2話① 探索1回目


 “真のアルド”の座をかけて、偽アルドとの勝負をすることになったあと。

 アルドはIDカードを盗んだ猫を探すため、エルジオンのシータ区画に入っていた。


 シータ区画は、ざっくりと言えば住宅街だ。

 商業街のガンマ区画と比べると、このシータ区画にはゆったりとした穏やかな時間が流れており、買い物帰りの主婦や、のんびり散歩している老人、フライングボードを乗りまわしている子供たちの姿が目立っている。


「さて……IDカードを盗んだのは、この辺りにいる猫って話だったよな」


 アルドはそう言って、シータ区画を見回してみるが……。

 この広い街の中から、たった1匹の猫を見つけるのは、だいぶ骨が折れそうだ。


「というか……今日はやけに猫が多くないか?」


 なぜか、猫がわさわさと街路にひしめいている。

 もはや大量発生していると言ってもいい。

 今までエルジオンのシータ区画を訪れたときは、こんな猫パラダイスみたいな光景ではなかったはずだが……。


「な、なんだ? どこから出てきたんだ、この猫たち……? これじゃあ、どれがIDカードを盗んだかなんて探しようがないぞ」


 これはどうしたものかと、アルドが悩んでいると――。



「うっ、これが巨大猫ニャビロンか……!」



「……ん?」


 なにやら、街路の一角から子供たちの声が聞こえてきた。

 アルドがそちらに顔を向けると――。


「え、ええっ!?」


 そこにででーんと鎮座していたのは、巨大な猫。

 なんだか福々しい顔をしているくせに、人間の何倍もの背丈がある恐ろしげな猫だ。


 その前に立ちはだかっているのは、3人組の子供たち。

 子供たちの足元には、それぞれの相棒らしき猫がいる。


「今日こそお前を倒してやるぞ、ニャビロン!」「いけぇ、シロ!」「負けるな、クロ!」


 平和な街中でいきなり始まった、猫たちの戦い。


「ど、どういう状況だ……?」


 そう、アルドが目を白黒させていると。

 びゅいぃぃん――ッ! と巨大猫が目からビームを出して、子供たちの猫たちをなぎ払った。


「ええぇっ!?」


 ビームを食らった猫たちが、ぽーんぽーんと弾き飛ばされて、そのまま幻のように消えていく。


「い、いったい、このエルジオンになにが……?」


 思わず、アルドが混乱するが。

 ビームが消えるころには、巨大猫もまた幻のように消えていた。

 目の前にいる子供たちが、「あちゃあ……」っと危機感のない声を出す。


「うぅ……ゲームオーバーかぁ」「今回の『マジモン』のレイドボスは強いな」「ボク、もうマジカルポイントないよ……」


「あ、ああ……なんだ、ゲームか」


 ほっと胸をなで下ろす。

 立体映像を使ったゲームというのは、アルドも何度か見たことがある。


「ということは、この辺りにいる猫も偽物ってことか……?」


「……ん?」


 そこで、子供たちがアルドに気づいたらしい。

 ゲームの手を止めて、アルドのほうへ振り返り――。



「げぇぇっ!?」「アルドだ!?」「アルドが出たぁぁ!?」



「……いきなり、その反応は傷つくぞ?」


「な、なんの用だよ?」「ぼ、ボク……お母さんに、アルドとは話しちゃダメって言われてる」「しっ! あんま刺激するなよ! アルドに噛まれるぞ!」


「いや、噛まないけどさ……」


 アルドが少しげんなりする。


(いったいなにをしたら、こんな扱いになるんだ……?)


 いや……それよりも、今は猫探しだ。


「あ、そうだ。君たち、この辺りでIDカードをくわえた猫とか見なかったか?」


「……IDカード?」「……うーん?」「……見てないよね?」


 子供たちが顔を見合わせて、きょとんと首を傾げる。

 どうやら、相手がアルドだから隠してるとかではなく、本当に知らないようだ。


「いや、知らないならいいんだ。遊びの邪魔をして悪かったな」


「話はそれだけ?」


「ああ、それと……遊びのついででいいからさ、もしIDカードをくわえた猫を見つけたら、オレに教えてくれないか? お礼に好きなお菓子を買ってやるぞ」


「本当に!」「やった!」「今日のアルドは太っ腹だ!」


 子供たちが、わっと歓声を上げる。


「よーし! それじゃあ、レベル上げしながら猫探しだ!」「この辺りの猫なら、ボクくわしいよ!」「誰が一番に見つけられるか競争な!」


 ずいぶんとやる気になってくれたらしい。

 これは子供たちの働きに期待できそうだ。


(よし、これで人手も増えたな)


 いつの時代も、やる気になった子供たちの行動力は、大人をはるかにしのいだりするものだ。

 まだ情報を得られたわけではないが……。


(この調子なら、IDカードもすぐに見つけられそうだ)


 そう思った矢先のことだった――。




「――ふーっははははッ!」




 頭上から、芝居がかった高笑いが降ってきた。


「な、なんだ!?」


「こ、この聞き覚えのある高笑いは、まさか……」


「あっ! あそこ!」


 子供の1人が、頭上を指差した。

 アルドがそちらへ視線を向けると――。

 側にある街灯の上で、腕を組んでいる人影があった。


「聞こえる……聞こえるぞ! 誰かが私を呼んでいる! 私のたすけを求めている!」


 人影の正体は……言うまでもなく、偽アルドだった。


「心優しく! 顔はイケメン! 体はたくましく! 素手で瓦を100枚割り! 事件あるところに颯爽と現れてはパパっと解決! そんな噂に名高き、影のヒーローとは、まさに私のこと!」


 彼はそこで、「とぅ!」と地面に飛び降りると――。




「――――アルド参上!!」




 ちゅどーん! と、爆発とともにポーズを取る。


「「「………………」」」


 子供たちは、しばらく口をぱくぱくさせたあと――。


「うわあああっ! アルドが増えた!?」「アルドが分裂した!?」「しまった! アルドに囲まれたぞ!」


 一斉に悲鳴を上げた。


「くくく……まあ、そう歓声を上げてくれるな、キッズの諸君。ご近所から苦情が来てしまうだろう?」


「……い、今のが歓声に聞こえたのか?」


「む、我が偽物もいたのか」


 偽アルドが顔をしかめる。


「どこにでもいるな、君は……もしかして、暇なのか?」


「それは、こっちのセリフだよ……」


「まあいい。それより……私にたすけを求めたのは、君たちかな?」


「求めてない」「求めてない」「求めてない」


「ふっ、遠慮がちなシャイボーイたちめ。だが、この真のアルドには、全てお見通し……君たちは、『マジモン』のレイドボスが倒せなくて困っているのだろう?」


「う……なんでそれを」


「やはりそうか。しかし、この真のアルドが来たからには、もう大丈夫! 今は、別の依頼も受けているが……依頼のかけ持ちなど、影のヒーローには日常茶飯事! 全てをこの手で解決してみせよう! なぜなら、私は――あのアルドなのだから!」


「で、でも……アルドは大人なんだし、『マジモン』なんてやってないだろ?」



「――やっているとも!!」



「……!?」


「見るがいい、私の『マジモン』のデータを! 武器、魔法、レアモンスター……その全てをコンプしたうえで、私は今ここに立っている!」


「す、すげぇ……」「新しいレアモンスターまで……」「どれだけ時間かかったんだ、これ……?」


「くくく……これが大人の力というやつだよ、キッズの諸君」


「……お、大人気ない」


「さて……君たちも、こんな力が欲しくはないかね?」


 偽アルドが子供たちを誘惑する。


 ――ゲームで強くなる。


 それはこの年頃の子供たちにとっては、まさに悪魔の誘惑だ。

 子供たちは顔を見合わせてから、ごくりと唾を飲み込む。


「こ、こんな力が……」「ボクたちにも……」「手に入るの……?」


「ああ、もちろんだとも」


「でも、どうやって……?」


「知りたいか? ならば、教えてやろう!」


 そこまで言ったところで、偽アルドがいきなり真顔になった。



「――周回だ」



「……え?」


「急がば周回!! それこそが、ゲームを極めるための唯一の道!!」


「……!?」


「寝る間を惜しめ! 命を削れ! 周回だ! 周回だ! 周回をするんだ! マジカルポイントのある限り――ッ!」


「ひっ……」


 いい年した男の剣幕に、子供たちが引いていた。


「では、さっそく一番効率のいい周回ルートを教えてやろう! 手始めに君たちには、このルートを50周してもらう! 全てはそこからだ!」


「うわあああっ!」「やっかいなタイプのガチ勢だ!」「話を聞くんじゃなかった!」


「お、おい……あんまり子供の遊びに口出しするなよ」



「――『マジモン』は遊びではない!!」



「……!?」


「そもそも、君はなんだ! 私のマネをするだけでは飽き足らず、私の邪魔をして手柄をかっさらうつもりなのか?」


「いや、そうじゃなくて……」


「しかし、残念だったな! 真のアルドは、いかなる試練だろうと屈しはしない!」


「だから、子供たちが困ってるんだって……」


「な、なんだ……?」「喧嘩か?」「アルド同士で仲間割れしてる……?」


 アルド×2の言い合いに、子供たちは困惑したように顔を見合わせた。


「よ、よくわからないけど……」「とりあえず……」「今のうちに逃げるぞ!」


「あっ、君たち! 待ちたまえ! まだ、このアルドの話は終わっていないぞ!」


 ぴゅーん! と、走り去っていく子供たちと偽アルド。

 その背中を見送りながら、その場に残されたアルドは肩を落とした。


「……あれじゃあ、子供たちも協力してくれそうにないな」


 順調かと思ったら、いきなりふりだしに戻されてしまった。

 なんだか、さっきから偽アルドに引っかき回されてばかりな気がする。


「仕方ない、また1人で探すか……」


 前途多難だなと思いつつ、アルドは猫探しを再開するのだった。


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