第4話 「その方がカッコ良いし」
冒険者はダンジョンに潜る。
その冒険者の育成機関である《デュランダル・ニッポン支部》でも実際にダンジョンに潜る授業が存在している。
だがしかし、いきなりダンジョンで授業を行うような真似はしない。
まずは敷地内に作られた疑似ダンジョン型大型施設《ファームタワー》で訓練を行う。最大で20階層まで再現可能というのだから冒険者という職業の育成に力を入れているか分かるだろう。
本日の授業内容は、パーティーごとに順番で施設内に入り2階層入り口で待機している担当教官に会うこと。踏破タイムの早さなどが成績の鍵となる。
また、それぞれのパーティーが干渉し合わないように間隔が空けられているため、朝から放課後に掛けて1日がかりで授業は行われている。
これまで説明していなかったと思うが、実技・実践系の授業の際は生徒達は学科ごとに支給されている《戦闘服》に着替えている。
これは単純に物理及び魔術の防御性が備わっている服であり、転生する前の世界で言えば体操服だとかジャージに該当する。
加えて普段着ている制服にも緊急時に備えて物理や魔術の防御性が備わっている。冒険者の学校だけあって色んなところに金と手間がかかっているというわけだ。
「いや~ようやくあたし達の出番ですな」
どこか疲れも感じさせる呑気な声を発したのはアイザワだ。
まあ彼女はそういうことを口にしてしまうのも無理はない。
俺達のパーティーは結成した経緯が経緯であり、その経緯だけに結成申請が受理されたのが最後。そのため午後の授業の最終組でのスタートであり、今しがた施設内に入ったばかりだ。
なので2階層入り口に辿り着いた時には、放課後と呼べる時間帯になっていてもおかしくはない。
「ねぇクロサキくん」
施設に入ったばかりで危機意識が薄いのか、アイザワの顔には警戒心の欠片も感じない。
訓練用の施設ではあるが罠とかモンスターは居るんですけどね。
まあ時期が時期だし、階層も低いから命を落とすほどの罠は設置されていない。放たれているモンスターも教師が契約している召喚獣だという話なので、攻撃してきても命までは奪われないと聞いている。
そのためアイザワのように危機感が薄くなってしまう生徒が存在するのも仕方がない話かもしれない。
「あたし達……無事にクリアできると思う?」
急に死地へ向かうような顔になるとか、こいつの感情の振れ幅が凄まじいな。
「まあクリアは出来るだろ。どれくらい時間が掛かるかは分からないが」
「でもさ、罠とかモンスターだってあるんだよ」
「それらの危険性は低いものしか用意してないって説明されただろ」
「でもでも、不慮の事故とか起こるかもしれないじゃん!」
こいつ、面倒臭いなぁ。
「今絶対あたしに対して面倒臭いって思ったでしょ?」
「思った」
「だから何で素直に言うし! 面倒臭いって言われて喜ぶ女の子とかいないから。いるとしてもそういう人は特殊な性癖の持ち主だから!」
性癖の持ち主だとかまで言う必要ある?
そういうところまで口にするから面倒臭いって思われるのでは?
そもそも人間という生き物は、誰しも少なからず面倒臭い一面を持っているのではなかろうか。
アイザワの場合、その一面が表に出やすくてこのような絡み方になっているのではなかろうか。
そう考えると少しは彼女の言動に対して寛容に……なれるような気がしないでもないような気がする。
「というか、あたしは身体強化すら上手く扱えない劣等生なんですけど。落とし穴に落ちたとして、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない弱者なんですけど!」
いやその可能性は否定しないというか、否定しきれないけども。
そこまで考えるのは考え過ぎというか、ネガティブに走り過ぎてない?
普段はどちらかといえばポジティブな思考するじゃん。
「何かあったらクロサキくんが守ってくれんの!」
圧が凄い。
興奮すると距離縮めるのやめて欲しい。うるさいし、別の意味での事故が起きかねないから。
「分かった分かった、絶対とは言わないが何かあれば守ってやる。だから落ち着け。喚くんじゃ……その顔は何だ?」
「いやその……適当にあしらわれて終わるかなって思ってたんで。割と男前な返事に戸惑ったというか……」
失礼な。
今度から同じようなことされても真面目に相手せずに適当にあしらうぞ。
「あたしほどではないにしろ、魔術資質に恵まれてないのによくもまあそんな発言ができるなあって」
「お前マジで失礼な奴だな。嫌いになってもいいか?」
「嫌いになっていいか確認するとかクロサキくん優しいかよ」
今頃気が付いたんですか?
あなたみたいな面倒臭いって人に思わせる相手をスルーせずにやっているんです。嫌だなって思うこともあるけど、さらに絡まれても嫌だからちゃんと相手してあげてるんです。
何より……第三者目線で俺が困ってる姿を楽しんでいるあの天使の相手をちゃんとやってるんだよ。優しいに決まってるでしょうが。
「その優しさに免じてもう少し良い剣を買ってあげたくなっちゃう」
何でそういう話になるの?
いやまあ買ってくれるなら買ってくれた方が俺としてはありがたいけどね。
今使っている剣は学校からの支給品とでも言える初期武器だから。
「というか……何でそんな安物の剣を使ってるの?」
「こちらとしては何でお前にそんな視線を向けられないといけない?」
さっきまでの慈愛に満ちた顔はどこに行った。
急に蔑むような視線を向けてくるとか温度差激し過ぎない?
「だってクロサキくんって劣等生じゃん」
「魔術資質で見ればそうだな」
「自分以上の劣等生に面と向かって劣等生って呼ばれて怒らないとか優しいかよ」
そうだよ優しいんだよ。
ただそれ以上に俺がここでお前と張り合ってもどんぐりの背比べにしかならん。
それは不毛。誰の得にもならない。
「それはもうやった。話を脱線させようとするんじゃない」
「別に脱線させるつもりで言ったわけでもないんだけど……まあいいや。何でクロサキくんはもっと良い剣を使わないの? 安物しか買えないほど貧乏なの?」
その無駄な一言を付ける癖は直さないと友達なくすぞ。
「別にそこまで貧乏じゃないし、買おうと思えば買えはする」
「なら買おうよ!」
うっさ。
「何でだよ」
「だってあたしら魔術資質に恵まれてないじゃん。それを少しでも補おうと思ったら良い装備を手に入れるしかないじゃん!」
あぁそういうこと。
確かに装備によっては魔術資質に恵まれていなくても魔術を行使できる。
また魔剣士の扱う武器は、ダンジョン内で入手できる《流魔石》という鉱石を他の鉱石に混ぜて加工することで作られている。
この鉱石は名前が表すように魔力を流しやすい性質を持っており、魔剣士と非常に相性が良い。
何故なら魔剣士の基礎中の基礎である《
そういう意味ではアイザワが言うことは間違っていない。ただ……
「お前の言い分は分かった。が、俺は別にこの剣で困ってない」
というのも俺はこの世界で言うところの《魔剣》と《身体強化》、この2つの魔術だけで転生する前の世界を戦い抜いた。
故に魔術資質だけ見れば劣等生だが、事この2つの魔術の練度に関しては白服にだろうと負けない。
というか、同じパーティーに居る天使という化け物を除けば同レベルの練度は滅多にいないはず。
『いやいや困るだろ。絶対に困るだろ』
って顔をアイザワさんがしている。
でも本当のことを素直に言っても絶対に信じてくれないと思うんだ。
俺が安物の剣を使うのは《魔剣》の練度が高過ぎることが問題なんだから。
この魔術の練度が高ければ高いほど、比例して武器に高密度の魔力を纏わせることになる。
つまり本気を出せば出すほど、武器へ負荷を掛けることになるわけだ。
となれば、よほどの名剣でもない限り俺の魔力の負荷に耐えられずぽっくりと逝ってしまう可能性が高い。
なら中途半端な値段の物より安物を買って壊れる度に買い替える方が賢明。
……これを言葉にしても絶対信じてくれないよな。
むしろ
『いくら安物でも劣等生のクロサキくんの魔力で悲鳴を上げるか!』
とか言い出すだけだよな。
なら言わない方が無駄な時間を省ける。その方が俺にとってメリットも大きいのではなかろうか? いや絶対に大きい。
というか、現段階でアイザワに信じてもらうには俺のことを誰よりも理解しているセラさんの手助けが必要に思える。だってアイザワにとってセラさんは絶対的な存在じみているから。
だがセラさんがこちらの望む回答をしてくれるかは分からない。
可能性だけで考えれば、俺が困るようなことを言う確率が高い。
仮に俺が望むような答えを言ってくれたところで……アイザワが俺とセラが本当のところどういう関係なのか質問攻めしてくるに決まっている。
それはそれで面倒臭い。
つまり、俺にはアイザワを説得するなんて選択肢はない。
「何故そういう結論に至るのか理解できないけど、話も聞かずに言うのはあれだから追加で質問をします」
「俺としては理解できなくてもいいからこの話を終わりにしたいんだが、落ちどころが見つかるまで食い下がりそうだからその質問に答えてやろう」
上からな物言いはともかくとして、せめてその面倒臭そうな感じは隠せよ!
なんて目を向けられていますが気にしないことにします。だってこっちは相手してあげてる身だから。
「クロサキくん、君は良い剣を買おうと思えば買えると言いました。でもその安物で良いとも言いました」
「その確認は必要ですか?」
「時にクロサキくん」
あ、こちらの質問は無視ですか。
まあいいけど。
「君の腰にはこれまで話題に出ていた剣とは別の剣があります」
そうですね。
これまではあなたの視線的に左腰にある剣が話題になっていました。
なので今あなたが言っているのは右腰にある剣のことですね。
「あなたは二刀流で戦うカッチョエェ剣士さんなんですか?」
「カッチョエェ剣士かは置いておくとして二刀流で戦うことはあります」
「それは逆説的に言えば、その剣を使わない場合もあると?」
そのとおり。
「なるほどなるほど。加えてあたしの目にはその剣はもうひとつの剣と同じものに見えるのですが」
「同じものですが何か?」
「もしかしてさ、君が良い剣を買おうとしないのって使うかも定かじゃないその剣のせいじゃないの? 見た目のカッコ良さを意識して無駄な出費をしているからじゃないの!」
無駄とは失礼な。
確かにお前には無駄に思えるかもしれない。しかし、常に二刀流で魔剣を振るっていたら両方ポッキリと逝くかもしれない。
それを考慮すると常に二刀流で戦うわけにもいかないわけで。
そもそも、俺の剣術は我流を戦場で叩き上げたもの。状況に合わせて一刀と二刀を使い分けるスタイル。それを知りもせずに無駄と決めつけるなんて浅はか。
でもそれ以上に言いたいのは、二刀流の人間は格好つけてるって認識をやめろ。
全国に居る二刀流の剣士に失礼だ。剣士の中には自分の剣術にプライドを持っている奴だっているんだぞ。そいつに同じようなことを言おうものなら激怒されてもおかしくないし、庇いたくても庇いきれん。
まあ今回は俺への発言だからいいけど。
俺はそのへん気にしてないし、気にしない。
何故なら命を奪うため、暴力で従わせるために練り上げた剣術なんて批判されて仕方がない品物だと思うからだ。
「そのテンションで来られるとここいらで会話を打ち切りたくなってきたんですが。しばらくお前とは口を利かなくていいなって考え始めているんですが」
「まあ魔剣士のクロサキくんが少し良い剣に変えたところで、魔力の流しやすさとか切れ味が多少良くなるだけだったりするだけか」
変わり身早ッ!
ずいぶんと物分かりの良いな。
この程度の発言でここまで変わるとは予想外すぎる。いつもこれくらい物分かりが良ければ俺も楽なんだけどな。ずっと話してても苦にならないんだけどな。
絡み方そのものの改善とか要求してみるか?
正直に言って面倒臭いのは毎日押しかけては、俺のことをからかったり、小言や愚痴を言ってくるセラさんだけで間に合っているし。
「何かバカにされてるような気がするんだけど」
「気のせいだ」
「なら良いけど」
「物分かりの良い発言をするなって思っただけだ」
「良くない! それって普通にバカにしてるから!」
そこに気が付くとは本当に物分かりが良い。
「君は何でさらっとあたしのことバカにするかな?」
「あなたがバカな言動でウザ絡みしてくるからです。それをやめるならバカなんて言わないと思います」
「まあバカな部分はあるし、頻繁に言われなければ別に良いんだけど」
バカって言われるよりもウザ絡み出来ない方が嫌なのかよ。
何だかお前に友達が居るのか心配になってきたわ。このパーティーメンバーだけが友達とか言い出す未来が来ないことを本気で祈るわ。
「だからこれ以上は言わないでおく……でも武器は自分の命を預けるものなんだからもう少しお金を掛けても良いとあたしは思います」
「まあそれは正論だな」
「…………」
チラチラ。
そこで会話を終わらせるなよ。せっかく武器の話をしたんだからこっちに振れよ。
そんな顔をされているわけですが、俺はこの希望に応えるべきでしょうか?
いや応えるべきなんでしょうね。応えないと応えるまで絡んでくるだろうし、どうせ同じ展開になるなら無駄なルートは省くべきだろう。
「そういうアイザワさんはどんな武器を使っているのでしょうか?」
「ふっふっふ、それはね……これよ!」
アイザワは気合と共に腰にあったホルスターを外し、勢い良く銃を引き抜く。
そして、良く言えば器用に……悪く言えば無駄にクルクルと回し最後に腕をクロスしながら構えた。
人のことを剣を二振り持っているだけで格好つけと言ってきたが、二丁拳銃な挙句こういうパフォーマンスを行うこいつの方が格好つけではなかろうか。
「あらゆる魔弾に対応したハンドガンの最高峰がひとつ《ヘカトンケイル》。その後期型にして、玄人だけでなく素人にも使いやすくなった《ヘカトンケイルMK2》。これがあたしの愛銃なのです!」
全力でドヤる奴だな。いやまあ分かってたけど。
ちなみにアイザワの銃がいかに凄いかは銃を使わない俺でも分かる。
転生する以前の世界、日本にあったRPGで例えるなら俺の剣は最初の街で買える物、アイザワの銃は中盤から終盤にかけて使える物って感じになる。
それとさらっと出た《魔弾》という言葉。
刻まれた魔術刻印によって様々な魔術が発動する特殊な弾丸と思ってもらえれば分かりやすいだろう。主に魔術資質に恵まれていない者が魔術的要素を補うために使用したりする。
ただひとつだけ問題がある。
それは通常の弾丸と比べるとバカみたいな値段で売られていることだ。庶民ではなかなか手を出そうとは思えない。それくらいの値段がする。
「お前ってどこぞのお嬢様だったりする?」
「ううん全然まったく。至って庶民の出ですが」
「庶民がそんな破格な銃に手を出せますか?」
「お父さん達がお守り代わりだって入学祝いとして買ってくれたんだ」
アイザワのご両親、むっちゃ良い人達やん。
「二丁も買ってくれるとか良い親御さんだな」
「親が買ってくれたのは一丁だけだよ。もう一丁は自腹」
「自腹の分は予備的な?」
「ううん。やっぱり拳銃で戦うなら二丁持ちかなって。その方がカッコ良いし」
どこかで二丁拳銃はロマンだとか、現実では使いものにならないなんて話を聞いたことがあるようなないような。
どうかアイザワの銃が結局片方しか使われないなんてことになりませんように。
宝の持ち腐れになりませんように。
娘のためにかなり出費をした親御さんのためにも。
「ちなみにこの銃は色んな魔弾が使えますが、皆さんもご存知の通り魔弾はとても値が張ります。なので今は持っておりません。今後買えるかどうかも分かりません」
なので魔術面の戦力としてはカウントしないでください。
それがアイザワさんの訴えのようにです。
あれだけ自分の武器すげぇだろってドヤってたのにこの始末。マジでアイザワさんだわ。まあ期待していたかと言われたらこれといって期待してないけど。
「よし、装備の話も一段落したしここから全力で奥へ進もう」
ミズノやセラといった白服組には話を振らないんですね。
まあパッと見ではミズノは戦闘服の上にローブを纏っているだけだし、セラに至っては戦闘服だけしか着ていない。
私の存在そのものが最強の証。
そんな言葉が聞こえてきそうな気がするくらい自信に満ちた振る舞いをしている。実際に武器とか防具がいらないくらい最強なんだけど。
「ねぇクロサキくん」
「何だよ」
「実のところセラさんとはどういう関係なのかな?」
小声で耳打ちしてきたアイザワを俺は華麗に無視。
ギャーギャー騒いでいる声が聞こえてくるが、それも無視することにした。
こんな奴を相手していたらマジでいつになっても今日の授業が終わらん。
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