第110話「江戸での出来事」

 慶長十九年七月三日未明。


 これは、慶一郎けいいちろう茶々ちゃちゃに会う為に大坂城へ潜入した日と同日、江戸に建てられた屋敷内で起きた出来事である…


「な、なぜこんな事を…アギッ!?」


「メイレイ…」


「ひいいいいいい!怖いよおかあちゃぁぁぁあん!!…ゲビッ!………」


「コドモ…ビミ…」


「お、おねえちゃん助け…ウギッ!………」


「チ…ニク…ホネ…クラウ…」


 農夫の様な身形をした三人の大男が、まだ五歳にも満たないであろう男児二人とその母親と思われる女の首を無造作にし折った。

 大男達の膂力りょりょくは凄まじく、三人は三人共に顎の先端が天を衝く程に首を折り曲げられ、一瞬にして絶命した三体の死屍しかばねけいからは皮膚を突き破った骨が露出しており、その傷口からはおびただしい量の血が流れ出ていた。

 その血を浴びた大男達は其々に抱えた死屍の剄部に口を当てると流れ出た血をすすりながら肉に喰らいつき、ガリガリと音を立てて骨をむさぼり始めた。


「おかあ様!一郎いちろう幸二こうじ!どうして!どうしてこんな…おとう様…助けて……」


 大男に殺される母親と二人の弟達の姿を目の当たりにしても娘は何も出来ず、泣きながらその場にひざまずいた。

 目の前の現実に対して娘は余りにも無力だった。


「ギヒヒ!安心シロ。父親モ既ニアノ世ダ」


「!!!」


「ダガ娘、オ前ダケハ主サマヘ生キタママ届ケル約束ダ。ダカラオ前ハマダ生キテイラレルゾ」


 家族をみなごろしにされた娘の傍にいる男は、三人の大男と同じく農夫の様な身形みなりをしていたが三人とは対照的な程に小柄だった。


 ボトッ…


「ひいっ!?…いやああああああっ!!」


「キヒィー!ミロミロ!オ前ノカゾクノ生首ガ三ツ揃ッテコッチミテルゾ!オ前ダケ生キテルノガ気ニ入ラナイノカモナァ!?キヒヒヒヒヒ!」


 大男によって剄部の肉と骨を喰い千切られた生首が床に落ちる鈍い音が響き、力無く跪く娘の耳へと届いた。

 肉親の生首が奏でるそのおぞましい音を聞かされた娘は、目の前に広がる受け入れ難い程の現実と身を包む恐怖に失禁しながら瞼を閉じ、両のてのひらで自らの耳を塞いで家族の死屍が喰われる様子と音が自分に届けられる事を拒もうとした。


「……おい。おめえ、軽口かるくちはそのくらいしとけよ…」


「外にまで漏れる殺気と女子おなごの悲鳴、異常おかしいと思い勝手に上がり込んでしまったが…これは何とも無惨な光景よのう…」


 いつの間にか二人の男が部屋の中にいた。

 一人は三人の大男よりも更に大きな天を衝く程のおおおとこであり、天井に頭が付くのを避ける為に体勢を低く保っていた。もう一人もまた常人よりは遥かに大きく、頭が長押なげしよりも高く位置するその体躯からだは五尺七寸程で、腰には一振りの刀を差していた。


「ギヒッ!?オ前ラ何者ダ!?イツノ間ニココヘ!何シニ来タ!」


「俺様が何者かだと?そんなもん聞くだけ無駄だ」


「左様。何故なら…」


「おめえらみてえな下衆げす野郎共は俺様が殺すからだ!」


「貴殿らの様な外道達は我輩がほふってくれようぞ!!!」


 男達は二人同時に声を発し、おおおとこは背負っていた二本の小太刀を抜いて大男達へ向けて跳び、もう一人の男は腰に差していた刀を抜きながら娘の傍にいる小男へ向けて跳んだ。


「何ヲイッ……!!?」


 最初に小男の首が飛んだ。

 宙を舞った小男の生首は血飛沫ちしぶきを撒き散らし、小男の意識が斬られた事を自覚した時には首は既に胴から離れていた。


「むうううんっ!!!」


「ゴアッ!!」


「ゴガアッ!!」


 おおおとこが両手で持った小太刀をふた振りすると二人の大男は同時に胸辺りから横一文字に真っ二つになった。

 そして、次の瞬間…


「グベアッ!!」


 小男を斬った男が逆袈裟さかげさから放った一撃により最後の一人の大男の肉体が斜めに両断され、ゆっくりと地面に滑り落ちた。


「ほほう?又兵衛またべえよ、今の動きを見るに貴殿はまた腕を上げた様だのう。我輩はてっきりのせいで衰えていると思っていたぞ」


年齢としのせいだ?喧嘩売ってんなら買ってやんぞ?」


 又兵衛は慶長十九年時点で既に五十代半ばである。尚、義太夫はまだ四十代で又兵衛より若い。


「誉めておるのだ。年齢としによる衰えが感じられないのは恐ろしい事よ」


「ああん?、おめえ誰にものを云ってやがる。俺様は後藤ごとう又兵衛またべえ様だぜ?死ぬ迄ずっと強くなってやるからおめえも俺様に置いてかれねえ様に精々精進やがれ」


 三人の大男と一人の小男を瞬時に斬り伏せたのは又兵衛と義太夫の二人であった。

 二人はこの日より三日前に慶一郎から任されていた江戸の実情を調べ終えていたが、その中で得た情報からの行動如何いかんでは慶一郎とは異なる意味で天下を揺るがし兼ねないと感じ、その者と会って本心を確認する為に江戸を巡った末にこの屋敷の住人がその者と関わっている事を知り、二人はこの屋敷の住人から話を聞こうとして確実に会う為にまだ誰も起きていないであろう夜明け前に屋敷へとやってきた。

 屋敷に着いた二人が外まで漏れる殺気と娘の悲鳴に異常を感じ取って中へ入ると、屋敷内にいる人間は二人が助けた娘一人を除いて下男下女も含めた全ての人間がみなごろしにされていたのだった…

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