第132話「琉球闘士の秘技」

 思いもよらぬわざだった…

 二人の戦闘たたかいを遠くで見物していた野次馬は業が放たれた後も何が起きたのか理解が出来ず、象山しょうざん同志なかま二人も業が放たれた瞬間からその業によって起きた事象の相互関係を認識する迄に一瞬のが生じた。

 …それは、距離や意識などに生まれる空白。互いの攻撃が有効な距離を指す場合には主に間合まあいと呼ぶが、意識に生じた間は時としてこう呼ばれる。


 


 うと書くこの魔逢まあいという言葉は云い得て妙である。

 意識に生じた間、それは即ち隙そのものであり、魔に逢うとは即ち、死の訪れを表している。

 間合まあい魔逢まあい

 それらを逸した者は死に迎えられる…


 象山の放った業はまさしく絶技ぜつぎと呼べた。卓越した技術によって放たれたその業は凄絶だった。

 土埃が舞い、つぶてが慶一郎を襲った。それらは象山の業によって放たれただった。

 象山ははじめに左手に持った柄の破片を慶一郎に向けて放つと共に右足で地面を思い切り蹴りあげた。つぎに右手の木槍を激しく回転させる事で蹴りあげた地面から土埃を巻き起こし、更に木槍の先端と末端で一度ずつ、計二度続けて地面を抉って地面から礫や砂を慶一郎に放つ共に回転させた状態ままの木槍を右手で押し出す様にして慶一郎へと放った。

 そして、象山がさいごに行ったのは押し出す様にして放った事でまるで旋回する壁の如く慶一郎へと迫る木槍を追って突進する事だった。

 左手に持った柄の破片による投擲、地面を抉って放った無数の礫による投擲、旋回させた槍を壁の如くにした状態まま放った投擲。

 一瞬にして行われたこれら三つの投擲技は巻き起こした土埃と合わせて四つで一つの目的を為す業だった。


 チリチリチリ…


 微かな音がした。

 旋回する木槍が更なる土埃を巻き上げながら迫るその先、放たれた無数の礫に晒されているであろう慶一郎が立つその場からその音は聴こえてきた。

 凄絶な土埃によって姿が見えなくなっている慶一郎がいる筈のその場から微かな音が発せられていた。


退けっ!象山しょうざん!!!」


「…っ!!!」


 象山へ向けて放たれた儀間ぎまの声、その直後に鈍い音が三度響いた。

 その三度の音はまるでほぼ同時に周囲の者の耳へ届いた。


「くっ!象山しょうざんよ、なぜ退かなかったのだ…」


儀間ぎま様!まさか…!?」


 川沿いを撫でる涼やかな風によって土埃が流される前に儀間の言葉が象山の放った業の結果を、慶一郎と象山による勝負の結末を予言していた。


「………」


「………見事…」


 その言葉を放った直後、象山は地面へと崩れ落ちた。

 慶一郎の手にした二本の木刀は何れも持ち手から二寸程の位置で折れ、その内の右手に握った木刀の柄尻が象山の顎を、左手に握った木刀の柄尻が象山の水月みぞおち捉えていた。


「………まさか破られるとはな…」


「喋る事が出来るのか?常人なら悶え苦しみ呼吸すら儘ならない筈だが?」


 象山は両手首が折れた上に顎が砕け、更に水月を打たれていたのにも拘わらず、さも当然かの様に慶一郎へ話し掛けていた。


「頑丈なのが自慢でな…目眩と吐き気と痙攣が止まらぬ程度だ…大事ない…」


「それは一大事だろう」


象山しょうざん親方うぇーかた!」


 会話をする二人の下へ寧破ねいはと儀間が寄ってきた。


「…二人共すまぬ…ワシの負けじゃ……」


「何を云う。まだ後二本ある。立て象山しょうざん


「む…そうだったな…ぬう…ぐ……」


「その必要はない」


 口から血を吐きながら肉体からだを起こそうとした象山を慶一郎が制止した。


「負けを認めている者と立合たちあう道理はない。次だ」


「フフ、俺らに同条件を打ち出してくるからどんな乱暴者と思えば案外優しいな」


 儀間は敢えて慶一郎の言動を真似た。

 慶一郎を勝ち気な性格と考えた上での挑発を兼ねただったが、当の慶一郎は無言で微笑んだだけだった。


沈黙だんまりか…しかしその情けは甘受かんじゅしよう。寧破ねいは象山しょうざんを手当てしてやれ」


「俺が?だが二人目は俺の筈では?…儀間ぎま様、まさか…」


「ああ、二人目は俺が出る。どの道お前ではこいつには勝てん」


「しかし!勝てぬなら勝てぬなりの戦法がある!」


「いらん。こいつとは互いに万全に近い状態でやり合ってみたい」


 万全の状態でやり合ってみたいというこの言葉は儀間の闘士としての意地と矜持に満ちており、慶一郎を強者もののふと認めた証でもあった。

 闘士であり強者である自らの武に抱く意地と矜持、それが儀間自身に比興ひきょうな真似を許さず、同じく強者と認めた慶一郎との真っ向勝負を求めた。

 比興とは、卑怯ひきょうと混同される事が多いが、その実は他に比べて興があるさまを指す。興とは即ち、奇妙おもしろい事である。

 かつて、真田さなだ昌幸まさゆきはその知略と軍略の冴えから豊臣とよとみ秀吉ひでよしから表裏ひょうり比興ひきょうものと称された。

 これは、行動が読めぬ者として畏怖されていた事を意味しており、決して現代の認識での卑怯者という意味ではない。

 比興の者、即ち比興者ひきょうものとは、戦国大名にとってこの上ない賛辞なのである。

 そして、比興な真似とはを意味している。

 この策略とは、寧破の云った勝てぬなりの戦法を指す。

 その戦法は相手が単独ひとりであるが故の不利を衝くものであり、一度も負けてはならぬ慶一郎に対して一人が勝てばよいという多勢かずの利を使った立派な戦略である。一人目で相手の実力を看破し、一人目の結果如何いかんでは二人目は相手を負傷させる事を目的として戦い、三人目で確実な勝利を得るという理にかなった戦法。儀間達三人は何れも強者であるが故に今迄一度足りともこの戦法を行った事はないが、三人掛さんにんがかりで勝つ為の戦法を用意してあった。

 誰一人として負けるつもりはないものの、勝てないとあらば次に繋ぐ。これはまさに堂々たる比興な真似、勝ちをる為の正攻法である。

 無論、この戦法を挑戦者が二本先取した時点で勝ちが決まるという賭けの規定に当て嵌めた場合、既に一人目の象山が負けているこの状況で使用すれば賭けとしては儀間達の負けとなる戦法であるが、慶一郎の実力ちからを看破した寧破は賭けを度外視した真剣勝負ほんばんとしてこの勝負を見据えて慶一郎を倒そうとした。即ち、寧破はこの勝負をただ一人でも生き残った側が勝ちといういのちけの戦として認識し、残り二人で確実に慶一郎を倒す為の戦法を実行しようとした。

 だが、儀間はそれを拒んだ。否、慶一郎の武によってそれを

 琉球闘士は実力主義であり、寧破は自身より実力が上の儀間と象山の意思は尊重しなくてはならない。尚、儀間と象山は闘士としてのは親方の号を与えられていた象山が上だが、そのは儀間が上回っており、実戦ではどうなるかは未知数であるものの試合ためしあいでは儀間が象山を二度倒している。

 こうして第二戦は儀間と慶一郎に決定した。


「…ところでジンとやら。お前はさっき当然の如く象山しょうざんの業を容易たやすく打ち破ったが、その理由を教えてくれるか?」


 象山との立合で武器を破壊された慶一郎が新たな武器を選ぶ間に儀間が慶一郎へ問いただした。


「…とやらは無用だ」


「ならばジン。手の内を明かせと云うのは烏滸がましいが聞かせてくれないか?象山しょうざんの放ったあの業は単なる技ではない。俺に向けて放たれていたとしてもお前の様に打ち破れたかわからん妙技を、お前は避けもせずに真っ向から迎えった。結果的にそれが打ち破る為の最善だったが、俺ですら対応に迷意まよいを抱くであろうあの業に対してなぜ即座に真っ向から迎え打ったのだ?」


 象山の業は相手の虚を衝く事で隙を生じさせる絶技であり、それが可能か否かは別として、その業を打ち破るのは真っ向から迎え打つ事が最善策だった。

 二重三重に虚を衝くその業は、両手に何らかの物を手にしている事を前提としている。

 最初はじめに左手に持った物を放つ事から業が始まるが、高速で放たれたとはいえ直線で迫る物をかわす事はそう難しくない為、多くの者がその場から殆ど動かない状態ままとなる。しかし、その直後にその場へ土埃と礫が襲う事で相手は一つ目の虚を衝かれる。相手がそれに動じて横へ逃げた場合、象山は右手に持った物や徒手で追撃を加えて業は成る。

 相手が土埃と礫に動じずに横へ逃げなかった、或いは虚を衝かれたが故に動けなかった場合、土埃と礫に晒されて視界不良となっている相手に対して右手で持っている物を放つ事で前後の動きに制約を与えると共に二つ目の虚を衝く。放たれた物が当たったならば象山は相手に徒手で追撃を加えて業が成る。

 そして、相手が右手から放たれた物を避ける事が出来たとしても、それと同時に突進していた象山自身が三つ目の虚を衝くかたちで現れて徒手による攻撃を加える事で業が成る。

 一つ目から三つ目までの虚とは即ち、意識の間である魔逢を制する事を指し、何れかの段階でそれを為した場合、象山自身の攻撃が実となって業を成す。

 一瞬にして次々と行われる三虚一実さんきょいちじつの攻撃で虚実一体きょじついったいを為すこの業を慶一郎は正面から打ち破った。

 慶一郎は象山の左手より放たれた柄の破片はその業の思惑通りにほぼ動かずにかわしたが、その後が思惑を超越こえていた。

 土埃に晒された慶一郎は瞼を閉じ、礫が風を切って迫る音と僅かな気配によって迫る礫を感じ取り、自身に当てる前に左右に持った木刀で弾いていた。無論、全てを弾く事は出来ずに小石は慶一郎の身体からだに当たり、着物で覆われず露になっている頬などに僅かな傷を負ったが、受ければその衝撃によって隙を生じさせる可能性を持つ一定以上の大きさの礫はことごとく弾き落とした。

 土埃と礫に晒された慶一郎の立つ場から聴こえていた微かな音は慶一郎が礫を弾き落とした音である。

 そして、その後に響いた三度の鈍い音の正体は慶一郎が象山の業を打ち破った音であり、常人には一つの音として聞こえる程のはやさで放たれた慶一郎の連撃の音である。

 一度目の音は旋回して迫る木槍を退しりぞける為に両手の木刀で叩き落とした際に木槍が砕けた音。二度目の音は木槍を叩き落とした慶一郎の前に現れた象山の放った左右の掌底、それを打ち破るべく放たれた慶一郎の左右の打ち上げにより象山の両手首と慶一郎の手にした二つの木刀が砕けた音。三度目は慶一郎が砕けた木刀の柄尻で象山の顎と水月を打ち抜いた音。

 これら全てが一瞬にして起きた事であり、一連の出来事によって慶一郎と象山の立合は結末を迎えた。

 象山は儀間や寧破すら知らぬ業を放つ事で通常の攻撃では当てられぬ自らの攻撃を慶一郎に当てようとしたが、慶一郎はその業を正面から打ち破った。

 琉球闘士の中でも数少ない烈士と呼ばれる程の象山が試合ためしあいでは見せてこなかった実戦用の業、慶一郎がそれを打ち破る事が出来たのには原因りゆうがあった。

 それは…


「この業を初めて視たならば俺も打ち破れなかっただろう…」


「なに?ならばお前は象山しょうざんほどの男が俺や寧破にすら見せてこなかった琉球闘士の秘技を受けた事があるというのか?…お前に業を放ったその琉球闘士がどこの誰なのか教えてくれるのだろうな?」


「ああ、教えてやる。この業は俺の父が見せてくれた業に酷似している。だから対応出来た。琉球闘士とは関係ない」


「なんだと!?」


 その言葉に反応したのは象山だった。



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