~可憐! こっそり見てくるおじさん~

 ざざーん、と音がした。

 もしかしたら、ざぱーん、かもしれないし、ざぷーん、っていうのかもしれない。

 なんかちょっと生臭いような感じがした。

 でもそれが、海のにおいだって分かると、途端に空気がしょっぱくなった気がして。

 あたしは思わず、


「わぁ!」


 と、両手を広げて空気を吸い込んだ。


「海だよ、海! サチ、海が近いよ! あはは!」

「……ホントだ」


 学園都市を巡回する乗り合い馬車(なんと無料だった! 新型馬車の試験走行中で、いつでも無料なんだって! すごい!)を降りて、あたしとサチは街の最南端へ向かって歩いていく。

 ここまでくると、舗装されたレンガ道に砂が混じって歩くたびにジャリジャリと砂の感触が楽しめた。

 靴裏の感覚が分かるなんて、ブーツちゃんの性能のおかげかもしれない。あたしより、ブーツちゃんのほうが成長するの早い気がする。置いて行かれないように頑張らないと。

 こんな風に舗装された道に砂が混じった場所での戦闘だと、滑らないように注意しないといけない。無理やり相手の死角に移動するスキル『影走り』とか、得に注意しないといけないかも。

 なんて思いつつ、大通りの終わりまで歩いた。


「おぉ~!」

「……ホントに海だ」


 大通りはそのまま砂浜へとつながっていて、まるで舗装された道が砂に飲み込まれてしまったようにも見えた。

 ざざーん、と押し寄せる波。

 ふかふかの白い砂。

 そしてどこまでも果てしなく続く青い青い海。

 本や知識としては知っていたけど、初めてみるホンモノの海に、あたしは大きく声をあげた。


「わーい!」


 我慢できなくなったので走り出す。ちょっと砂に足を取られて転びそうになったけど、持ち直して、そのまま波打ち際までやってきた。


「あははは、うはぁ!」


 押して引いてを繰り返す波。太陽の光を反射してキラキラしていたり、波に空気が混じって白くにごっていたり。

 ざっぱーん、という音も相まって……なんていうか、もう、すっごくイイ!


「……パルヴァス、はしゃぎ過ぎ」

「サチも嬉しそうだよ?」

「……ここまで近くに来たのは初めてだし」

「あたしも! これが海!」


 ちょっとだけ波に近づいて、あたしは海の水に指を付けた。そのまま口にもっていくと、物凄くしょっぱい!


「うわ、これぜったい飲めない」

「……飲まないでね」

「泥水とか雨水とか飲んでたから、海もいけるかと思ったんだけどなぁ。路地裏で生きてる人が少ないのって、やっぱり海がしょっぱいから?」

「……ぜったい関係ないと思う」

「そう?」


 それにしても、とあたしは海を見渡す。

 海には波が揺れてるだけで、見渡すかぎり何にもなかった。


「誰もいないね。船はあるけど、漁師さんもいない?」


 近くに木で作られた船がたくさん泊まっている。停泊っていうんだっけ? でも、そのどれも誰も乗って無くて、海にも船は見あたらなかった。


「……漁は朝の早い時間にやるって聞いたことがあるから、そのせいかも?」

「そっか~。残念、ちょっと見たかったなぁ~」


 お魚捕ってるのを見たい。網でいっぱい捕れるんだよね? ちょっと分けてもらえたりしないかなぁ。お塩をまぶして、丸焼きにして、頭からがっぷりと食べてみたい!


「……パルヴァス、目的忘れてない?」

「――お、覚えてるよぅ。だいじょぶだいじょぶ。子どもの遊び場所でしょ?」


 海を見てテンションが上がっちゃって、はしゃいじゃったけど師匠からのクエストはちゃんと覚えてるもん。

 乗り合い馬車でも窓から子どもがいるかどうか見てた。

 なんか街のいろんなところで色々な実験をしてるみたいだけど、子どもの姿はほとんど見当たらなかったのは確かだ。


「やっぱり大通りに面したところは、子どもがいないのかも。学園生徒が実験に使ってたり、商人さんがお店を出してたりするし。あと、馬車が通ってたりするから危ないとか、そういう理由で子どもがいないのかも」

「……確かに、そうかも」


 海で遊んでいる子どもの姿も無いけど、この場所も言ってしまえば大通りに面した場所だ。あと漁師さんの舟もいっぱいあるから、遊ぶの禁止、とかなっているのかもしれない。

 魚が逃げちゃうとか、そういうのがあるのかも。


「んぉ?」

「……どうしたの?」

「サチ、振り返っちゃダメ。なんか、後ろからあたし達のことを見てる人がいるよ」


 視線を感じる。

 誰もいないから、余計に分かりやすい視線だった。でも、殺意とかそういう種類の視線じゃないと思う。たぶんだけど。


「……なにかしら?」

「あたしが自然な感じで振り向くから、サチはそのまま海を見ててね」


 わかった、とサチがうなづく。

 あたしは適当にパシャパシャと波を蹴って、そのまま波から逃げるように振り返った。

 ――いた。

 男の人だ。

 日焼けしてて、かなり体格が良い。種族は――人間かな。年齢は師匠より上だけど、そんなに年を取ってるっていう感じじゃない。

 あたし達を見てる視線の種類は……にらみつけるような物じゃないから、悪い意味じゃないと思う。少なくとも殺気が視線に乗っていないのは分かる。

 だって怖くないもん。

 どちらかというと、観察とか、偵察みたいな感じかなぁ。

 ジロジロと何者かを判断しているような視線だ。


「もしかしたら漁師さんかも?」

「……あぁ、よそ者だから警戒されちゃったのかしら」


 あたしもサチも学園の白ローブを着ていない。サチの神官服がそれっぽく見えるけど、やっぱり違うから、漁師さんが警戒して見に来たのかもしれない。


「ちょうどいいから話を聞いてみる?」

「……そうね」


 あたしはおじさんに大きく手を振ってみた。

 これで悪いことしてないよ、というアピールだ。同時に、おじさんが敵対していた場合は逃げて行ったり姿を隠したりするはず。

 あたしが手を振るのを見て、果たしておじさんはこっちへと近づいてきた。

 さっきまでの、あたし達を観察するような表情は消えて、にこにことしている。

 やっぱり漁師さんだったのかも?


「こんにちは、お嬢ちゃん。なにをやっているんだい?」

「こんにちは。あたし海を見るのが初めてなんです! 遊びに来たんですけど、誰もいないみたいで。ここは遊んじゃダメなところですか?」

「あぁ、そうなのかい。舟にイタズラされることもあるし、道具が盗まれることもあるんで警戒してたんだ。別に遊んでも構わないけど、漁師にあまり良い目では見られないよ」


 やっぱり漁師さんだったらしい。

 日焼けしてるのが海の男~って感じだ。筋肉もすごいし。


「良かった。もうちょっと見てまわってもいいですか?」

「あぁ、問題ないよ。そのかわり舟に近づかないでくれるかい? 大切な漁の道具だから、あまり近づいたりすると、良い顔はされないんだ。お嬢ちゃんが漁師になりたいっていうんだったら話は別だけどね」


 にへ、とおじさんは笑った。

 もしかしたら弟子を募集中なのかもしれない。


「サチは漁師になる?」

「……わたしは神官。神さまに怒られるわ。……パルヴァスはならないの?」


 さすがサチ。

 話を合わせてくれる。


「あたしは興味あるけど。ねぇねぇ、おじさん。もしも漁師になったら美味しい魚とか食べられる?」

「もちろんだ。そのかわり、厳しいぞ? お嬢ちゃんの細っこい腕じゃ魚に負けてしまいそうだ」


 そういっておじさんはあたしの腕をペタペタと触る。


「ほんとに細いなぁ。舟の上でお嬢ちゃんが泣いて帰りたいって言っても海の上だから帰れないぞ」

「あ~、あたしには無理か~。ざんねん」


 あたしは腕をまげて二の腕の筋肉をおじさんに見せるけど、おじさんは笑って自慢の筋肉を見せてくれた。

 ムッキムキで、ほんとに鍛え上げられてる。


「お嬢ちゃんがここまで鍛えられたら今すぐ舟に乗せてあげられるんだがな」

「わぁ、おじさんスゴイすごい。筋肉おっきぃ」


 あたしはおじさんの筋肉を触らせてもらった。めっちゃ硬い。すごい。


「おぉ~、硬いし、おっきぃ~」

「そ、そうかい。可愛いお嬢ちゃんに褒められると嬉しいねぇ」


 でへへ、とおじさんはだらしくなく笑う。

 よしよし。

 これぐらいおじさんを褒めたら情報は無料でくれそうだ。

 スキル『褒め殺し』!

 ってほどでもないので、たぶん師匠に笑われちゃうのでもうちょっと話術も磨かないとダメだよね。師匠はロリコンだから、簡単にメロメロになっちゃうのにね。

 難しいなぁ。

 あたしの修行はさておいて、本題に移ろう。


「そうだ。ねぇねぇ、おじさん。このあたりで子どもが遊んでる場所って知らない?」

「子ども?」

「そうそう。ちっさい子でもいいし、あたし達くらいの子でもいいし。子ども達が遊んでたり集まったりしてる場所を知らない?」

「……ん~……あ、あぁ~、それなら」


 おじさんはあたしから視線をそらせて、近くにあった小屋を見た。

 木造の、ちょっとおんぼろな小屋。

 あんまり使われて無さそうな感じに見えたけど、朽ち果てたり廃屋になったりしてる感じでもなかった。


「あの小屋に、ときどき子ども達が集まってるのを見るよ。漁師小屋ってヤツだが……よ、良かったら案内しようか?」

「やった。おじさんありがとう!」

「……ありがとうございます」


 いいってことよ、とおじさんは笑う。

 あたしとサチはおじさんに連れられて、ひっそりと建つ漁師小屋へ移動するのだった。

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