第4話 魔物と熊獣人
「う~ん…」
その日、私はいつもと違う場所で目覚めた。いつもなら布団の上で不機嫌な寝起きの仕方をするのだが、今日はさらに寝起きが悪い。それもそのはず。ここは河原の斜面の草むらの中。こんなところで寝てたのだから、寝起きの悪さに拍車がかかってもしょうがないだろう。
「う…首筋が痛いんだよぉ…!」
いつも自分で思うことだが、寝起き直後の私はとことん口が悪い。泊りの行事で同室の女子から嫌われた原因の1つだ。直そうと思っても直せないのだからしょうがない。
「あ、先輩いるんだった…」
まったく働かない頭を無理やり回転させて、状況整理。
私は、昨日噂になっている怪異、事件に巻き込まれ、大川先輩、赤坂とともに魔法陣から異世界に転移させられて、1日目はここでキャンプ。大川先輩が魔物の襲撃に警戒して見張りをしていた。
確か、昨日は先輩の好きなアニメの深夜放送があって、放送時間的に寝てないはずだから、先輩は2徹明けということになる。
これは大変だ、すぐに交代しないと。
私が寝ていた場所から30mほどの場所に、燃え尽きた焚火の跡があり、すぐそばには大川先輩がラノベを読みながら見張り当番をしていた。
「先輩~、もはようございます…あっ!」
しまった。噛んだ。なによ、もはようって。
「ああ…おはよう…ってなんだ『もはよう』って。可愛いなおい。じゃ、俺寝るから。適当な時間に起こして~。じゃ、もやすみ」
「ああ、はい。もやすみです…って派生した!?活用!?」
先輩は、適当な斜面を見つけると横になり、すぐに寝息を立て始めた。よほど疲れていたみたいだ。
さて、私は先輩の持っていたラノベでも読んで暇をつぶしますか。
この後、「もはよう」シリーズは仲間内で大いに流行った…
昼前に先輩が起きて、昼ご飯に魚を食べ、今回は近くに自生していた草を大量に積み込んで、私たちは下流に向かって、歩き出す。
夕方、暗くなる前にまた火を起こして魚を釣り、それを焼いて食べ、寝る(大川先輩は見張り)、朝、見張りを変わって、昼前に出発。そんな生活が、1週間ほど続いた…。
そして、この日、私たちの生活に転機が訪れる…
〇 〇 〇
その日、私たちは休憩がてら、対岸に広がる森林に進むかどうかを話し合っていた。森林に入ったら最後、出られないのを視野に入れながら。
その時だった。
「…!?なにか来る!」
いち早く異変に気付いたのは大川先輩だった。ここまでくると空間把握能力も病気だねぇ。
私と赤坂は、まだ何も気づいていない。突然の出来事で、何が何だかわかっていない。
「くる…」
そして、それは、やってきた…
それは、ヌーのような生き物だった…ヌーのような体で、ヌーのような体色で。もういっそのこと、ヌーでいいか。
ヌーは、こちらに気づいておらず、そのまま川に首を突っ込んで水を飲み始めた。
「ふぅ…」
草食動物でよかった…襲われることはない、と思いながら、水を飲むヌーを見つめていた。
そして、一瞬目が合った。合ってしまった。そして、不意に視線をそらしてしまった。
その瞬間、ヌーの態度と、私の中のヌーという生物に対するイメージが瓦解した。
ヌーは、興奮したように雄たけびを上げ、こちらに突進してきた!
突然の豹変ぶりに、私は一切対応できず、ぼーっとしていると、横合いから赤坂が私を抱えて横っ飛び。何故かお姫様抱っこなんてしているが、今は文句は言わない。
ヌーは、私がいた場所を通り過ぎ、こちら側の土手に乗り上げてから旋回して、再びこちらに向かってくる。
私はよろよろと立ち上がり、見切りをつけて、タイミングよく半身になってかわす。動きが単調だが、たぶんまぐれだ。次の攻撃をかわすすべはないに等しい。
だが、突如としてヌーは標的を私ではなく、大川先輩に移した。
彼は闘牛の人が持っているような布をひらひらさせている。それはヌーへの挑発になっているのだろう。
ヌーはそちらに突進するが、意外とすばしっこい大川先輩には当たらない。むしろ、すれ違う時に腹にドロップキックをもらっている。
『…………!!!!』
ますます怒ったヌーは、先ほどよりも3割以上速い速度で大川先輩を強襲。大川先輩は間一髪で攻撃を避け、すれ違いざまに今度は渾身の前蹴りを放つ。
ヌーはトップスピードで、バランスなど2の次だったので、簡単に横転する。
これって、もしかしたらいけるんじゃ…死亡フラグとわかっていても、そう思ってしまう。
でも、死亡フラグなんてこんな時しか仕事をしないのだ。
ヌーは突然その動きを止めると、角ような部位の間に赤い魔法陣を作ると、それを大川先輩に浴びせかける。
「くっ…」
大川先輩はヘッドスライディングのように横に跳んで、前回りの要領で片膝になり、体勢を整えようとした。が、既に遅い。ヌーはすぐそこまで迫っていた。
「先輩!」
「くっそぉぉぉぉぉぉ!」
先輩は、躱せないとわかると、捨て身で飛び膝蹴りをヌーの顔面に繰り出した。
当然、その程度でヌーレベルの突進を止められるわけもなく。
『…………!!』
「うぐぅ…!?」
先輩は宙に吹き上げられ、10秒ほど滞空して近くの川に落ちてきた。まさに風に飛ばされた紙屑のようだ。
「く…粉砕骨折してやがる」
そりゃそうでしょうよ。あんだけ吹き飛ばされて無傷のほうが怖いですよ。
「逃げろ!俺が囮になる!おいてけ!」
「そんなこと言われても…!」
確かに彼は走れない。体重に身長もある。荷物になるから、私たちだけのほうが速いから、自分は犠牲になろうとしているのだ。
わかっている。その方がよっぽど合理的で、生存率も上がると。人間1人、しかもけが人で足手まといが犠牲になることで、無傷で比較的健康な男女2人が助かる、費用相対効果は十分だ。
でも!でも…見捨てることなんかできない!
こうして戸惑っている間にも、ヌーはこちらに突進しようとしている。張り詰めた空気、殺気がそれを教えてくれる。
「行け!」
大川先輩が怒鳴る。
でも、私達は動けない。むしろ、動く気はない。見捨てられないのだから。
そして、ヌーはこちらにトップスピードでかけてきた。
おわった…そう思った。もう奇跡なんて起きやしない。現実とは、非情なものだ。それがわかっている、だからこそ、目は閉じない。
まっすぐ、ヌーの方を見る。スローモーションのようにヌーが駆けてくるのがゆっくり見えう。これが人間の本能なのだろうか。
ヌーが私体まで20mほどまで近づいた時のこと、横合いから、何かが飛んできた。
それは、ヌーの横腹に突き刺さり、勢いのあまり、ヌーを再び横転させた。
『…!!!?』
「「「!!??」」」
飛んできたのは矢。しかも、ありえないことに矢は回転して、ヌーの体の奥深くまで突き刺さっていく。
そして、その矢を放った張本人が対岸の森から現れた。
頭にはクマのような耳、尻にはクマのような尻尾。これは、まさかとは思うが…熊獣人!?
顔つきが、何故かよく知っている学年主任に似ているのだが…
その熊獣人はゆっくり私たちの前に立ちはだかると、またもやその学年主任によく似た声で詠唱を始めた。しかも、日本語で。
『この地に佇む火の精霊よ、我の力に呼応し彼の魔物を焼き払え!【フレイムバースト】!』
詠唱が進むごとに火会を増していく赤い魔法陣はが魔法名を言い終わるのと同時に弾け、次の瞬間、空からバスケットボールを何十倍にも下火の球体が降ってきて、ものすごい威力で爆発した!
「くぅぅぅ…」
あまりの爆風に、私は吹き飛ばされそうになる。なんて威力なんだ。辺りには砂埃が舞い、視界が完全に遮断される。
そして、次に視界が回復した時、そこにはまるで小惑星が衝突したかと思わせる大きなクレーターができていた…
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