SWEの生物

シャズとセイムは、小さな小さな焚火を挟んでずいぶん長い時間互いに一言も交わす事無く沈黙していた。

セイムはこういった沈黙にいくらでも身をゆだねることが出来た。


先に口を開いのはシャズだった。


シャズは、背中に背負っていたクロスボウを下ろして、携帯していた矢立ての中から矢を取り出すとその先端を小さな火で照らしてあらためた。


「少し錆びているな・・・。セイム、矢じりを研ぐのを手伝ってくれ」


セイムは炎を見つめたまま、はい。とだけ短い返事をした。


「これから、狩りに行く獲物は『新雪皮鹿しんせつかわじか』と呼ばれる草食動物だ。奴らはとにかく警戒心が強く、滅多に人前に姿を現さない・・・」


シャズは手にしたクロスボウのボルトを火で照らし、削りカスを息で吹き飛ばした。

セイムも同じようにボルトの先端に息を吹きかけた。


「そんな動物を捕まえる事なんて可能なんですか?シャズさん?」


「可能だ。奴らの痕跡を見つけ出し、少し離れた所からじっと待つ、こいつを使ってな」


シャズは荷物の中から滑らかに削られた骨のようなものを取り出してセイムに見せた。


「それは何ですか?」


鹿笛しかぶえだ。これを朝、決まった時間に2度使って奴らをおびき寄せる。仲間がいると勘違いした奴らが俺たちの前に現れた所を狩る。わかったな?」


「動物たちを・・・。だまして捕まえるなんて・・・」


「嫌ならお前は見てればいい。俺は肉が食いたいからな」


シャズはすっかりセイムの陰気な態度になれていて、彼のペースにのまれることは無かった。セイムもその事を知っていたので、彼の前では自分を偽る事をやめていた。


2日かけて新雪皮鹿の痕跡を見つけ、それから、木の枝や木の葉でカモフラージュしたコテージを作り、二人はそこで7日間待ち続けた。


セイムは1日目が過ぎたあたりからジゼルの事をずっと考えていた。


一見何の変哲もない風景の連続に思えるが、実際の所、枝に積もる枯れ枝の厚みが変わったり、音も無く谷底へ滑り落ちた土の下から現れた岩から小さな氷柱が伸びていたり、流れの早い雲が山の頂上で切り裂かれて目前の空で真っ二つに分かれて遥か彼方まで流れてゆくのを眺めていたりと、一日として同じ日は無かった。


8日目の朝、セイムの頭をシャズが軽く小突いて向こう側を指さした。


セイムは、いよいよその時が来た。と、静かに身構えてシャズの指す方を見た。


「なんて。綺麗なんだ・・・・」


セイムは思わず息をのんだ。

シャズが指さす先には、雪のように真っ白で柔らかな毛に包まれた大きな動物がまるで魔法のように立っていた。


新雪皮鹿は丈夫そうな前歯で近くの木の皮を剥いで咀嚼そしゃくした。

セイムはゆっくりと静かにクロスボウを構えた。


7日間の間に審議した結果、引き金はセイムが引くことになっていたのだった。


「いいか、チャンスは一度だけだ。無理に頭や心臓を狙う必要はない、当てやすい胴体に一発命中させれば動きが鈍る。そうすればあとはゆっくり追い詰めればいい」


「はい」


新雪皮鹿は何かに気が付いたように顔を上げて辺りを見回した。


それから再び、木の皮を毟って食べた。


「セイム・・・。どうした?」


セイムの構えたクロスボウの照星は既に純白の胴体を捕らえていたが、彼は引き金を引くことをためらっていた。


そうしているうちに、思いもよらない事が起きた。


「・・・!」

「あれは・・・」


一頭目の新雪皮鹿の現れた方から、もう一頭、別の新雪皮鹿が現れたのだった。


「子供がいたのか・・・・」


「こども・・?」


一回り小さな新雪皮鹿は愛くるしい態度で母親の腹部を口先で突ついて乳をせがんだが、母親はそれを冷たく突き放した。

小鹿は、にわかに残念そうにして母親と同じように木の皮を剥いで咀嚼した。


「セイム」


セイムはドキリとした。

それから何とか呼吸を整えようと努力した。

彼の目前には仲睦まじい親子の何気ない時間が広がっている。

シャズは黒豹のように唸ってセイムに言った。


「小鹿の肉は絶品だ」



・・・・ガンッ!!!




・・・・・トサッ。

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