第4章 ギャングとカルテル ①

 後ろから追ってくるマッスルカーからの銃撃で、俺が運転する古いイタ車のリヤガラスが割れる。


「野郎! 撃ってきやがった! 躱せ兄弟!」


「馬鹿はあんただこの野郎! だから連れてきたくなかったんだ!」


 握るハンドルを目一杯切って車を蛇行させる。狙いを外した弾丸が少し先のマンホールに弾け、火花が散るのが見えた。


「売られたケンカは買うだろ普通!」


「いつもならな――ここは西区で俺たちゃ北区の人間だ! いつも通りいくわけねえだろ! それに俺たちはケンカしに来たんじゃない、話し合いに来たんだ!」


 助手席に座るマイペース過ぎる筋肉――もとい友人に怒鳴りつつ、やっぱり連れてくるんじゃなかったと後悔するが、もう遅い。


「早く撒けよ!」


「そんな注文つける余裕があるなら撃ち返せ!」


「いいのか?」


「じゃなけりゃ一方的に追い詰められるだけだ!」


 俺の言葉にマックスは銃を抜き――


「……嘘だろ、おい」


 マックスの絶望的な呟きに、バックミラー越しに後ろを確認する。二十メートルほど後ろを追ってくる車のボンネット辺りに大砲の如く巨大な氷柱が発生していた。尖った先が向いているのは勿論連中の車じゃなく、前――俺たちの方。自然現象なはずがない、どう考えても連中の車にいる氷結能力者クリオキネシストの力だ。


「あんなもんぶつけられたら車ごと潰れちまうぞ」


「ちっ――貸せ」


 マックスの手からリボルバー奪い取り、シートから身を捩って後ろに銃を構える。


「お、おいアキラ――」


「ハンドルを頼む」


 マックスのスーパーブラックホークは俺のグロックと違い.44マグナム弾を発射するハンドサイズのビーストハンターだ。異能の氷柱とは言え、こいつなら――


 魔眼を開き《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》を発動させ、遅滞した時間で慎重に狙いを定める。


 引き金を落とすと、激しいマズルフラッシュと共にマグナム弾が発射される。トリガーはそのままロック、マズルジャンプをねじ伏せてハンマーをファニング。それを二回――


 立て続けに発射された三つの弾丸が氷柱に一つだけ孔を穿ち――その巨大な塊を砕く。車は砕けた氷塊に乗り上げた。スキール音を立てて歩道に乗り上げる。


「やったぜ――けどあの氷塊が一発で砕けるとはな」


「いや? 三発撃ったよ」


 銃を返してハンドルを握る。


「一発分の銃声しか聞こえなかったぞ?」


「早撃ちってそういうもんだろ」


「さすが兄弟、何でもできるな」


「一応な、一通りできるよ。この手のことは」


 取りあえず追っ手はいなくなった。シートに座り直し、ほんの少しアクセルを抜く。


「――さて、このままこの車で動いてたら目立って仕方ねえ。どうする兄弟」


「取りあえずあんたを降ろして置き去りしたい」


「そりゃねえよ」


「カーチェイスする羽目になったのは誰のせいだと思ってるんだ」


「向こうから打ってきたケンカだぜ」


「そうかもしれないけどさ……」


 どうしてこうなった――俺は陰鬱な気持ちで数時間前の出来事を思い返していた。




   ◇ ◇ ◇




「――これで《モンティ家》のトラブルは解決するだろ――ビーチェ本人の気持ちの落とし所はまあ、おいておくとして」


 頭を抱えてテーブルに突っ伏していたベアトリーチェにそう言うと、彼女はゆっくりと顔を上げる。


「……こうなった以上仕方ないわよ。成り行きとはいえ指輪を受け取ってしまった以上、私は《モンティ家》と無関係でいられなかった――いえ、カデル・モンティの娘に産まれた時に決まっていたのかも」


 ベアトリーチェはやけくそ気味にペットボトルを煽り――


「けど、なにも解決してない。そりゃあアキラが気付かせてくれたから命令できたし、アドリアーノはきっと私の代わりに《モンティ家》をまとめてくれる。でもギャングもカルテルも《モンティ家》を潰そうと準備してるのよ? どう考えたって血が流れる。きっと街は酷いことになるわ」


「や、状況が変わったろ。《モンティ家》が立ち直ればギャングやカルテルも迂闊に手を出せなくなる」


「どうして? 父が亡くなって《モンティ家》の力が落ちたことに変わりないわ」


「そうな――けど曲がりなりにも東区で一番の組織だぞ? 個人の力でそれを実現していたわけじゃないはずだし、海路を確保してるんだ、いずれカバーできるさ。他のマフィアやギャング、カルテルが今を好機と見たのは親父さんの事故現場から能力の弱化を予想したわけじゃない。それに伴って起きる後継者問題で組織の結束が揺らぐことを見込んだんだろう。組織は悪党の集まりだ――後継者問題でごたつかない方が珍しい」


「けど、現実に彼らは私たち――《モンティ家》に戦争をしかける気でいる」


 悲しそうな目でベアトリーチェ。


「こんな街でも私にとっては生まれ育った街よ。正直モンティ家なんてどうなってもいいけれど、《モンティ家》のせいで軍が介入してくるような事態になったら――……」


「――まあ、きついよな。だからあんたの望み通りギャングとカルテルを止めてやるよ」


「……でも、さっきは戦車に拳銃で挑むようなものだって」


「でも状況が変わった。ちょっとばかり力を落としたとは言え東区最大手のイタリアンマフィア《モンティ家》は健在――その《モンティ家》を攻め落とすにはギャング・カルテルは互いを牽制し合いながら《モンティ家》と縄張り争いをしなきゃならない。リターンは大きいが――リスクはそれ以上に大きい。失敗すりゃあ《モンティ家》と競合相手の両方から攻められて滅ぼされる。連中の侵攻は《モンティ家》がグダグダだって前提があるんだよ。《モンティ家》が健在とわかれば無理して攻めようとは考えないはずだ。リターンとリスクが見合わないからな」


「……頼んでおいてなんだけど、どうやって止めるつもり?」


「ギャングとカルテル両方に《モンティ家》は健在で侵略は難しいってことを伝えてやりゃあ退くだろうさ。そのメッセンジャーをやってやるよ」


 ベアトリーチェにそう言うと、彼女より早くマックスが反応する。


「出入りか? 楽しくなってきた。わくわくするぜ」


「誰もそんな話してねえよ」


「……いいの?」


 申し訳なさそうに、ベアトリーチェ。


「他ならぬあんたの頼みだしな。それに俺だって内乱状態で毎日命の心配をしなきゃならないような生活はしたくないよ。さっきまでの状況だったら無理の一言だけど、《モンティ家》がまとまるならなら十分目がある話だし。ま、お代は後で相談ってことで」


「ありがとう、アキラ」


 感激して礼を言うベアトリーチェに手を振って――


「礼を言うのは話がまとまった後でいい。取りあえずビーチェ、《モンティ家》で潰していい車を用意してもらえないか? ギャングにしてもカルテルにしても他勢力の地区に出向く訳だからな、歩きでってのは絡まれに行くようなもんだ」


 俺がそう言うと、マックスが口を挟む。


「あ? 俺のウラルでいいじゃねえか ――……って兄弟、なんだよその顔は」


「や、お前来るつもりなの? 俺連れてくつもりないんだけど」


「はぁ? そりゃねえよ兄弟!」


 心外だ、とマックスが憤る。


「他の地区でどんなドンパチやってようが知ったこっちゃねえ。けどそれが北区で――しかも軍まで出てくるとあっちゃほっとけねえよ」


「……勝手にしろよ」


「そうこなくちゃな」


「でもウラルで行く気はない。側車付きのバイクなんか狙ってくれって言ってるようなもんだ。ビーチェ、頼めるか?」


「あ、うん――アドリアーノに頼んでみる」


「命令な」


 ベアトリーチェの言葉を訂正すると、今度はキャミィが尋ねてくる。


「私は何かすることある?」


「《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》の本拠地を教えてくれ。ボスに直接話すから」


「ボスに? 東区に行ってるんじゃないの?」


「下準備は部下にやらせてボスはいよいよって時まで東区には入らないだろ」


「それもそうね――スマホ、はアキラは持っていないわね。マックスのスマホに送信しておく」


 キャミィがせっせと自分のスマホを操作し――そして通話をしていたらしいベアトリーチェがスマホを置き、


「オッケー。アドリアーノの部下が届けてくれる。多分一時間はかからないと思う」


「サンキュ。じゃあ車が届いたら出発する。あんたはキャミィと待っててくれ」


「うん――ね、アキラ。気をつけてね?」


「そんな心配しなくても大丈夫だろ――話し合いに行くんだから」


 不安げな表情を見せる彼女にそう告げる。


「昨日遅かったから仕事に備えて車が届くまで寝る。ビーチェ、悪いけど車がきたら起こしてくれな」


 そう言い残して席を立ち、隣の席のソファに寝転がる。


 まあ、こんな感じでマックスと西区、南区に出張ることになったのだが――




   ◇ ◇ ◇




「やっぱり連れてくるんじゃなかった」


 しばらく車を走らせて人目が少ない通りに出る。適当に路駐してある車をみつけた俺たちは車を替える為に無断で俺たちの車と交換してもらおうと――つまり盗もうとしていた。


「しょうがねえだろ――今更置いていくなんて言うなよな、っと」


 マックスが肘鉄で古いアメ車――その運転席のガラスを割り、手早く乗り込みトランクを開ける。


「兄弟――」


「わかってる」


 手早くトランクを漁り、目的のものを発見。車載工具からマイナスドライバーを取り出してマックスに放ると、奴はそれをキーホールにねじ込み、捻る。セルモーターが回り、唸り声の様な音を立てエンジンが始動した。


「OK、乗れ兄弟。長居は無用だ」


「おう」


 誰がどこで見てるかわからない。飛び乗るように助手席に潜り込むと、マックスはアスファルトにブラックマークを刻みつけながら車を発進させた。



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