13. 悪役令嬢の要求

「次の作戦を説明なさい、ステファン・ルージュリー」


 二人っきりになった途端、ヴィルジニー・デジールはそう言った。


「……は?」

 僕は、動揺を隠せない。



 放課後、学生寮に戻る道すがら、ヴィルジニーと出会ったのは偶然だ。


 僕としては先だっての考え――ヴィルジニーとの関係を深め、まずはお互いにファーストネームで呼び合う関係になる――を推し進めるためには、兎にも角にもヴィルジニーと接触し、好感度を上げる必要があったが、あの苛烈な性格の彼女と親密になるという絵面がどうしても思い浮かばず、どのように進めていくべきかまとまらずにいたのだ。

 いずれにせよ、相手は悪役令嬢。きちんとを立てて当たらなければならない――


 そんなふうに考えていた時だった。ヴィルジニーとそのお仲間に、不意に遭遇エンカウントしたのは。


 彼女は、引き連れていた二人の貴族令嬢に、

「先に行ってなさい」

 と、人払いして、それから冒頭の言葉を口にした。



 作戦、などと、まるで僕が考えていたことを見透かしたように――

 予期せぬ不意打ち。内心を隠しきれた自信はない。


 ヴィルジニーはしかし、僕の動揺に気付く様子もなく、機嫌よくこう言った。


「王子に褒められるための、次の作戦ですよ」


――よかった。どうやら違うらしい。


 ホッとした……のもつかの間。


 僕は、「何を言っているんだお前は」、という顔をしてしまう。


――とはいえ、心当たりがないわけではない。



 婚約関係にある、フィリップ王子とヴィルジニー公爵令嬢。

 それは、多分に政治的なものだ。

 二人の恋愛関係を示すものではない。


 それでも婚約関係にあれば、関係性は少しでも良いものにしようとするものだと思うが、この二人については、これまでそういう努力をしてきた様子はなかった。


 知る限り、フィリップとヴィルジニーが二人きりで過ごしたことは、ない。

 フィリップがデジール家を訪ねたことも、またヴィルジニーが個人的に王子に会うために王城を訪れたことも、聞いたことがない。

 ウワサ一つ、一度も聞いたことがないのだ。


 だから二人はお互い共に、その婚約が政治的なものに過ぎないと理解しているのだと、そう思っていた。


 だからこそ、僕はそこに付け入る隙があると考えていたのだ。


 しかし、あの日のヴィルジニーの様子を思い出すと――


 フィリップ王子に褒められて、泣くほど喜んでいたヴィルジニー。

 彼女の方は、王子との関係を公的な部分だけではなく、私的にも深めていきたいと考えているのは、明らかだ。


 王子はヴィルジニーを婚約者としながらも、彼女を省みてこなかった。

 その王子が、ヴィルジニーを褒めた。

 ヴィルジニーにとっては、はじめて認められたと、そういうことになってしまったのだろう。


 それに味をしめ、「次の作戦」なるものを要求してきたのだ。


 厄介なことになったな、と僕は冷めた頭で思う。


 ヴィルジニーがフィリップに好意を抱いているのなら、それは円満な婚約解消の、障害になりかねない。

 ヴィルジニーが喜ぶだろうと思ってしたことが、思った以上の効果を生み出してしまった。王子に彼女へのねぎらいの言葉を掛けさせたのは、誰あろう、僕自身なのだ。



「ありませんよ」

 僕はできるだけ感情を込めずに言った。


 ヴィルジニーは、何を言っているのかわからない、というふうに、首を傾げる。


「次の作戦とか、そんなのあるわけないじゃないですか」

 そもそも先日の件は、あれですべて終わりだ。ヴィルジニーの誤った行動を正し、セリーズの学内の立場を改善する。それが目的であって、ヴィルジニーが王子に褒められた、などというのは、副次的な、ただのおまけだ。


 しかしヴィルジニーは、こともなげに言った。


「では考えなさい」


 簡単に言ってくれる。

 あまりのことに言葉を失っている僕に、ヴィルジニーは重ねて言った。


貴方あなたわたくしに“適切なアドバイス”をしてくれる……そうおっしゃいましたよね?」


 たしかにそれは言った。僕は頷く。


「では、わたくしが王子に褒められるよう、適切なアドバイスをなさい」


 僕の“適切なアドバイス”サービス期間は終了したんですよ、とは、言えなかった。


 その代わりに口から出てきたのは、次のような言葉だった。



「わかりました。……では、考えますので、後ほど、わたくしの部屋にいらしてください」

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