第158話「巨男対小男」

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 吉岡流の五代目である阿武隈あぶくま義太夫ぎだゆうと武蔵流の二代目を自称する宍戸ししど次郎じろう、大人と子供以上に身のたけの差がある両雄は互いの距離を保った状態ままで微動だにしなかった。

 片や通常の刀よりも間合まあいの短い小太刀を二振り手にしたおおおとこ、片や扱い方次第で長槍よりも広範囲の間合を持つ鎖鎌を手にした小男、体躯も武器えものも何もかも正反対に見える二人が動かぬ原因りゆう同一おなじだった。

 それは互いに相手の実力ちからを見抜いたが故のである。

 互いに名乗り合った直後の一撃、義太夫と宍戸が互いに相手を殺すつもりで放った一撃を共に防がれた一連の衝突、それが二人に警戒心を抱かせた。


 


 義太夫は宍戸を、宍戸は義太夫を、二人は二人共に相手の武器とわざに対して脅威を感じていた。

 宍戸の武器である鎖鎌は持ち手も鋼鉄製で鉈の様に重い鎌を使用した物であり、その一撃の重みは通常の鎖鎌とは比較にならない程に重い。尚且つ、通常の鎖鎌はどちらか一方が鎌でもう一方は分銅や鉄球であるが、宍戸の鎖鎌はだった。

 その両鎌もろがまの鎖鎌の特異性が義太夫にとっての脅威だった。

 両鎌の特異性…通常の鎖鎌に付いている鎌は主に接近戦に用いる物であり、逆側に付けられている分銅や鉄球を投擲に用いるのが一般的な鎖鎌術である。鎖鎌術に於いて鎖と分銅の扱いは多岐に渡るものの、鎌に於いてはそう多くの使用法が存在しない。その原因りゆうは鎌の形状にあった。

 鎌の形状は武器として用いるにはやや特殊な形状であり、手で鎌を持っていたとしてもその攻撃動作は極めて限られる。

 薙ぎ払いの動作で刃の先端を突き刺す。或いは刃を引きつける動きによって斬る。これら二種が鎌に於ける主な攻撃動作だが、この動作を鎖に繋がった状態の鎌で実行するのは至難である。

 鎖鎌術に於いて鎌を投擲に用いた場合、例えそれが押しても引いても斬れる両刃の鎌であっても有効打を生み出すのは難しく、尚且つ鎌を投擲に用いた場合に周囲の障害物に引っ掛かる可能性がある事からも、投擲に鎌を用いるのは避けるべきなのである。更に云うと、分銅を投擲に用いる通常の鎖鎌術であったとしてもその動作は総じてと共に自傷の危険性が高い為に、鎖鎌が実戦で使用されたという記録は現代に至ってもまだ確認されていない。

 だが、その実戦投入されたか否か未確認の鎖鎌術を宍戸は実戦で用いていた。

 それも通常の鎖鎌ではなく、柄に至るまで鋼鉄で出来た鉈の様に重い両刃の鎌二つを鎖で繋いだ特殊な鎖鎌、両鎌の鎖鎌を宍戸はまるで自身の手足の様に扱っていたのである。

 現代よりも遥かに身の丈が小さい者が多かったこの時代に於いても小柄と云える宍戸は、その小さな身体からだの節々に甲冑にも似た武具を纏う事で鎖をその身でも扱える様にし、てのひらには晒布さらしを巻いて鋼鉄製の鎌を引き付けた際、戻ってきた鎌の柄を受けて自らが怪我を負わない為の工夫を施して両鎌の鎖鎌を実戦投入可能にしていた。そして、何よりも宍戸の小柄さが鎖鎌の最大の難点である自傷を防ぐ一番の利点となっていた。

 全身で鎖を操り、鉈の様に重い二つの鎌を投擲と近接攻撃に用いる宍戸の鎖鎌術は他に類がなく、実戦経験豊富な義太夫にとってもまさしく脅威だった。

 しかし、その宍戸の鎖鎌術、脅威的な業と特殊な武器による攻撃を義太夫は不意打ちとその後の一撃の二度それを退け、二度目に至っては、防がれたものの宍戸へ反撃を試みる迄の芸当を行っていた。

 鋭く重い投擲をかわしつつ反撃するというこの義太夫の行為、それは宍戸にとって初めての経験であり、まさしく脅威だった。

 互いに相手に脅威を感じていた事で二人からは軽口かるくちは出なくなり、剣戟の音と白煙に包まれた最中さなかで二人は無言の状態ままで微動だにしないのではなく、のである。

 無駄な動きや思考の空白を生む事で相手にとってどれ程に有利になるか、二人はそれが理解わかっているからこそ一切の動きを止めざるを得なかった。

 二人は白煙の揺らぎも金属と金属の衝突音も阿鼻叫喚の声も一切を捨て置き、ただ目の前の強者もののふに集中していた。


「………」


「………」


 それほど長い間そうしていたわけではないが、周囲がまだ殺死合ころしあいを続けている戦場に於いて何もせずに止まっているだけという状態の二人はだった。

 恐らく、周囲にいる者達の何人かは二人がそこにいると認識していた筈だが、その者達が二人の何れかに攻撃を仕掛ける事を躊躇ためらう程に二人は異質だった。

 そして、均衡は突然打ち破られた。


「ぬええいッ!!!」


「きえやあッ!!!」


 二人はほぼ同時に声を発した。

 その瞬間、周囲に響いていた剣戟と阿鼻叫喚が止み、二人の周囲の白煙が掻き消えた。

 鬼神を宿した者が纏う迫を一気に吐き出す様な、そんな二人の声が周囲の者達に一瞬だけ戦闘たたかいを忘れさせ、 全身全霊を込めた一撃を放たんとする二人の動きが二人自身を包む白煙を振り払っていた。

 体躯という点では遥かに勝る義太夫は武器の間合まあいの狭さを利に変えるべく雄大な一歩で間合まあいを詰めた。

 体躯の不利を抱えながら武器と業によって長い間合を得た宍戸は右手の鎌の柄を手放して鎖を握り、それを振り回した一撃を義太夫へと放ちながら左手で握る鎌で追撃を試みた。

 二人が交錯した瞬間、甲高い金属音が辺りに響き、更にその次の瞬間には負けた者の肉体から流れ出る血飛沫ちしぶきが地面を打ち濡らす音が響いた。

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