第8話 熱望

 今日はクリサンセ伯爵夫人のお茶会に来ている。


「おい! お前!」


 窓際で本を開き、盗み聞きをしていたら目の前に男の子が立った。

 あ、この子、前にセルシスカナ侯爵夫人のお茶会でカタツムリを見せびらかしてた子だ。


「お前のせいでユーゴが首になったじゃないか!」


 藪から棒になんだ?


「首じゃなくてヘッドハンティングですわ」

「ヘッド……?」

「ヘッド・ハンティング」

「そんなのどうでもいい! ユーゴを返せ!」

「ユーゴはお城に仕えていたのだから元々あなたのものではありませんでしょ。そして今は我が家専属で私付きの護衛です」

「知るか! ユーゴは俺に剣を教えてくれるって約束したんだ!」


 何この話にならない感じ。


「あなたお名前は?」

「アルマン・アムブロスジアだ」

「!?」


 アルマン・アムブロスジアって……軍事長官の息子で攻略対象者の1人じゃないの! 確かにこの赤毛とペールオレンジの瞳、ゲームと同じだわ。近衛騎兵隊を目指す純粋で真っすぐな剣士、お気に入りのキャラだったのに……こんなアホな子供だったの?

 馬鹿と純粋って紙一重ね。


 言っている事が滅茶苦茶だから親に言いつけてしまいたいけど、軍事長官の父親も変な人だったら、ただでさえ忙しいお父様の手を煩わせてしまうかしら……

 自分で解決するしかないか。それに父親がお偉いさんだから何でもできると思ったら大間違いだって教えてやらないと。


「ユーゴがあなたに剣を教えると言った証拠は?」

「……そんなものある訳ないだろ!」

「では無効ですね。諦めてください」

「俺は諦めないぞ!」

「先程も言いましたが、ユーゴにお給金を支払っているのは我が家です。彼に何も与えていないあなたが彼から時間と労力を奪う権利はありません」

「じゃあ俺がユーゴを雇う!」

「正式にお断りします。そもそも剣を習いたいだけならユーゴじゃなくたってよろしいでしょ」

「ユーゴは1番強いんだ! だからユーゴから教わって俺が1番の騎士になるんだ!」

「名選手名監督にあらずですわ」

「なんだそれ」

「実力があって実績をあげた人物だからといって、必ずしも指導者としての技術が高い訳ではないという意味です」

「そんなのやってみなきゃ分からないだろ!」

「仮にユーゴを雇って、やってみて駄目だったらどうしますの? 教えるのが下手だからと放り出すんですか? 第一あなた全く強そうには見えませんけど、ユーゴ以外の兵士になら勝てるとでも思っていらっしゃるの? とんだ思い上がりです。1度でもお城の兵士に勝ててから出直していらっしゃいな」

「……っ!」


 早口で畳み掛けたら言い返せなくなったのか、アルマンは唇をわなわなさせた。

 ふぅ。

 あたしは本に目を落とし、再び耳をそばだてた。



 お茶会が終わり、お母様と並んで馬車に向かうと、馬車の横で待機しているユーゴにアルマンが食って掛かっていた。

 今度はユーゴに直談判しているらしい。


「約束したじゃないか!」

「ですから……伯爵家のお坊ちゃまにお怪我をさせる様な真似はできません」


 後ろを歩いているアメリーに声を掛ける。


「アメリー、あの子のお母様……シャルトエリューズ伯爵夫人を連れて来て貰える?」

「はい」

「私も行きましょう」


 お母様がアメリーと共にアルマンの母親を探しに行ってくれた。

 あたしは2人の元へ歩み寄り、念の為ユーゴに確認をする。


「ユーゴ、この子に剣を教える約束をしたっていうのは本当?」

「いいえ……何度もお断りしたんです。私は平民ですから、お坊ちゃまにもしもの事があったら首になるどころでは済みませんし……」

「そんなの大丈夫だって言ってるだろ!」

「あなた……いい加減になさい」


 アルマンは、睨み付けたあたしを睨み返してきた。


「うるせえ!」

「ユーゴは嫌がっているじゃない。貴族だから命令すれば言う事を聞くとでも思っているの? それにそれが他人に教えを乞う態度? そんな筋の通らない事ばかりして何が騎士よ、聞いて呆れるわ。あなたのそれはただの駄々っ子じゃないの」


 あたし自身、かなり強引にユーゴを雇い入れた自覚はある。でももしも、ユーゴが少しでも嫌がるなら潔く諦めるつもりではいたのだ。


「お前に騎士の何が分かる!」

「あなたが騎士じゃないって事なら分かるわよ。ユーゴの事情を考えもせず、嫌がる彼をねじ伏せて、自分の思い通りにしようとしているんでしょ? あなたみたいな人は力を持つべきじゃないわ」


 武力も権力も。


「……っ!」

「アルマン!」


 急ぎ足で来たシャルトエリューズ伯爵夫人がアルマンを叱った。

 アルマンの母親とは思えない臈長けた御婦人だ。


「マルティーヌ様、カロリーヌさん、申し訳ありません」


 心の底から申し訳なさそうな顔をされて、お母様も困っている。

 あたしは全く事情が分かっていないであろうお母様に代わって答えた。


「シャルトエリューズ伯爵夫人、アルマンさんはユーゴから剣を習いたいそうです。でもユーゴの家族は平民で彼の稼ぎに支えられているんです。彼が貴族の子供に怪我をさせたと責を問われたりすれば、彼だけでなく彼の家族の生活が立ち行かなくなります。アルマンさんには相応の師を付けて頂く訳には参りませんでしょうか?」


 主に精神面の。


「はい。よく言って聞かせます。大変お騒がせ致しました」


 アルマンは母親に頭を下げさせられ、連れられて行った。


 ユーゴは申し訳なさそうに頭を下げる。


「お嬢様、ご迷惑をおかけしました」

「ユーゴは被害者よ……」



 数日後、お茶会でいつもの様に聞き耳を立てていると目の前に男の子が立った。

 アルマンか……


「この間は……悪かった」


 へぇ。この子謝れるんだ。しかもあれだけボロクソに言ったのに。この年頃の男の子って、謝るという行為自体を恥ずかしがったり、自分が悪いと分かっていても非を認められなかったりするのにね。


「知らなかったんだ。ユーゴの家の事とか……」


 う~ん、それは違うんじゃない?


「知らなかったのではなく、なぜ彼が嫌がるのか『知ろうとしなかった』でしょ? あなたのお父様の力を借りればいくらでも調べられたはずよ。知らないという事は仕方のない事ではなく、恥ずかしい事であり罪だわ。人を殺してはいけないという事を知らなかったからといって、人殺しが許されるとでも思っているの?」

「そんなの極端だ」

「極端だとは思わないわ。あなたがユーゴから学ぼうとしているのは人を殺す方法なのよ?」

「……っ!」

「あなたは強くなって、みんなが悪い奴だと言ったらその人を殺すの? それが間違いだったら知らなかったからで済ませるの? 隣の国が悪い国だって言われたら攻め込むの? その国を邪魔だと思う別の国の人間の嘘かも知れないのに? そもそも殺人に良いも悪いもないじゃない。殺される人やその家族にとってはみんな悪よ。でもあなたは武力を持つ事を素晴らしい事だと思っている。正しい暴力なんてないのよ」


 アルマンは口を尖らせて言い返す。


「じゃあ兵士はみんな悪い奴だって言うのかよ」

「ユーゴは家族の為に強くなったの。家族の生活を支え、守る為にね。強ければやられる事がなくなるから守る事ができる。でも目的のない人間が強さを持ったらエゴの為に使いたくなるのよ」

「俺はそんな事しない……」

「何言ってるの。現にあなたは権力を振りかざしてユーゴを従わせようとしていたじゃない。昨日、あなたみたいな人は力を持つべきじゃないって言ったのはこういう事。あなたどうして強くなりたいの? 強いと格好いいから?」

「…………」


 この歳の子に夢を叶えた後の事を考えろっていうのは無理かもね。でもこの子は既に、自分には貴族の特権が利用できるという事を知っていて、無意識でそれを使っている。だから義務も知っておかなきゃならない。


「話は終わりよ。あなたの謝罪は受け取ったわ」


 アルマンは無言で去って行った。




 それから数日後、アルマンは家にまで押しかけて来た。


「ユーゴに会わせてくれ! 給料もちゃんと払う!」


 てっきり諦めたのかと思ったら……まぁでも対価を支払うというのはいい心がけね。


「どうして強くなりたいかは考えたの?」

「強くなりたいのに理由なんかない! でも弱い者いじめは絶対にしないって誓う!」


 凄くアホっぽいけど、思えばキスどきゅのアルマンもこんなキャラだったわ。

 仕方ない……


「いいわ。私が町屋敷にいる期間ならユーゴの指導を受けさせてあげる」

「本当か!?」


 アルマンは顔を輝かせた。


「その代わり、毎日来られても困るから稽古日は週に1回決まった日だけ。もし来られない場合はちゃんと連絡する事と、あなたの都合で急に来られなくなった場合も指導料は支払う事。そして師匠となるユーゴにちゃんと礼を尽くす事。それと、稽古中にあなたがどんな怪我をしてもユーゴに責任はないって、あなたのお父様に念書を書いてもらうのが条件よ」

「分かった!」

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