救済

セイムは肉の一かけら、汁の一滴零してしまわないように細心の注意を払って盆に乗せられた料理を運んでいた。


立ち上る香りは異国的で香ばしく、その事が彼を辛くした。


「ジゼルさん?入りますね?」

「はーい」


ジゼルはあれから少しも回復していないように見えた。


窓辺のベッドに移された彼女は、外から差し込む夕日に照らされて通常ならばオレンジ色に染められていなければならない所、実際は、顔は真っ白で向こう側が透けて見えてしまうかと思えるほど弱弱しくなっていた。


セイムが何よりも辛かったのは、彼女の艶やかな金色の髪の毛がすっかり暗くくすんでしまった事と、彼女の身に纏う衣服と体の間に寂しげな遊びが生まれ始めてしまっていた事だった。


ジゼルは久しぶりのセイムの姿を喜ぶと、いつもと同じように幸せそうな笑顔を見せて、皮肉たっぷりに言った。


「随分長い間、お二人だけで出かけていたのですね?セイムさん」


「ごめんなさい、ジゼルさん。本当は、ずっと一緒にいたかったんです」


「いいんですよセイム。またこうして会えたのですから」


「食事を持ってました。小鹿のヒレ肉のステーキと、尻尾肉を使ったシチューです」


「まぁ!おいしそう。ずっといい匂いがすると思っていましたよ?」


「ヒレ肉は、一頭の鹿から少ししか取れない上質な部位だそうです。栄養があって、やわらかくて、味もとてもいいそうです」


セイムはベッドわきに置かれた小さな棚に、ジゼルからよく見えるように料理の乗った盆を乗せてお茶を注いだ。


「ああ、美味しそう。お肉なんて何時ぶりかしら?セイム?」


ジゼルは目をつむり軽く顎を突き出して肉から立ち上る芳醇な香りを鼻孔の奥で楽しんだ。


セイムは慣れない手つきでテーブルナプキンを彼女の首に巻きつけて、元の位置に戻ると言った。


「ジョズの街で食べたホットカウチ以来でしょうか?」


「そうでした!わたしったらすっかり久しぶりのような気がして・・・。でも、このような立派なお肉は、本当に久しぶりですよね?セイム」


「はい。僕は初めてかも知れません」


「ふふ、そうですか。怖がることはありませんよ?しませんから」


ジゼルは得意げにそう言った。


セイムは塊で焼かれた肉をひと口の大きさに切って、別に添えられた焼き石に押し付けた。


肉は、たちまち芳醇な香りを放つ汁の花火を放った。


彼はそれに2度息を吹きかけて冷ましてから、ジゼルの口へと運んだ。

彼女はあつあつの肉を小さな口で迎え入れて頬張ると目を輝かせて喉の奥できうと唸り幸せそうにした。


「ジゼルさんは、これからどうしたいですか?」


ジゼルはパイプを咥えた一流の演繹者えんえきしゃさながら、傍観者を優雅に焦らすように肉を味わってゆっくりと飲み込んだ。


「そうですね、これから定期的にわたくしの為に鹿を取ってきてもらおうかしら?」


それから、世知らずな令嬢のように振舞ってセイムに口の周りを拭かせた。


彼女の要求は、長く、寒く、孤独で、段々と痩せていくような体験を思い出させるのには十分すぎた。


セイムはたちどころにげっそりとして、情けないと知りつつもどうかそんな事を言わないでくれと哀願するようにジゼルに言った。


「・・・大変、なんですよ?」

「ふふ、冗談ですよセイムさん」


セイムは時間をかけて、同じように何度も彼女の口に焼いた肉を運んだ。


「うぅん美味しい。セイム?そちらの丸いものは何ですか?」


一通り塊の肉を平らげたジゼルが尋ねたのは、ステーキの付け合わせの内の一つである球状の物だった。


「・・・これは」


「それも食べてみたいです。切ってくださいますか?」


セイムは言われるまま、その球体におもむろにナイフを突き立てて半分に切った。

その断面は白と赤とそれから紫色の見事なマーブル模様になっていて、あふれ出る汁からは強い肉の香りがした。


「ああ美味しそう。セイムさんこれはいったい何ですか?」


「脂と、心臓、それから血と腎臓を詰めて作ったソーセージだそうです。シャズさんの得意料理なんですって」


セイムはそこまで詳しく説明して、それらが何に包まれていたのかは敢えて言わなかった。


「そうシャズさんの・・・」


じゅぅううう・・・・。


焼き石に押し付けられたソーセージは、ヒレ肉とはまた変わった芳香をあたりに漂わせた。

肉汁はマーブル柄の断面からとめどなく染み出して弾けた。


セイムはそれをまた同じように冷ましてからジゼルの口へ運んだ。

ジゼルは美味しそうにそれを味わって、あたりに漂う香りと共に飲み込んで、再び令嬢のように澄ました態度で口の周りを拭かせた。


「ところで。セイムさんは、召し上がったんですか?」

「いいえ、僕はいいんです」

「いけませんよ、きちんと食べなければ。シャズさんもきっと喜びます」

「そうでしょうか?」

「そうですよ。味見をして美味しかったとお伝えしませんと」


セイムはしばらく考えてジゼルを見て言った。


「では、このソーセージを頂きます」

「ええ、わたくしにして下さったように温めて召し上がってくださいね」

「・・・はい」


じゅぅううう・・・・。




「・・・おいしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(中)スカイ・ワールド・エクスプローラー!! うなぎの @unaginoryuusei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る