第2章 ベアトリーチェ ⑦
乾いた音が響き、男が握る拳銃から弾丸が放たれた。マズルフラッシュと共に放たれたそれは音速で迫るが――もう躱している。トリガータイミングと同時に射線から逃れて間合いを詰める。
がら空きの腹にキツいの一発――と思ったが、男は迎撃の拳を放ってきた。さすがこの街の悪党だ、反応がいい。日本の雑魚とは違う。
無理はせずに足を止めて男の拳をやり過ごす。そして体が流れたところへ改めて迫り、体当たり気味に肘を相手の脇にたたき込む。
骨が砕ける感触――男はうめき声を上げてもんどり打った。しかし声が出るってことは気を失っていない。
追撃のため魔眼を開く。同時に両腕の肌が粟立った。鼻につく空気の焼ける臭い――
――
切り返して間合いを取る。しかし路地裏で取れる間合いだ、たかが知れてる――射程から逃れられたとは思えない。咄嗟にバックルから隠しナイフを抜いて宙空へ放ると、男が倒れたまま放った雷光がナイフを貫いた。バチバチと火花が散って嫌な臭いが漂う。雷撃で生み出されたオゾン臭だ。
取りあえずは防いだがこいつに接近戦は挑めない。かつてのように耐電能力を持ったバトルグローブはもうないからだ。帯電によるカウンターをもらえばどうなるか――黒く焼け焦げた隠しナイフが教えてくれた。
さて、どうするか――隠しナイフはこの様だ、もう使えない。部屋に戻ればストックはあるが、取りに行くのを待っていてはくれないだろう。
考えている間に男は立ち上がろうとする。魔眼を開いているお陰で考える程度の時間はあるが、ぐずぐずしている余裕はない。バトルナイフもあるにはあるが隠しナイフを使い捨てた今、こいつは奥の手にとっておきたい。となるとこっちも銃を抜いて撃つしかないか……?
他に何か手はないか。そう思って視線を巡らせ――
――いいモノがあるじゃないか!
俺は建物の壁に這う配管を掴み、力技で無理矢理外す。鉄パイプだ。それを槍投げの要領で男に投げつける。
既に半身を起こしていた男は身を捩ってパイプを躱す。そいつは時間稼ぎだ、当たらなくて良い――稼いだ時間で俺は先にKOした男に駆け寄る。
そいつが手につけていたものを引っぺがし――
立ち上がった二人目の方が俺を見て表情を険しくした。
「――お前らどこの組織なんだ? 随分いいモノ持ってるじゃんよ……フィリピンの裏マーケットでも手には入らなかったんだぜ? それがこんなとこで手に入るとはな」
倒れた一人目の方から奪ったもの――それはバトルグローブだ。一目でわかった。俺がシオリに貰って夏姫に託したかつての愛用品――それと同じ型式のもの。
装着して握り込む。ぎゅっと革がこすれる音がした。指先が若干余るが使用になんら問題はない。
「――こいつを使わせたらちょっと面倒だぞ、俺は。覚悟しろよな」
耐電だけでなく防弾に防刃、熱エネルギーにもかなり強い――対異能戦で俺の力強い味方になってくれる装備。中東からの流れもので最新型に比べればスペックはいくらか落ちるが、隠しナイフは焦げていても原型を留めている。このグローブで十分対応できる電力だ。
「来いよ、三下。遊んでやる」
男が帯電した鉄パイプを振り下ろしてくる。無駄だ――グローブを装着した手で受け止め、前蹴りでカウンターを狙う。
――が、読まれていた。男はパイプを手放して飛び退る。追おうとするが足下に銃弾を撃ち込まれて足を出せない。
二の足を踏んでいる間に男は失神したままの相棒を担いで逃げていく。銃を抜いて奴らに向けるが相手も能力者――俺が引き金を引く一瞬前に角の向こうに消えていった。
追って追えないとは思えない――しかし。
「アキラ――」
銃声を聞いたベアトリーチェが戻ってくる。彼女を置いては行けない。
「銃声が――異能も! 大丈夫?」
「平気だ。問題ない」
「なんなの、あの連中」
「多分東の連中だ、スーツを着てた……それに引き際がいい。組織に飼われてる殺し屋だろうな。ただのチンピラの持ち物じゃない」
そう言って連中から奪い取ったグローブを見せる。
「それは?」
「中東の紛争地帯でゲリラが開発して、軍が押収して改良を加えたものだ。防弾防刃耐電耐熱――素手で異能と渡り合うための対人装備だよ」
「――中東? その手のものはどこの国の軍隊も開発してるでしょう?」
「こいつは中東製だ、同じモデルを使ってたことがある――ともかく部屋まで送るよ。ビーチェの部屋はメインストリート寄りだしセキュリティもしっかりしてる。街をうろついてるより安全だ、勿論俺の部屋よりも」
「ええ――行きましょう」
俺とベアトリーチェはそう言葉を交わし、足早にその場を後にした。
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