第5章 激戦 ⑬

 会敵、開戦。


 俺がヴィンセント見つけた時、奴は先の発電能力者エレクトロキネシストを治し終えていた。傷が癒えて素早く立ち上がった発電能力者エレクトロキネシストは手を掲げ、仲間の間を縫うように俺に向けて紫電を放つ。


 迫る稲妻――だが俺もヴィンセントを見つけた時、魔眼を開いている。ビルの壁面に這っていた配管パイプを力尽くでもぎ取り、放り投げる。稲妻はパイプを直撃――俺に届かないまま霧散する。


「突撃か、《色メガネフォーアイズ》――フラッシュバンで奇襲されると思ってたぜ!」


「あんなもん、そう何発も持ってねえよ!」


 何人もの部下を侍らしたヴィンセントが叫ぶ。この状況なら範囲攻撃の超音波はないだろうが、こうなると奴の部下たちが邪魔だ。先の発電能力者エレクトロキネシストのように片付ける端からヴィンセントが復活させるだろう。


 ――と。


「――エディ!」


「キシャアアアアアアッ!」


 再びヴィンセントが叫ぶ。同時に奴の背後から何かが上空へ飛び出した。コウモリ男だ。予想外だったのは、コウモリ男がそのかぎ爪でヴィンセントの両肩を掴み、ヴィンセントごと飛び立ったことだ。


「な――」


 思わず見送ってしまうが、ぼうっとしている暇は無い。奴の部下たちは半数が《モンティ家》と銃撃戦を続け、半分は俺たちの方へ銃を向けている。


「――マックス、頼んでいいか!」


「おお、予定と違うが任せとけ!」


 狭い路地の中、なんとか拳銃の弾を避ける。マックスの方は連中に突撃し、先に片付けた連中から短機関銃を回収されないよう突っかける。


「ドラァッ!」


 一番手前にいた男にマックスの拳が突き刺さった。その手の甲の紋様が輝いている。マックスの聖痕スティグマだ。《鏡の世界サイド・チェンジ》――触れた相手の左右の感覚を入れ換える異能。その攻撃を受ければ、まともな奴なら銃を扱うどころか立っていることさえ難しい。


 マックスを見送った俺は、大きく息を吸って――


「――アドリアーノ! いるんだろ――マックスの援護を頼む!」


 通りの向こうまで届くよう大声で叫ぶ。返事らしい返事は聞こえないが、ベアトリーチェの願いを叶えるという点で俺とあいつは協力関係にある。まさか無視はしないだろう。


 そして、ビルの壁面を駆け上がる。凹凸に足をかけ、あるいは掴み、時間をかけずに屋上まで上り――


 そこに、ヴィンセントとコウモリ男がいた。逃げたのではなかったらしい――まるで俺を待っていたかのように待ち構えていた。


 ……なんだ、マックスよりこっちの方が全然簡単だ。


「――まさか二対一は卑怯だとは言わねえよな?」


 デザートイーグルを手に、背後には奇怪な動きで飛膜を羽ばたかせ宙空に留まるコウモリ男を従わせたヴィンセントが言う。


「好きにしたらいい」


 言いながら俺はポーチから酸素ボトルを取り出し、それを無造作に屋上の床に放る。一瞬身構えるヴィンセントだが、空(に見える)のペットボトルがごろんと転がる様を見て首を傾げた。


「さっきの超音波攻撃で脳がやられたか?」


「殺すと宣言した相手にべらべらしゃべるあんたほどじゃない」


 そう言って、俺はヴィンセントが動く前に酸素ボトルを撃つ。弾頭が容器を貫いた瞬間、予想以上の爆発音と共に閃光の様な炎が上がった。


「うおっ――」


「ギャアアアアッ!」


 ヴィンセントが驚き、爆音の影響をモロに受けたコウモリ男はその変身能力が解け、人の体に戻って床に落ちる。結構な高さから受け身も取れずに落ちたが、それそのものは大したダメージじゃないだろう。しかし男は両耳を押さえてのたうち回る。


 その隙を逃さない――地面を蹴り、ヴィンセントから男を隠すように移動する。


「ちぃっ――」


 初めてヴィンセントの顔が激怒で歪んだ。銃を俺に向け――それでも俺が奴に向けている銃口のせいで下手に動けない。


「――触らなきゃ治せないんだろ?」


「……何のことだ?」


「とぼけるなよ、《殺せない男アンキラブル》――あんたの異能は出回ってる通説のような不死力じゃない。ノーリスクの超回復だろ? 自分自身はともかく、他人を癒やすには触れるのが条件じゃないか? 前にこいつが復活したときはあんたにもたれかかってたし、さっきの発電能力者エレクトロキネシストにも触れていた」


「――はっ、名探偵気取りか? 俺の異能は死の超越だ。超回復? そんなちんけな――」


「ああ、そう。まあどうでもいいや」


 ヴィンセントの言葉を遮り、後ろ手で変身能力者トランスフォーマーを撃つ。位置関係は把握済み――弾丸は男の頭を貫いたはずだ。その証拠にじたばたと暴れる音がピタリと止んだし、それにヴィンセントの表情を見れば明らかだ。


「起こしてやれよ。死を超越できるんだろ?」


「《色メガネフォーアイズ》……!」


 歯噛みして呪詛の声を発するヴィンセント。


「俺は《殺せない男ヴィンセント》だ……てめえごときに遅れをとるかよ……! てめえに俺が殺せるか!?」


 怒鳴りながらヴィンセントが立て続けに引き金を引く。こうなると小口径の銃より大型拳銃の方が回避しやすい。リコイルとマズルジャンプが邪魔をするせいで連射力で劣るからだ。


 俺はヴィンセントの銃撃を躱し続け――そして、ついにヴィンセントはマガジンを撃ち尽くした。俺はそれを見てグロックを収める。


「――うおおおっ!」


 予備のマガジンはないらしい。ヴィンセントが俺から銃を奪う気か、はたまた殴り合いのつもりか、叫びながら突撃してくる。


 ――今までの相手ならそれで良かったんだろう。超回復でも死の超越でもどちらでもいいが――後者は死んだ瞬間に異能が弱化するはずだ、ハッタリのはずだが――ともかく殺されることがないのだ、どう転んでも勝てるケンカだったのだろう。


 だが、俺はそれほど甘くない。


 魔眼を開いた俺にはヴィンセントの動きはスローすぎる。その緩慢な拳を避け、顎先に強烈なやつをお見舞いしてやる。


 脳しんとうを起こすかと思ったが、そのダメージも随時回復しているのかヴィンセントは威力に負けてたたらを踏んだだけだった。すぐさま仕切り直して襲いかかってくる。


「こんなもんで俺が殺せると思ってるのか!? ナメんじゃねえぞ、《色メガネフォーアイズ》!」


「あんたを――《殺せない男アンキラブル》を殺すのは銃でもナイフでも――まして拳でもない」


 魔眼を閉じる。時間制限が訪れそうだったし、なによりヴィンセントの動きは見切った。こいつとの殴り合いに《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》は必要ない。弱くはない、弱くはないが――所詮その程度だ。


 三度ヴィンセントが殴りかかってくる。俺は応戦するべく身構えた。





※明日の更新で最終話とエピローグを公開、三話完結となります。よろしくどうぞ!

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