第2章 少年と少女 ⑥
「――ってわけで宣戦布告されてきた」
そのままアイス屋で大判焼きを買った俺は、事務所に帰らず天龍寺家に舞い戻った。買ったものの半分を兼定氏に差し入れだと渡し、そこから一つ取り出して齧り付きながら報告する。
「シオリ、お茶が欲しい」
「――ったく、アタシはあんたの小間使いじゃないよ」
文句を言いながらもシオリは部屋を出て行き、部屋には俺と兼定氏が残される。
「探偵は昨夜の件は知らないと?」
「ブラフだろ。仲間としてみるべきだ」
「まあ、そうであろうな」
兼定氏が渋い顔をする。敵がどんなものかは確定したが、さりとてこっちから打って出るの難しいかも知れない。
「――で、どうする?」
「どうするとは」
尋ねると、意図を読めなかったか兼定氏が問い返してくる。
「カズマくんの希望通り、カズマくんに任せるのかって話。八代宗麟――どんな異能を持ってたか知らないがけど、T市を仕切ってた大物――全盛期の爺さん並かそれ以上の男と見るべきだろ? そいつを二人――二人って想定で話すぜ。たった二人で部下ごと仕留めてる。もしかしたら去年のシオリ以上かもな。シオリは爺さんを仕留めきれなかったから――それに、昨日の奴はカズマくんと似た能力を持ってるはずだ。俺たちの前で消えて見せた。その上小鳥遊清花の異能はまるでわからないときてる。さて、カズマくんに任せるか?」
「儂は衰えた。最前線では戦えまい――それ以外にないだろう?」
「一応、現役で《スカム》先代の俺がここにいるんだけど?」
「やる気なのか?」
「あのさぁ」
意外そうに言う兼定氏に告げる。
「爺さんは俺が《スカム》に何があっても心一つ動かさないとか、そう思ってる?」
「――いや、そうは思っておらん。しかしお前は――」
足を洗うんだろう? 兼定氏はそう目で語る。
「カズマくんは弟分で友達だよ。はっきりと狙われてるってわかっててほっとけるかよ」
「儂が気にしているのはそこではない。相手も
――昨夜の奴は別として、小鳥遊清花が能力者であっても犯罪者でないというのがネックか? 足を洗う俺が、一般人を手にかけていいのかと。
「考え方の違いだな。奴は警察じゃない――八代宗麟を『自殺』とするならそれでいいよ。けど奴の部下を殺してる――俺の基準じゃ
「警察に一時拘留されて、それでも解放されている――探偵は一般人だ」
確かに理屈じゃそうかも知れないが――……
「平行線だな」
「夏姫にもそう言うか?」
と、兼定氏。痛いところを突いてくる――
顔に出たのか、兼定氏が淡々と言う。
「お前もそう思ってるんじゃないのか」
「俺は――」
……俺は。俺は兼定氏に自分自身の考えを伝える。
「……
「ああ」
「
「うむ、憶えておる」
「……そんな評価は連中の勝手な判断だ。逆に『一般市民に対し犯罪に当たる行為に及んだことがない』ってのは正しい。実際俺は一般人に手を出したことはないよ――その必要がなかったからな」
「……何が言いたい?」
怪訝そうな表情を見せる兼定氏に、俺は――
「別に暴力が好きなわけじゃない。殺しも――だけど必要ならやる。厳密に言うと殴り合いは嫌いじゃない。ただ、それは実力がある程度拮抗していればの話だ。実際ケンカを売られれば大抵買う。けど自分の都合で一般人を小突いて憂さ晴らしするような趣味はない。ただ、爺さん――それは俺の志向の話で、その必要がなかったから今までしてこなかっただけだ。実際のところ罪のない一般人を殺すことに忌避感はないよ。必要か否か、敵か味方か――そういう線引きだ」
「アタル――……」
「もちろん一般市民を殺すのはモラル的に良くないのは理解できる。夏姫ちゃんは嫌がるだろうなってことも。だけど小鳥遊清花が《スカム》に――カズマくんやシオリ、爺さんに手を出すなら俺の敵だな」
「つまり――」
俺と兼定氏に割って入るように、人数分の湯飲みを乗せたトレイを手にして戻ってきたシオリが口を挟む。
「カズマかアタシが襲撃者を片付ければ万事オーケーってことだね」
「それはそうだけど」
シオリから湯飲みを受け取りつつ答える。確かにシオリの言う通りだが……
二人がその実力が未知数とは言え、小鳥遊清花に負けるとは考えにくい。しかし、小鳥遊清花には前科とでも言うべき『実績』があり、そしてまた実力未知数の協力者――
「……シオリは俺が手を貸すのは反対?」
「反対だね。相手が特殊だ。お嬢が嫌がる案件だろう――それは当然旦那が嫌がるからね。となればアタシは当然反対さ」
「あんたの主人は誰なんだよ。多分カズマくんは俺よりだぜ」
正直今回ばかりはカズマくんも夏姫を慮って反対するだろうが、俺を兄さんと呼ぶ以上俺の味方をさせる。
「どうかな――」
そもそもシオリの仕事は兼定氏の護衛だが、《スカム》から金が出ている以上カズマくんがシオリのボスになるはずなのだが。
「カズマと旦那、都合のいい方の味方をしてるからね。ま、大抵の場合は旦那かな」
まったく悪びれず、シオリ。
「ちっ――わかった。言っとくけど、夏姫ちゃんだって《スカム》のメンバーが殺されるとか我慢ならないはずだぜ。だから俺からは動かない。けどカズマくんかシオリがやられそうなら、殺される前に割って入る」
「ま、そんなところが妥当かね。どうだい旦那、アタルもこれ以上は退かないだろうよ。旦那の親心もわかるけど、こいつなりにアタシたちを心配してんのさ」
シオリの言葉に兼定氏は逡巡し――
「……すまんな、アタル」
「言うなよ、俺が好きで首突っ込んでんだ」
言って立ち上がる。
「一度戻って夏姫ちゃんに事情を話してくる――シオリ、カズマくんに後で連絡入れるから電話出れるようにしとけって言っといて」
「言うまでもなくあんたからの連絡は絶対逃さないと思うけどね」
俺と兼定氏の間に入った形のシオリ。彼女に胸中で礼を告げ、俺は今度こそ天龍寺家を後にした。
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