第3章 裏通り ④
そのままクリームソーダを飲みながらカウンターへ戻ると、カズマくんが顔をしかめて迎えてくれた。
「なんて顔してんだよ」
「……兄さんの狙いが見えてきたっすわぁ」
「あっそ。酒は楽しんだ? もう出るよ」
そう言って、今度は飲み代として堂々とマスターに札を渡す。商売人として釣りを出そうとするマスターに、
「釣りは預かっといてくれよ。またクリームソーダを飲みに来るからさ」
「……はん。面ぁ覚えといてやるよ」
どうやら客として認められたようだ。実際、次の来店の機会があるかは分からないが。
席を立って居住まいを正したカズマくんを連れて店を出る。店を出てしばらく歩いたところで、カズマくんがそわそわしながら尋ねてきた。
「……うちの敵対組織を洗ってんすか?」
「違うよ。結果的にそうなったってだけ。一応辰さんにこの話持ってくけど、カズマくんも気になるなら兼定氏に話しときな」
「いや、どうなんでしょう……兄さんが辰神さんに話し通すならそれで良い気もするんすけど……でも話すんなら裏取ってからの方がいいっすかね?」
「そうだね。じゃあ今から裏を取りに行こうか」
「ええ? まじっすか、勘弁して下さいよ……」
心底嫌そうな表情でカズマくんが言う。
「何でだよ。情報は早い方がいいじゃん。スカム的にも仕入れたい情報じゃないの?」
「俺、結構酒入れちゃったんで」
「……俺の奢りは怖いからちびちび飲むんじゃなかったの?」
「いや、兄さんがボトルとか言うもんだから、つい……」
苦笑いをするカズマくん。その尻にタイキックを見舞ってやる。
「痛いっす!」
「痛いようにしてんだよ。良かったな、痛いを通り越すようなのじゃなくて」
「だって自由に飲める機会なんてそんなにないんですもん……」
「……カズマくん、足洗って堅気になったほうがいいんじゃないの?」
「そんなぁ……」
――と。
話しながら歩いていると、俺たち以外に人がいない路地に、きな臭い空気が漂っている事に気がついた。反射的に息を潜め、周囲の気配に注意を向ける。
「あれ、兄さん? どうしたんすか、黙っちゃって……まじに怒ってるんすか?」
「そうじゃないよ。お客さん」
足を止めてそう言うと、周囲に漂う不穏な空気が濃度を増した。感覚を研ぎ澄ませ、探り、辿る――
「……前に一人、後ろに二人かな。俺に待ち伏せは通用しないよ」
姿の見えない相手に向けて言う。すると、複数の足音と共に人影が現れた。肩越しに後ろに二人、前にも一人――察知した気配通り。狭い路地で挟撃された形だ。逃げ場はない。
……そんなつもりは毛頭ないが。
「すげえっす、兄さん。人数ピッタリじゃないすか」
呑気に感心するカズマくんだが、そうとは限らないんだぜ。
「俺の言葉に合わせた人数だけ顔を出しただけかもよ」
俺の読みが外れていて、それ以上は隠れたままだという可能性もある。ただ、こんなところで待ち伏せをするような奴らの気配を読み違うとは思わない。
さて、どうしたものか。待ち伏せを失敗してなお姿を見せたぐらいだ。向こうもやる気だろうし……正面の一人を一旦カズマくんに任せて、先に後ろの二人を片づけるかな。とりあえず半殺しにして、襲った理由を聞き出してみよう。
――などと算段していると、聞き覚えのある声が響く。
「ちっとばかし感心したぜ。面白い特技持ってるじゃねえか」
正面の相手が近づいてくる。暗い路地だが、距離が縮まって相手の顔が伺えた。昼間のスーツくんだ。
思わず口元が緩む。
「メッセージは受け取ったよな?」
「……これかな?」
俺はポケットをまさぐって、くしゃりと丸まったメモ用紙を取り出してみせた。殺す、などと熱烈なメッセージが綴られたラブレターだ。
「てめえみてえなガキに舐められたままじゃ気が収まらなくってな。バトルアリーナでちょっと勝てるからってよ、リングの外にはルールはねえんだぜ」
「どっかで聞いたようなセリフだなぁ」
デジャブに囚われていると、隣のカズマくんも相手が誰だか理解したようだ。険しい顔になり、ドスの利いた声でスーツくんに怒鳴る。
「おうコラ羽柴てめえ、新参者が誰に口利いてんだ!」
「おや、太鼓持ちのカズマさんも一緒でしたか。今日は会長じゃなくてそんなガキにケツ振ってんすか?」
「……なんだと?」
カズマくんはスーツくんの物言いに青筋を浮かべてにじり寄り、額が触れそうな距離でスーツくんに睨みを利かせる。
「てめえ、そりゃ誰に言ってんだ、ああ?」
「スカムどころか外の人間――そんなガキにいいように連れ回されるカズマさんにですよ。あんたみてえに何年も下っ端やってるような奴に上から物言われたくねえんだよ」
負けじと睨み返すスーツくん。すげえなこいつ。確か新入りだって話だよな。少なくともカズマくんより全然立場下だろうに。上昇志向が強いのか、よほど腕に覚えがあるのか……カズマくんの上っ面しか知らなくて舐めてるんだろうなぁ……
「もういっぺん言ってみろ、おい」
カズマくんは不良漫画のやられ役みたいなことを言い、スーツくんの胸ぐらに手をかけようとする。おっといけない。それ以上はレフリーストップだ。
「待て待て」
「ぐえっ」
後ろからシャツを掴み、引っ張って止める。襟元で首が締まったカズマくんは潰れたカエルみたいな呻き声をあげて、恨めしそうに振り返った。
「ちょ、何すんすか、兄さん。こいつ、ちょっとわからせてやらねえと……」
「何すんだは俺のセリフだろ? そいつは俺を指名だぜ。俺の客をとるなよな」
そう言って、件のラブレターを押し付ける。丸まったメモ用紙を広げたカズマくんは、そこに書かれた文字を読んで呆れ顔になる。
「うわぁ……」
「な? 俺の客だろ?」
「……これは兄さんの顔を立てておいたほうがいいっすね。でも俺、この怒りをどこにぶつけたらいいっすか」
「うーん……じゃあ後ろの二人はカズマくんの好きにしていいよ。どうせ奴の仲間だろ」
「あー、まあそのへんが妥当っすか」
「おいおい、何面白いこと言ってんだよ」
俺たちの会話を聞き咎め、スーツくんが口を挟む。
「そいつらだってスカムじゃねえが、俺たちと同じ異能犯罪者(こっち側)だぜ? ただでさえ二人なのに、てめえみてえなうだつの上がらねえ下っ端じゃ話にならねえよ」
せせら笑うスーツくんだが、言い終わる前にカズマくんは動き出した。踵を返し、歩き出した彼を警戒した二人は身構える。
だが。
「――!」
二人の顔が――ついでにスーツくんの顔も驚愕の色に染まる。まるで煙か何かのように、カズマくんの姿がふっと消えたからだ。
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