幕間 ゲヘナシティにて

※第三話完成・公開までのつなぎということで、第二話と第三話の間のショートストーリーです。感想、フォローなど励みになるのでよろしくどうぞ!



「ヘイ」


 訪れたばかりの犯罪都市――その街の片隅、スラムの露天商で口にできそうなものを物色していた俺の脇に白人の大男が現れた。


「ヘイ、ジャパニーズ。――……――」


 その男が何やら英語で喚いてくるが、残念ながら俺は英語がわからない。


「ソーリー。アイキャンノットスピークイングリッシュ」


 それだけ告げて物色に戻る。これは――水か。水だよな。メロンソーダはなさそうだ。隣で売っているのはホットドッグだ、香ばしい良い匂いがするが、衛生面が心配だ。


 まあ、衛生面の心配より金の心配をするべきなのだが。正直ホットドッグどころかメロンソーダが売っていても買えそうにない。水が精一杯だ。


「――……――!」


 男が顔を真っ赤にして俺の耳元で叫ぶ。アメリカに密入国してから何日も経ってないが、何度かこうして強面に絡まれた。この国の連中は短気だよな……


 がなり立てる男の剣幕に露天商たちは顔を青くして震え上がっている。この男の様子なら残念だが揉め事は避けられなさそうだ。


 しかし怯える露天商たちに迷惑をかけるのは忍びない。ちょっと人通りが少ないところに連れ出して――などと考えていたところで、不思議な感覚に襲われた。


(ねえ、あなた)


 頭の中で覚えのない女性の声が響く。いや、声というか――言語化されていない意思というか……なんだ、これは。未知の攻撃を受けている?


(攻撃とは心外ね。助けてあげようと思ったのに。精神感応テレパシーよ)


 頭に響く思考で合点が行く。これが精神感応テレパシーか――体感するのは初めてだ。


(順応が早いわね。そうよ――私はキャミィ。この街は初めて? 英語は苦手みたいね?)


 どっちもイエスだ――そう考えるとすぐに返事があった。同時に筋骨隆々の男の背後に、俺に向かって手を振る若い女の姿が見える。


(助けが必要かしら?)


 できれば状況を教えてくれ。


(オッケー。その男はマックス。そいつ日本料理が好きで、この街では珍しい日本人を見かけて話しかけたのにつれなくされて怒ってる。そいつはそうなったらもう手がつけられない――財布の中身を出して謝った方がいいわ)


 ……なるほど。


「――……――!!」


(早めに謝った方が良いわよ。急がないとしばらく病院暮らしをする羽目になるかも)


 俺の胸ぐらを掴んでヒートアップする白人と、それを伝えてくれるブロンド美人。


(ありがとう、嬉しいわ。あなたもキュートよ?)


 ……精神感応テレパシーってのはこんな感じか。悪用されたら攻撃と変わんねえな。


 まあいい。つまりこのマッスルマンは俺をぶっ飛ばしたくて仕方ないわけだ。それなら当然やり返されても文句は言えないよな。


(ちょ――やめた方が良いわ。あなたまだ子供じゃない。そいつはこの街でも有名なタフガイなのよ?)


 ご心配どうも――あと状況説明サンキューな。あと俺はあんたが思ってるほど子供じゃない。


 俺はその女性に礼を告げ――男をにらみつけ、裏路地を指し示した。




   ◇ ◇ ◇




「……――っ!」


 男は地面に這いつくばり、俺を見上げて何やら叫ぶ。多分恨み言だろう。


(……あなた、何者?)


 頭に他人の思考が響く。別れを告げたつもりだが、俺を心配して着いてきたらしい。こいつと同じ穴の狢だよ――そう答えてそいつのジーンズから財布を抜く。


「――……――っ!」


 倒れたまま動けない男が喚く。抗議の怒号だ。


(すごく怒ってる)


 さすがにそれは伝えてくれなくてもわかる。


「てめえもそのつもりだったんだろ。負けたからって喚いてんじゃねえよ」


 倒れた男に日本語でそう言って財布の中の紙幣の半分抜き取った。


「ほら、半分返してやるよ」


 財布を男に放って裏路地から出る。男から見えなくなったところで、俺は追いかけるように後をつけてきた女に紙幣を一枚渡した。


(サンキューな、助かったよ)


(……あなた、今すぐ街を出た方がいいわよ)


(なんで?)


(さっき言ったでしょ――あいつはこの街きっての悪党なのよ?)


(タフガイとしか聞いてない)


(タフガイで悪党なのよ!)


(通りで強いわけだ)


 俺がそう言うと(厳密には言ってないが)彼女は肩を竦める。


(これでも事情があってこの街に来たんだ。地元にいれなくてな――しばらくこの街にいるつもりだよ)


(……住むところは?)


(決まってない。昨日はビルとビルの間で寝た)


(……なんて無謀な。この街のこと知らないの?)


(知ってる。だから来たんだ)


 女性が呆れた様子で手を挙げる。


(……アテはあるの?)


(ない。できれば何か紹介してくれないか?)


(……一応私の仕事は情報屋だけどね。あなた、お金はある?)


 問われて俺はさっき男から巻き上げた紙幣を見せる。それを見て彼女は大きな溜息をついた。


(……いつか返してくれるなら、貸しってことで言葉を教えてあげる。安全安全の保証はきないけど、屋根がある寝床も)


(助かる。精神感応テレパシーって語学の先生としてすげえ能力だよな?)


(……その調子の良さならこの街でやっていけそうね。私はキャミィ。あなたは?)


(今はアキラと名乗ってる。よろしくな)


 そう思考で伝えると彼女が手を差し伸べてくる。俺はその手を握り返した。




   ◇ ◇ ◇




「見つけたぞ、クソ日本人ファッキンジャパニーズ!」


 アーケード街の屋台でケバブを注文していると通りに怒声が響いた。その声に振り返ると、何日か前に絡まれて返り討ちにしてやった白人――マックスがそこにいた。


「ああ、お前か」


「お前だと? 口のきき方ってのがわかってないみてえだな! 俺の金を返せ!」


「前の時は悪かったな。英語がわからなかったんだ。そんで金は諦めろ。あんたがふっかけてきたんだぜ。この街じゃケンカに負けたら身ぐるみ剥がされるんだろ? 半分残してやったんだから感謝しろよな」


 まさにその男から巻き上げた金でケバブを買って齧り付く。


「辛え――なあ爺さん、辛味抑えてくれって言ったろ? 辛いのは苦手なんだよ」


「それが精一杯だ――でも美味いだろ?」


「最高」


 屋台の爺さんに答えると、爺さん親指を立ててニカッと笑った。


「シカトしてんじゃねえぞ! 舐めやがって――たった何日かでわからなかった英語を話せるようになるわけねえだろ!」


「そうでもない。実際話せているだろ? ――キャミィに習ってるんだ。精神感応テレパシーって語学学習に超便利な。ところであんたもキャミィの友達なんだって?」


「うるせえ、その態度が舐めてるってんだ!」


 マックスは俺を威嚇するように顔を寄せ――


「てめえみてえな余所者にいいようにやられちゃ面子ってもんが立たねえんだよ、ぶっ殺してやる!」


「ちょ――待ってマックス!」


 丁度そのとき、通りの向こうにキャミィの姿が見えた。俺と俺に詰め寄るマックスを見た彼女は青い顔でマックスに声をかける。


「キャミィ――離れてろ! こいつを殺す!」


「勘弁してよ! アキラには貸しがあるのよ、ただ働きはごめんだわ」


「うるせえ! いくらだ、百ドルか? 千ドルか? 俺が払ってやる!」


「え、まじで? ありがとう」


 マックスに言うと彼は額に青筋を浮かべ、


「――てめえの命の値段だっつってんだ!」


「冗談だ、そんなに怒らなくてもいいだろ?」


「――アキラ! マックスは冗談が通じるような相手じゃないのよ? 謝っちゃいなさい!」


「や、こんだけ盛り上がってたらやり合わないと収まらないでしょ」


「よくわかってんじゃねえか……キャミィの客でも容赦しねえぞ」


「安心しろよ――キャミィの友達なら殺しはしない」


「上等だ。顔を貸せよ、クソ日本人ファッキンジャパニーズ……! 前は使わなかったけどな、俺の《鏡の世界サイド・チェンジ》でぶっ殺してやる」


 真っ赤な顔でそう言うマックス。威嚇するように右手の甲の聖痕スティグマらしい紋様を見せつけてくる。能力名なんて言ったらあんたの能力に予想がついちまうよ……


 俺はケバブの残りを平らげて――


「お手やわらかに」


「絶対ぶっ殺す!」




   ◇ ◇ ◇




「……何者なんだよてめえ」


 地面で大の字になり、天を仰ぐマックス。俺も自分の異能・《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》を使ってしこたまぶん殴った。しばらくは立てないだろう。


 だが俺も相当殴られた。頭は打たれすぎてガンガンするし肺は酸素を求めて喘いでる。


「火遊びが過ぎて地元にいられなくなった異能犯罪者だよ。あんたと同じでちょっとだけ超越者スペシャルだけどな」


 ふぅーっと息を吐く。マックスの異能、《鏡の世界サイド・チェンジ》は攻撃をスイッチにこちらの左右の感覚を入れ換えるという単純だが実に凶悪な能力だった。右手でガードしようとすれば左手が動くし、左の蹴りを放とうとすれば右足が動く。魔眼を開いていないときに食らえば確実に詰んでいた。


 加速状態の中、体の動きを慎重に確認しながら戦うことができたからなんとか勝てたが――初見殺しって意味じゃカズマくんの《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》並に酷い能力だ。しかも素の戦闘力もかなり高かった。


 惜しむらくは彼の能力の使い方が雑だったことだ。最初に左右の感覚を入れ換えられた後はそのまま――それだけでも脅威的だったがさすがに慣れる。こまめにオンオフを繰り返されていれば順応しきれず勝てなかったかも知れない。


「嘘……本気のマックスが勝てないの?」


 やはり俺たちの衝突が気になって裏路地まで着いてきたキャミィが驚愕の声を上げる。


「――……奴は本気じゃなかったかもな。殺すと言った割に銃は抜かなかった」


「……殺しに抵抗はねえが、さすがにダチにああ言われちゃ殺せねえよ。クソ、ボコボコにして街から追い出してやろうと思ったのによ……」


 呟くように言った俺の言葉に絶え絶えに答えるマックス。根は悪い奴じゃなさそうだ。


 俺はその倒れた奴に近寄って――


「……アキラ、殺さないで。馬鹿だけど私の友達なの」


「――言っただろ、あんたの友達を殺したりしないよ。あんたには随分助けられてる」


 大の字になったままのマックスに手を差し伸べる。逡巡の後に俺の手を取ったマックスを起こしてやり、


「……あんたとはそう何度もやり合いたくないな。どうしてもって言うならケンカぐらいは付き合ってやるけど、恩人の友達だ。命のやり取りはしたくない」


「……てめえがそう言うなら殺し合いは勘弁してやるよ。キャミィの客だからな」


 体の痛みに呻きながら起き上がったマックスが言う。


 ようやく一息つける――そう思った途端、口の中がヒリヒリし始めた。


「……あーくそ、辛いもん食った直後に殴り合いなんかするもんじゃねえな、口の中が超痛え」


「一応水は買ってあるけど。飲む?」


「くれ」


 用意周到なキャミィに頼むと、彼女がペットボトルを投げて寄越す。受け取ったそれを煽って――口の中の痛みに舌を巻く。


 そういやカプサイシンに水は駄目だったな――そんなことを考えながら半分ほど残った水のボトルをマックスに渡してやる。マックスも口の中の切傷にしみるのか、顔をしかめながらそれを空にした。


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