第1章 火種 ⑥

「何を言ってんすか、兄さん。賭場荒らしっすよ? 殺さなきゃウチの面子が立ちませんし、生かしといたところで依頼した組織が口封じに消しますよ」


 馬鹿なことを、とカズマくんが声を大きくする。


「面子に限って言えば二度とそいつの顔が出て来なけりゃ依頼した組織もスカムが消したと思うだろ。周りにもそれで示しがつく。俺たちの気持ちの落とし所の問題だ」


「殺されかけたのは兄さん自身っすよ? それでいいんすか?」


「俺に銃を向けた奴はシオリが殺ってるし、そいつの右手はそんなだぜ。俺のケジメはとれたでしょ」


「……アタル、何を考えている?」


 俺と同じく夏姫が用意したグラスに口をつけながら、兼定氏。


「どこの組織がスカムに上等きってるのか特定するのが最優先。狙われてんのに相手がどこかわからないってのは脅威でしかない。相手の手札に俺やシオリみたいなのがいたら確実に遅れをとる。相手探しに時間をかけるよりこいつの口から聞いたほうが絶対に早い」


「……仮にそいつの命を条件に口を割らせたとして、そいつが真実を口にする保証は?」


「てめえの命の代金に嘘を吐く――そんな間抜けだとしたらこの界隈でこれまで生きてこれなかっただろ――なあ、シオリ。あんたの信頼出来る筋に海外にこいつを飛ばせる逃がし屋とかいない?」


 尋ねると、シオリはしばし黙考して――


「……逃がし屋じゃないけど、T県にちょっとしたコネがあるよ。フィリピンやインドネシア辺りの異能犯罪者を日本に不法入国させてる連中だ。不法滞在の異能犯罪者あちらさんは金に汚い分、仕事は信頼できる。帰りの積み荷としてそっちに連れてってくれって言えば、帰りの駄賃ができたって喜ぶんじゃないかな」


海外むこうの連中か――連絡は?」


「本国への連絡役が国内にいる。多分、取れると思う」


「ふぅん――じゃあ現地まで連れてく瞬間移動能力者テレポーターがいれば取りあえず日本から連れ出せるな――スカムに瞬間移動能力者テレポーターっているの?」


 尋ねると、兼定氏は首を横に振る。


「じゃあそれは運びポーターを雇うしかないかな……どうよ?」


 改めて尋ねると、兼定氏は目を閉じて溜息を吐く。黙認といった所だろう。不満げな声を上げたのはカズマくんだ。


「……兄さんがそれが最善だって言うなら従うっすけど」


 そうは言うが、気持ち的に収まりがつかないといったところだ。


「呑んどけよ。今度回ってない寿司奢ってやるから」


「兄さんの飯の誘いは後が怖いんでいいです……」


 悲しげにカズマくん。なんだよ、コンビニでいなり寿司でも奢ってやろうと思ったのに。


「じゃあその線で――」


「――いや、俺に都合が良すぎる。依頼主を吐いた瞬間殺されない保証は?」


 異を唱えたのは渦中の瀧浪だった。もっともな意見ではあるが――


 ――ごん、とカズマくんが瀧浪の頭を殴りつける。


「てめえの意見なんざ聞いてねえんだよ、三下!」


「カズマくんもそのへんにしときな。……今あんたを殴ったのは俺たちの組織で一番偉い男だよ。けど俺を兄貴と呼ぶんでね。俺がやるなと言えばやらない。これで信じられないってんなら――あんたを説得するのも面倒だ。俺たちはあんたを廃人にする過程で話が聞ければそれでいい」


 俺がそう言うと、瀧浪は逡巡し――


「――わかった、信じよう」


「オーケイ、交渉成立だな。シオリ、その海外の異能犯罪組織コネクションに話つけて。カズマくんは現地までの運びポーターの手配。よろしく」


「はいよ」


「はい」


 二人は返事をして、それぞれスマホを取り出しどこぞへ電話をかけはじめる。あとは任せておけばいいようにしてくれるだろう。


 俺は立ち上がり床に転がされたままの瀧浪に歩み寄って起こしてやる。さすがに拘束まで解いてやるつもりはない。


「――で? あんたの依頼主はどこの組織なんだ?」


「……バーミンだ」


 自分の命が天秤に乗っているとは言え依頼主を売るのは仕事人としてのプライドに障るのか、瀧浪が苦々しい顔でそう呟く。


「バーミン? 知らないな……夏姫ちゃん、知ってる?」


 夏姫も仕事柄情報通だ。尋ねると、呆れた様子を見せつつも答えてくれる。


「知ってるよ。っていうかなんであっくんは知らないの?」


「俺、あんま異能犯罪組織とか興味ないし」


「……まあ、あっくんらしいけど」


 はあ、と溜息を挟んで夏姫。


「異能犯罪組織バーミン。名前の由来は英語の《害獣バーミン》――G県T市に本拠を置く異能犯罪組織。スカムみたいに本拠であるT市を絶対的に支配してるってわけじゃないんだけど、逆にG県の広範囲に影響力があるって言われてる。なんていうんだろう……スカムが極道だとしたら、バーミンはギャングっていう印象かな。無秩序ってわけでもないんだろうけど……なんて言えばいいのかな……」


 説明に困り、夏姫の語勢が弱くなっていく。ぴんときた俺は口を挟んでみた。


「……だらしない?」


「そう! そんな感じ。犯罪にも自分たちの組織にもだらしない、っていう印象。悪いことならなんでもするみたい。他の組織との抗争は勿論、麻薬の売買に違法賭博の経営、殺人の請負――場合によっては一般人にも手を出すみたい。ウチと一番違うのは、異能犯罪者同士が協力して効率的に犯罪を成立させるための組織ってことかな。悪党の矜持とか、そういうのはないみたい。そんなんだから結構な人数が検挙されるんだけど、組織がそういう感じで人もどんどん増えるし、末端からは上層部まで辿れない。そんな感じでこの数年で大きくなった組織だね」


「っていうかG県ってお隣さんじゃん。越県してこっちきてんの?」


「そうだよー。この辺りはスカムの睨みが効いてたからそれほどじゃないけど、N県の隣接してるトコにはレジャー気分で揉め事起こしに来てるんだって」


「うーわ。それ抗争の火種になったりしないの?」


「するよ。そうやって火種作って、抗争して相手から金品巻き上げたり女の子攫ったりするのがバーミンのやり方なんだよ」


「はぁん……つまりスカムが弱体化したって情報を掴んでスカムのシマを取りに来たって訳か」


「……バーミンがその人の依頼主で、仕事が賭場荒らし……そう考えるのが妥当かな」


 俺の言葉に夏姫が頷く。


「……だってよ、爺さん。どうよ」


「どうもこうも……面倒な相手に目をつけられたとしか」


 兼定氏も嘆息する。


「なに、爺さんから見てもそんな相手なわけ?」


「一度仲介を通して接触されたことがある。一昨年だったかな……互いの利益の為に手を組まないかとな。連中が群れる理由が快楽的犯罪とあっては儂の理念と合わん。あれを断ってからいつかこんな日が来るとは思っていたが……」


「んだよ、そんな因縁があったんなら相手はそのバーミンとやらで確定だな」


 敵ばかりの異能犯罪者たちがせめて寝るときぐらいは命の心配をしなくていいようにと互助団体的なものを目指し、そしてシステム――社会の枠に入れなくともなるべく社会を脅かさないようにと兼定氏が興した組織がスカムだ。己の欲求を満たす為だけの犯罪は御法度だし、その規律もあって今まではスカムが本拠を置くU市は日本でも異能犯罪の一般人への被害がトップクラスで少なかった。


 一月前の事件でスカムが割れてからは影響力も下がり、その限りではなくなってしまったが――それでも現スカムの構成員がいたずらに一般人へ手を出すことはない。


 バーミンとは組織の性格が違い過ぎる。両者が手を組むことは有り得ないだろう。


 まあ、大体コトの流れは掴めた。


 俺は頭を抱える夏姫と兼定氏に告げる。


「じゃあ潰そうか、バーミン」



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