第四話 暁の魔眼 プロローグ

注・今更ですがこの物語はフィクションです。現実をベースにした創作であり、作中に実在する国や団体名が登場しますが、実在のものとは異なります。作中に登場する現実と同名の国・団体の理念や活動内容は作者による創作です。また犯罪者が主人公ですが、犯罪を擁護・推奨するものではありません。異能が使えるようになっても作中に登場するキャラクターの真似はしないでください。


   プロローグ


 激闘の一日――ビックボス、カデル・モンティの交通事故から始まった《モンティ家》の代替わりを引き金にした《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》の三つ巴の抗争に介入、これの鎮圧を終え、ベアトリーチェの奢りで《パンドラ》で打ち上げをしていた俺たち。


 その最中にかかってきた電話に応答したキャミィ。そして通話を終えたらしい彼女が俺に声をかけてくる。


「――ねえ、アキラ」


「うん?」


「あのね、今知り合いから情報提供タレコミがあって」


「何の?」


「多分、あなたについてよ。腕の立つ日本人の少年を探しているアジア人……多分日本人の女性が今、北区であなたについて聞き込みをしてるんだって。心当たりは――」


 あるわよね? そう目で言うキャミィ。彼女の言う通り、心当たりはある――俺は反射的に一人の女を思い浮かべた。


 そのイメージに動揺して思わず立ち上がる。足にぶつかったスツールががたんと音を立てて倒れた。俺の反応とスツールが倒れた音にマックスとベアトリーチェが目を丸くする。


「どうしたのアキラ、顔が青いわよ」


「とても《ロス・ファブリカ》と《グローツラング》をぶっ飛ばした男の顔に見えないぜ」


 口々に言う二人――俺はそんな二人に我に返り、スツールを戻して座り直す。


 そしてマックスに尋ねてみる。


「あんた、二度と関わりたくねえって相手はいるか?」


「兄弟とは二度とケンカしたくねえと思うが、関わりたくねえとまで思う奴はいねえな」


「それはよかったな。今の俺みたいな醜態を晒さずに済む」


 俺が苦々しい思いでそう言うと、キャミィとベアトリーチェがはっとする。


「それってもしかして――」


「――例のぶっ飛んだ性格の戦闘狂マニア?」


「おい、なんだよそりゃ」


「昨夜飲んでるとき、俺は公安を半殺しにして逃げてきたって話したろ。あんたが寝たあとに二人にはその公安のことを話したんだよ。とびきりぶっ飛んだ性格のおっかねえ戦闘狂マニアだってな。こんな所ゲヘナシティまで俺を探しにくる女なんてあいつしか思い当たらない。多分俺を捕まえに――あるいは殺しにきたんだ」


「そりゃ穏やかじゃいられねえな」


「だろ?」


 マックスとそんなやり取りをしていると、横からキャミィが心配そうに尋ねてくる。


「――で、アキラ。どうするのよ。北区のほとんどの住人はアキラについて口を割ったりしないと思うけど――でも全員じゃないわ。金を積まれたら話してしまう人はいるかも」


「どうもこうも一刻も早く身柄ガラを躱さねえと――悪いビーチェ、飲んでる場合じゃなくなった」


 ベアトリーチェにそう告げると、彼女は構わないと首を横にする。


「私は別に――それよりアテはあるの? ないのなら私、《モンティ家》で匿うようにアドリアーノに――」


「それはいい手じゃない。奴は公安だ。《モンティ家》に――ビーチェに迷惑がかかる」


「でも」


「おいおい――初手から逃げの算段かよ」


 ベアトリーチェと話していると、マックスが不機嫌そうな声を上げた。


「今やゲヘナシティで最もタフな男の《色メガネフォーアイズ》が逃げる? 笑えない冗談だ。公安ってのはつまり日本のFBIみてえなもんって話だったよな? だがここはアメリカ――犯罪天国ゲヘナシティだぜ。外国の公僕風情が一人――殺っちまえばいいじゃねえか」


「……相手がそこら辺の市警なら俺だってそうするけどな――というか俺がここゲヘナシティで最もタフな男っていうのはどういうことだよ」


「だってそうだろ? 《ロス・ファブリカ》と《グローツラング》をぶっ飛ばして、そんで《モンティ家》のあのイタ公アドリアーノとは痛み分け――《暴れん坊ランページ》の俺とは兄弟分で、《鉄人アイアンマン》や《分析屋アナリスト》は実在するかもわからねえ。つまりだ兄弟、実質お前が今この街で一番ヤベえ男なんだよ」


 考えればわかるだろ――マックスはそう締めくくる。


「俺はちょっとケンカが強くて暗殺が得意なだけだ。俺自身が《ロス・ファブリカ》や《グローツラング》の様な組織を作れるとは思えない。どっちも有象無象の相手をしてくれたあんたがいたから倒せた相手さ」


「それだよ!」


 マックスが持っていたグラスを空け、テーブルに叩きつけるように置いて怒鳴るように言う。


「なぜ俺に頼まねえんだ! 一緒に追っ手を片付けてくれってよ。水くせえじゃねえか――俺だって同じだ、いくら何でも一人で《ロス・ファブリカ》と《グローツラング》を一晩でぶっ飛ばすことなんてできねえ。兄弟がいたからできたことだぜ。俺と兄弟が組めばできねえことなんてねえ。まして公僕一人――畳んじまえばいいじゃねえか」


「マックス……」


「なんなら顔が割れてねえ俺が一人で片付けてきてもいいんだぜ?」


 そんなふうに言うマックスに――


「――……それは、無理だ」


「あん?」


「あんたじゃ奴に勝てない。あいつが相手じゃ俺とあんたが組んでもあんたが足を引っ張る公算が高い」


 そう告げると、見る間にマックスの額に青筋が浮かぶ。


「――ヘイ、そりゃあおっかねえ相手だな。どんな化け物だよ? それともムービーの話でもしてんのか? 恐竜か? 大怪獣ジャイアントモンスターか? まさかコミックヒーローってことはねえよな?」


 そんなマックスに、俺はベアトリーチェを指して――


「ビーチェみたいな華奢な女だよ。年も同じくらいじゃないかな。背丈は俺と同じくらいか、少し小さいぐらいだ」


「そんな相手に俺は勝てないって? 随分低く見てくれるじゃねえか」


「あんたは俺が知る限り最もタフな男の一人だよ。けど相手が普通じゃない。俺ももう一度やり合って確実に勝てる自信はないし、勝ったとしても五体満足じゃいられないだろうな」


「……そこまでの相手なの?」


 不安げな表情でキャミィが言う。


「昨夜言ったろ? ダントツで二度とやり合いたくない相手だって――本当に人類なのか疑わしいぐらいだ」




「それは酷いな。私は君に逢いたくてこんな街まで追ってきたっていうのに」




「――っ!!」


 不意に聞こえてきた声――それも日本語に驚いて振り返る。俺たちと並びのカウンターにいくつか席を空けて座っていた女がこちらを見ていた。


 ぱっと見の印象が変わっていてまるで気がつかなかった。というか、いつからそこにいたのかさえわからない。


 長かった髪の印象とはまるで違うショートカット。だがドレスシャツにパンツのボトムを合せた出で立ちはよく見れば見覚えがあった。


 何より左眼の眼帯、そして右眼の結膜――白目が黒く染まり、墨汁に榛色の瞳を浮かべたような右眼。その強烈な相貌は忘れるはずがない。


 急激に喉が渇いていくのを感じる。その名を口に出そうとして――そして、声が震えるのを抑えられそうになかったため、呑み込む。


 そんな俺に、彼女はにたぁっと笑って言った。


「アタルくん、見ぃつけた♪」



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