第123話「少女」
慶長十九年七月四日。
二人が宿を出たのは既に
(初日から感じていたが、この地は豊臣のお膝元という事など関係なく単純に人々の活気に満ちている。他とは明らかに異なる町の雰囲気がそうさせているのかも知れないな)
「きゃっ!?」
「む!?…おっと、すまないな。少々考え事をしていた故に避け損ね…
「あ?
「
(少女?しかし、今の気配は
慶一郎は自身とぶつかった拍子にその場で尻餅をついた相手を早雪と云ったが、そこには十歳前後とも思われる少女がいた。
その少女は自らぶつかって来たにも関わらず慶一郎を怒鳴り付けた。
「ぶっ…ぶわはははは!確かにこのガキの威勢のよさは
「バカにすんなっ!アタイは女だ!お嬢ちゃんでもガキでもねえ!ふざけたこと云ってるとぶっ殺すぞ!このデカブツ!」
少女は自らに手を差し伸べた喜助の右手を蹴り飛ばし、すぐに立ち上がると逃げる様にしてその場から去った。尚、七尺
「なっ!こら待ちやがれ!っと、今はそんな暇ねえな…それにしても何一つとして可愛いげのねえガキだったな。ありゃあ大人になっても嫁の貰い手に苦労するぜ。なあ
気がついた時には慶一郎はその場から消えていたが、喜助はそれを特に気にする事もなく先に店に行って待つことにした。喜助が気になったのは慶一郎が刀を含めた自身の荷物を全て置いて行った事により、それら全てを自分一人が持ち運ばなくてはならないという事実のみだった。
一方、消えた慶一郎はというと…
「はぁ、はぁ…やっりい!やっぱ狙うならいなかもんに限る!バレねえし平気でたけえもん持ち歩くしな!ふふ、
「随分と楽しそうですね。一体何の話をしているのですか?」
「あん?なにってそりゃあお前、いなかもんからスったもんの中身の話に決まっ…ってうわあ!!?おおお、お前!?お前がなんでここに!?」
「ふふ、残念ですね。
慶一郎は少女とぶつかった際に
結果として、喜助は少女の後を追った慶一郎の動きを見逃して後を追えず、少女と慶一郎は二人きりとなった。
「な、なにを云ってんだ!?こ、これはアタイんだよ!」
「ですがあなたは先程
「そ、そそ、そんなこと云ってねえし。これは拾ったんだ!拾ったもんはアタイのもんだろ!?あ、そうだ!し、証拠はあんのか!?アタイがこれを掏ったっていう証拠は!?」
「ふぅ…わかりました。仕方ありませんね」
「し、仕方ないってお前なにする気だ!?」
「………」
「な、なんだよ?アタイの顔になんか文句あんのか?なにされてもこれはアタイんだかんな!」
「…いえ、何もせずに去ります」
慶一郎は屈んで少女と視線を合わせ、悲しげな
そして、身を
「はあ…
「え?髪の毛?まさか…ウソだろ……」
(ふふ、どうやら効いていますね)
慶一郎は少女の反応を確認しながら更に大きな声で独り言を続けた。
「しかし
「の、呪い!?…ウソだろ……これの中身ってまさかその…ひいっ!!?」
少女は手にした絹製の布袋の中身を見た瞬間に小さな悲鳴を漏らし、それと同時に布袋を地面に落とした。その袋の中には髷が結われた
これは慶一郎が斬り落とした秀頼の髷であり、慶一郎はそれを京都にある
豊国廟とは、
「おや?ありましたね。こんな所に落ちていました。よかったよかった」
そう云いながら慶一郎は布袋を拾い、袂へと仕舞った。その様子を見ていた少女は呪いという言葉に怯えているのか、
「…ああ、気にしないでください。今の話は殆ど嘘ですから。ふふ、私の独り芝居は如何でしたか?その様子ですと騙されたみたいですね」
「なっ!?…お、おお、お前ーっ!!ふざけんなっ!!
少女は顔を紅く染めて怒鳴りながら慶一郎を睨み付けた。
「はは、そう怒らないでください。それに先に偽りを述べたのはあなたですよ」
「えっ!?そ、それは……」
「…何か事情があるのでしょう?私で構わなければ話を聞かせて貰えますか?」
慶一郎は優しい微笑みを少女へ向けた。
だが、少女は何も云わずに下を向くだけだった。
「まあいいでしょう。人には様々な事情があるものですから。ところで、あなたはどうしますか?」
「は?どうってなにがだよ?」
「飯の話ですよ。さっき云ったでしょう、私は飯を喰いに行くと」
「アタイにはかんけーねえだろ…」
「そうですか…これを拾ってくれた礼として御馳走しようと思ったのですが、関係ないと云われてしまったならば仕方がありません。では、機会があれば再びお会いする事もあるでしょう」
「ちょ、ちょっと待った!」
「はい?」
「そ、そんなに礼がしたいならさせてやってもいいぞ!」
「ふふ、そうですか。ではそうさせてください。さあ共に参りましょう」
慶一郎は袂に入れた布袋を指し示しながら礼がしたいという口実を与え、少女はその口実に乗った。それは、普通に誘ってもそれに乗るとは思えない少女に対する慶一郎の気遣いであり、少女もまた
これが、早雪と似た気配を感じさせる少女と慶一郎との出逢いだった。
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