第132話「琉球闘士の秘技」
思いもよらぬ
二人の
魔逢…
意識に生じた間、それは即ち隙そのものであり、魔に逢うとは即ち、死の訪れを表している。
それらを逸した者は死に迎えられる…
象山の放った業は
土埃が舞い、
象山は
そして、象山が
左手に持った柄の破片による投擲、地面を抉って放った無数の礫による投擲、旋回させた槍を壁の如くにした
一瞬にして行われたこれら三つの投擲技は巻き起こした土埃と合わせて四つで一つの目的を為す業だった。
チリチリチリ…
微かな音がした。
旋回する木槍が更なる土埃を巻き上げながら迫るその先、放たれた無数の礫に晒されているであろう慶一郎が立つその場からその音は聴こえてきた。
凄絶な土埃によって姿が見えなくなっている慶一郎がいる筈のその場から微かな音が発せられていた。
「
「…っ!!!」
象山へ向けて放たれた
その三度の音はまるで一つの音であるかの様にほぼ同時に周囲の者の耳へ届いた。
「くっ!
「
川沿いを撫でる涼やかな風によって土埃が流される前に儀間の言葉が象山の放った業の結果を、慶一郎と象山による勝負の結末を予言していた。
「………」
「………見事…」
その言葉を放った直後、象山は地面へと崩れ落ちた。
慶一郎の手にした二本の木刀は何れも持ち手から二寸程の位置で折れ、その内の右手に握った木刀の柄尻が象山の顎を、左手に握った木刀の柄尻が象山の
「………まさか破られるとはな…」
「喋る事が出来るのか?常人なら悶え苦しみ呼吸すら儘ならない筈だが?」
象山は両手首が折れた上に顎が砕け、更に水月を打たれていたのにも拘わらず、さも当然かの様に慶一郎へ話し掛けていた。
「頑丈なのが自慢でな…目眩と吐き気と痙攣が止まらぬ程度だ…大事ない…」
「それは一大事だろう」
「
会話をする二人の下へ
「…二人共すまぬ…ワシの負けじゃ……」
「何を云う。まだ後二本ある。立て
「む…そうだったな…ぬう…ぐ……」
「その必要はない」
口から血を吐きながら
「負けを認めている者と
「フフ、俺らに同条件を打ち出してくるからどんな乱暴者と思えば案外優しいな」
儀間は敢えて慶一郎の言動を真似た。
慶一郎を勝ち気な性格と考えた上での挑発を兼ねた仕返しだったが、当の慶一郎は無言で微笑んだだけだった。
「
「俺が?だが二人目は俺の筈では?…
「ああ、二人目は俺が出る。どの道お前ではこいつには勝てん」
「しかし!勝てぬなら勝てぬなりの戦法がある!」
「いらん。こいつとは互いに万全に近い状態でやり合ってみたい」
万全の状態でやり合ってみたいというこの言葉は儀間の闘士としての意地と矜持に満ちており、慶一郎を
闘士であり強者である自らの武に抱く意地と矜持、それが儀間自身に
比興とは、
これは、行動が読めぬ者として畏怖されていた事を意味しており、決して現代の認識での卑怯者という意味ではない。
比興の者、即ち
そして、比興な真似とは知略に長けた策略を意味している。
この策略とは、寧破の云った勝てぬなりの戦法を指す。
その戦法は相手が
誰一人として負けるつもりはないものの、勝てないとあらば次に繋ぐ。これは
無論、この戦法を挑戦者が二本先取した時点で勝ちが決まるという賭けの規定に当て嵌めた場合、既に一人目の象山が負けているこの状況で使用すれば賭けとしては儀間達の負けとなる戦法であるが、慶一郎の
だが、儀間はそれを拒んだ。否、慶一郎の武によってそれを拒まされた。
琉球闘士は実力主義であり、寧破は自身より実力が上の儀間と象山の意思は尊重しなくてはならない。尚、儀間と象山は闘士としての格は親方の号を与えられていた象山が上だが、その力は儀間が上回っており、実戦ではどうなるかは未知数であるものの
こうして第二戦は儀間と慶一郎に決定した。
「…ところでジンとやら。お前はさっき当然の如く
象山との立合で武器を破壊された慶一郎が新たな武器を選ぶ間に儀間が慶一郎へ問い
「…とやらは無用だ」
「ならばジン。手の内を明かせと云うのは烏滸がましいが聞かせてくれないか?
象山の業は相手の虚を衝く事で隙を生じさせる絶技であり、それが可能か否かは別として、その業を打ち破るのは真っ向から迎え打つ事が最善策だった。
二重三重に虚を衝くその業は、両手に何らかの物を手にしている事を前提としている。
相手が土埃と礫に動じずに横へ逃げなかった、或いは虚を衝かれたが故に動けなかった場合、土埃と礫に晒されて視界不良となっている相手に対して右手で持っている物を放つ事で前後の動きに制約を与えると共に二つ目の虚を衝く。放たれた物が当たったならば象山は相手に徒手で追撃を加えて業が成る。
そして、相手が右手から放たれた物を避ける事が出来たとしても、それと同時に突進していた象山自身が三つ目の虚を衝くかたちで現れて徒手による攻撃を加える事で業が成る。
一つ目から三つ目までの虚とは即ち、意識の間である魔逢を制する事を指し、何れかの段階でそれを為した場合、象山自身の攻撃が実となって業を成す。
一瞬にして次々と行われる
慶一郎は象山の左手より放たれた柄の破片はその業の思惑通りにほぼ動かずに
土埃に晒された慶一郎は瞼を閉じ、礫が風を切って迫る音と僅かな気配によって迫る礫を感じ取り、自身に当てる前に左右に持った木刀で弾いていた。無論、全てを弾く事は出来ずに小石は慶一郎の
土埃と礫に晒された慶一郎の立つ場から聴こえていた微かな音は慶一郎が礫を弾き落とした音である。
そして、その後に響いた三度の鈍い音の正体は慶一郎が象山の業を打ち破った音であり、常人には一つの音として聞こえる程の
一度目の音は旋回して迫る木槍を
これら全てが一瞬にして起きた事であり、一連の出来事によって慶一郎と象山の立合は結末を迎えた。
象山は儀間や寧破すら知らぬ業を放つ事で通常の攻撃では当てられぬ自らの攻撃を慶一郎に当てようとしたが、慶一郎はその業を正面から打ち破った。
琉球闘士の中でも数少ない烈士と呼ばれる程の象山が
それは…
「この業を初めて視たならば俺も打ち破れなかっただろう…」
「なに?ならばお前は
「ああ、教えてやる。この業は俺の父が見せてくれた業に酷似している。だから対応出来た。琉球闘士とは関係ない」
「なんだと!?」
その言葉に反応したのは象山だった。
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