の試験に受からなかったんだ」
「マジ? マクルーダが落ちるんなら、おれなんか絶対無理だな」
「そんなことないさ。まだ若いんだし」
「ええと、ま、そういうわけだよ」フィギーは照れ隠しか、会話を流そうとした。「軍人になれば宇宙に行けるかもしれねえから軍隊に入って、火星遠征の話を聞いたからネルガルに転職した、なりふり構わないバカがおれですよ」
「それで実際宇宙に来てるんだからすごいじゃないか」
「来られたこと自体はよかったんだよ。軍辞めるって言ったらお袋がブチ切れて大変だったのなんのって」
「な、傑作だろ?」真顔でヘンリーが言った。「キラキラしててさァ、金目当てのぼくとは大違い」
「なにか欲しいものでも?」
「残念でしたァ。借金でェす」ヘンリーは両の手のひらを上に向けた。「エーリカっていう最高の女に全財産を貢いだから、ぼかぁ一文無しなの」
ロスが反応する。「女に? 全財産を?」
「露骨に興味を示すんじゃないよ」
「エーリカはアイドル」フィギーはすばやく解説を加えた。「……のキャラクター。ヘンリーは彼女をステージに上げるために大金を使ったんだよ」
「詳しいね」
「ヘンリーと同期になるともれなく詳しくなるんだ」
何人かが、彼の銃身に貼られた女の子のシールを思い出しているところで、ヘンリーが「さてと、ぼかぁ愛しいエーリカの話をしたんだぞ」と言い出した。聞かなくたってしゃべるだろおまえは、とフィギーが言うのを無視して、「皆様方はなにしに火星へ来たんですかねェ? 仕事だからっていうのはなし! みんな志望して来てるんだから」
「いや、私だって第一の理由はお金だよ」とマクルーダ。「子供たちを食わせていかないと。宇宙に来られたのは僥倖だ」
「おれも金っスねえ」会議机の脚を蹴って折りたたむとロスも言った。「ほしい
「なんだよみんな、金、金って」クリスが声を上げる。「火星開拓は人類の使命だろ?」
「そういうのは正規軍がやればいいの。クリスはなんで?」
「宇宙人に会ってみたかったんだよ」その子供じみた言い方に笑いが起きる。「おいおい、おれはこれでも大真面目だ! 火星人はあんな感じだったけど、宇宙には他にも知的生命体がいるかもしれないだろ。そいつを最前線で見たいんだ」
マクルーダが「そうだね」とうなずく。「火星を活動範囲にしてる生命体が“火星人”だけだって決まったわけじゃないしね」
「そう!」クリスは興奮して手を振り回した。「あいつらだって、よその星の住人と交流があったかもしれないだろ? あわよくばそういう証拠とか見つけたい!」
「夢のある話っスねえ」ロスはひょいと振り返った。「羽生軍曹はなんでです?」
「おれは……」羽生は肩をすくめた。「特に、って理由はないな。ちょっと金が欲しくて、ちょっと遠くに行きたかっただけだ」
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