第2章 ベアトリーチェ ③

「――だからよ、東が最近荒れてるって話だろ? 西も南も決して落ち着いてるわけじゃねえ。これはここだけの話だが――西も南も銃を欲しがってる。この街で落ち着いてる奴なんてのはジジイババアと地元を追われてこの街に流れ着いた訳ありの商売人だけだ」


 酔っ払ったマックスが管を巻く。


「いつ地区同士で抗争が起こるかわかりゃしねえ。そのためにも北区には組織が必要なんだ。わかるか? 他の地区はファミリー同士で繋がってるが、この北区にゃそんなもんはねえ。実際、地区抗争が起きちまったら俺が信頼して背中を預けられるのはここにいる三人だけだ」


「その話、もう何回も聞いてる」


 キャミィが言って、ベアトリーチェが頷く。俺もだ。


「そう簡単に地区抗争は起こらねえよ。地区間のパワーバランスは拮抗している。逆に北区に地区をまとめるほどの組織ができたら他の地区が同盟組んで襲ってくるんじゃないか?」


 ヨーロッパ系マフィアの東区、メキシコ系麻薬カルテルの南区、アメリカンギャングの西区、そして我らが無政権の北区。地区間で抗争になればそれぞれ地区内で組織同士が力を合わせることになるだろうが、この北区はそれがない。マックスはそのことを言っているのだ。


「確かにね――現時点で北区は何人かの個人の力で他の地区に睨みを効かせている形だから、それが徒党を組んだら他の地区にとっては脅威でしょうね」


 キャミィにベアトリーチェが言葉を添える。


「《分析屋アナリスト》、《鉄人アイアンマン》、《暴れん坊ランページ》――」


 彼女が挙げたのはこの北区の顔役だ。この三人を敵に回すのは下策だと他の地区は支配者的組織のない北区に手を出さない。


 しかし――


「それだよビーチェ。確かに《分析屋アナリスト》も《鉄人アイアンマン》も音に聞く大悪党だ。けどホントに奴らはいるのか? 俺もこの街は住んで長いが、ヤサがあるって噂だけで二人の顔さえ知らないぞ」


 ――そう、《暴れん坊ランページ》ことマックスはこうしてここにいるわけだが、俺も《分析屋アナリスト》と《鉄人アイアンマン》は噂だけでその姿を目にしたことがない。


「キャミィ、お前情報屋だろ? なんか知らねえか?」


 そのマックスの問いにキャミィは首を横に振る。


「私も会ったことがないし、つなぎも知らない。情報屋としては癪だけどね」


「だろ? 実際地区抗争になっても奴らが出てくるかなんてわかんねえ――どころか、出てこない公算が高え。奴らの存在は噂だけの都市伝説さ」


「……お前の口から公算なんて言葉が出てくるとは」


「茶化すなよ兄弟――だからいざって時の為の備えが必要だ、わかるな?」


 そのマックスの言葉に頷く者はいない――もう酔ったマックスに何度も聞かされている話だからだ。


 それでもマックスの口上は止まらない。


「そこでこのマックス様の出番てわけだ。兄弟――俺とお前が組めば最強だぜ。二人で北区に新しい組織を立ち上げるんだ」


「お前がボスで俺が兵隊か? 冗談じゃない」


「俺たち兄弟に上下はねえ。そうだろ? ツートップだ。共同経営ってやつさ」


「サッカーじゃねえんだぞ? ツートップなんて馬鹿げてる」


「なんでだよ。そんなに俺が嫌いか?」


「組織を興したらそうなるかもな――日本にいた頃に何度かお前が言うようなツートップの組織から仕事を請けたことがある。仕事の内容は決まって相棒の暗殺だ。犯罪組織は会社じゃない。ホワイトカラーみたいに労働力の提供とそれに見合う報酬だけじゃ成り立たねえんだよ。利害関係の不一致でいずれ対立する」


「そんな組織ばっかじゃねえだろう?」


「かもな。それにしたって俺とあんたがツートップの組織を作ったとするだろう? そうすれば組織の人間――特に俺やあんたのすぐ下になる人間は俺派とあんた派に分かれる。俺たちがそう望まなくてもな。いずれ行き着くのは内部抗争だ。どこの誰だかわかんねえような部下従えてあんたと揉めるなんてご免だよ、俺は」


「だったらアキラ、お前がトップでいい。俺はナンバー2で構わないさ」


「勘弁しろよ。俺は人を従えたいとは思わないよ」


「じゃあ俺がトップでアキラがナンバー2だ」


「悪いが人に支配されるのはご免だ。それがたとえあんたでも」


「なんだよ――お前は誰とも組んだことがねえってのか?」


 マックスの避難するような声に脳裏に浮かぶ姿があった。あったが――


「そういうのを一方的に捨てて日本を出たんだ。今更誰かと組もうとは思えない」


「俺たちは兄弟だろ?」


「アメリカ人の兄弟って感覚がわからない――ただマックス、あんたはこの街で二人目の友達だ。一人目はキャミィ、三人目はビーチェ――この街で俺が友達と思える人間はこの三人だけだ。あんたが組織を興したいなら好きにすれば良い。ピンチの時は助けてやる。けどなるべく組織ってもんには関わりたくない」


「頼むぜ、アキラ。俺が下でもいいっつってんだぜ」


「弟分は間に合ってる」


 俺がそう言うとマックスは肩を竦めた。



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