第2章 少年と少女 ⑦

「――ただいま。帰りの途中で小鳥遊清花が接触してきた」


 事務所に戻った俺を『おかえり!』と迎えてくれた夏姫。カズマくんの舎弟の一人に大判焼きが入った紙袋を押しつけつつ、彼女に俺はそう報告した。


「え――」


 夏姫の顔色が変わる。


「ホントに?」


「嘘だったらいくらか気が楽なんだけどね」


 そのまま応接セットのソファに座る。大判焼きの包みを受け取った奴が、おずおずと――


「あ、あの、先代――これは」


「夏姫ちゃんに頼まれて買ってきたお前らへの差し入れ。俺は食ってきたから、夏姫ちゃんに一つ出して後はお前らで食べな」


「うっす、あざます! ご馳走になります!」


「礼は俺じゃなくて夏姫ちゃんに。あと俺と夏姫ちゃんにお茶出して」


「はい――姉さん、ありがとうございます!」


 舎弟くんたちが揃って夏姫に頭を下げ、そして俺の指示に従ってせわしなく動き出す。


「もう――あっくんからってことにしといたらいいのに」


 夏姫がそんなふうに言いながら俺の対面に座った。いかつい舎弟くんたちに頭を下げられ、少し困った様子だ。


「夏姫ちゃんの優しい気持ちじゃん――カズマくんみたいのが増えたって困る」


 ――というか、カズマくんはよく俺に懐いたよなぁ。兼定氏に頼まれて結構な勢いで可愛がりしてやったのに。


 とまあ、それはともかく。


 舎弟くんが皿に出した大判焼きとインスタントコーヒーが注がれたマグカップを二つテーブルに置き、下がっていく。


「外の見張りの奴にも食わせてやれなー」


 そんな彼の背中にそう声をかけ、そして夏姫に向き合う。


「爺さんのとこにも買って持ってったよ」


「そうなんだ、ありがとうね――ってそんなんじゃなくて!」


 夏姫はマグカップを抱えるように両手で持ち、


「小鳥遊清花が接触してきたって」


「――ああ。朝から夏姫ちゃんのマンション張ってたんだって。それで出て行く俺を見かけて尾けたって――間抜けにも尾行に気付いたのは爺さんトコ出て、アイス屋に向かう途中だったよ」


「あっくんが?」


 驚いた様子の夏姫。彼女も俺が待ち伏せの類いに滅法強いことを知っている。


「ああ。殺意マシマシで尾行してくれりゃマンション出て即気付いてやったのに」


「――ってことは敵意はなかった? 襲われなかった? 異能犯罪や異能犯罪者に恨みがありそうって話だったよね」


「ああ。俺をスカウトに来たんだってよ」


「スカウト!?」


「探偵・小鳥遊清花の助手として、一緒に異能犯罪組織を撲滅しないかってさ。口ぶりから、N市やC市のターゲットは組織の重要人物だったのかもな。《スカム》にとっての爺さんやカズマくんのように、組織の存続が難しくなるような人物を消して、異能犯罪の元である異能犯罪組織を排除しようとして――」


 目標を達成し、今度はU市と《スカム》がターゲットだと。


「あっくんを助手にって……」


 夏姫がわなわなと震える。


「あっくんは私の助手だよね!?」


「アイアイマム。俺のボスは夏姫ちゃんだよ。もちろん断った」


 感情的に言う夏姫にそう答える。


「だいたい、なんであっくんに! もちろんあっくんはすごいし、優しいよ。けど界隈的には《魔眼デビルアイズ》って言えば伝説的な殺し屋じゃん」


 殺し屋って――いや、昔は仕事で殺しもしたけど。


「異能犯罪を憎んでるなら、あっくんの経歴知ってたらスカウトなんて」


「それに関しちゃ公安と同じ評価みたいよ? 一般人に手を出したことがないなら自分の理念からブレないと思ったんじゃない?」


「それにしたって、あっくんをスカウトなんて! 誰に断ってそんなこと」


「ま、夏姫ちゃんに話を通してないのは確かだね」


「小鳥遊清花ぁ……!」


 苛立った様子で夏姫が奴の名を口にする。


 ――話の向きを変える。


「ま、本人は自分の行い――八代宗麟の件で、T市の異能犯罪を活性化させたって自覚はあるみたいね。で、既に俺に目をつけてた小鳥遊清花は俺にコンタクトとろうとしたらしいんだけど、ほら、俺はその時既に日本を出てたでしょ? だから俺の雇い主だった夏姫ちゃんにアンテナ張ってて――で、出国した夏姫ちゃんが戻ってきたら俺も一緒だったと。一応言い分は通るんだけどさ」


「……でも昨日の件だって無関係じゃないでしょ、どう考えたって。そのタイミングであっくんにコンタクトとってくるなんて、ホントにスカウトするつもりなのかな」


「どうかな。それに関しても昨日の奴は俺と敵対したくないってポーズだったから、説明はつくんだけど」


「……だけど?」


 夏姫が俺に言葉の続きを求めてくる。俺はどう説明するか少し悩んで――そして、夏姫も知っている事例を一つ挙げることにした。


「夏姫ちゃんは相馬のおじさん、憶えてる?」


「え? そりゃもちろん――栞ちゃんのお父さんでしょ?」


 相馬栞――一般人として生まれながら後天的に精神観測能力者サイコメトラーとして覚醒し、そのため異能犯罪者にその異能の悪用目的で誘拐されたことがある少女。


 その誘拐事件の主犯は当時スカムを割った、兼定氏の腹心だった過去知覚能力者リトロコグニショナー。結局は栞ちゃんは俺とカズマくんが救出し、その男は骸となった。


 そういや栞ちゃんには荊棘おどろとの件ですごく助けられたのに、碌に礼も言わずに日本を出たっけな……


 今彼女は高校三年生で、何をどう間違えたか卒業後は《スカム》に就職したいんだとか。《スカム》に協力してU市の異能犯罪を減らしたいらしい。荊棘おどろが俺を襲ったことで、警察や公安を信じられなくなったようだ。その辺りは小鳥遊清花と似ているかも知れない。


 その栞ちゃんの父親で、攫われた娘を救出しつつ誘拐犯への復讐を願ったのが、違法な仕事を引き請ける探偵を探していた男――相馬氏こと相馬拓巳だ。


「そう。相馬のおじさんはさ、金で俺たちを雇って娘を攫った犯人に復讐したわけじゃん?」


「言い方に悪意を感じる……まあ、そう言えなくはない、かも?」


「事実だし。それで――相馬のおじさんはさ、夏姫ちゃんの目から見てイカレてると思う?」


「ん、んんー……」


 尋ねると、夏姫は腕組みをして難しい顔で唸る。


 そして、かっと目を見開いて。


「……私の基準ではぎりぎりセーフ!」


「俺の基準では余裕でセーフ。夏姫ちゃんが言うとおりちょっと悪意ある言い方したけど、俺的にはおじさんは全然シロなのね? 俺は父親になったことなんてないけど、爺さんを見てれば娘や孫ってのは可愛くて仕方ねえんだろうなってのは想像できる。宝物を穢されて、それに対して自分にできるやり方で――金で俺たちを雇って報復に出た。や、法律的には真っ黒だけど、心情として理解できるし俺の筋ではセーフなわけ。全然一般人」


「そういう言い方をするってことは、小鳥遊清花は違うのね?」


「ああ――あいつは、小鳥遊清花は壊れている。それが実際に奴を見て感じた印象」


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