第69話「川原の決闘」

 鉛色の空が立ち込め、まだ夕暮れ前だというのに辺りは少し薄暗くなっていた。

 慶一郎けいいちろう義太夫ぎだゆう喜助きすけの三人は呑み屋から少し歩いた所にある川原にいた。


「もう一度聞こう!うしおは今どこで何をしておる!」


「何度でも云います。うしお殿は死にました。そのうしお殿が今何をしているのか…敢えて例えるならば、土の下で眠っています。永久とわに覚める事のない眠りの中で何も考える事もなく、何も感じる事もない侭に……」


「おいおっさん!あんただってわかってんだろ!?やめろよこんな事!慶一郎けいいちろう!お前もそんな云い方をするな!無駄な争いを避けるのがお前のやり方じゃねえのか!?お前らしくねえぞ!」


「黙れ!!我輩は認めん!!うしおが死んでいい筈がない!!」


喜助きすけ殿、申し訳ありません。私らしくあればこそここは退けません。うしお殿は最期の瞬間まで精一杯生きました。その生様いきざまを示すためには死様しにざまを濁らせてはならない」


 二人は二人共に喜助の言葉に聞く耳を持たなかった。

 それは潮の死に対して互いに想うことがある故の必然だった。

 やがて二人は慶一郎の歩幅にして十数歩、義太夫の歩幅にして五歩から六歩程度の距離に立った状態で向き合った。


「刀を抜けい!!あの日体感させてやれなかった我輩の小太刀術を見せてくれる!!」


「もしもあの日と同様の小太刀術であるならばどれ程楽だったか…抜けと云うならば、私はこちらを抜かせて頂きます」


 そう云うと慶一郎は手にした刀を抜かずに着物の中に手を入れて腰に括り付けてあった短刀を取り出した。


慶一郎けいいちろう、お前それは…!?」


「ええ、早雪さゆき殿の短刀です。そして、今となってはうしお殿の形見でもあります」


「形見だと?」


「はい。喜助きすけ殿もご存知の通り、うしお殿の愛刀は折れた状態で墓前に供えました。ですが、早雪さゆき殿が使っていた二振りの短刀は元々はうしお殿が使っていた物であり、それを早雪さゆき殿が引き継いだ物なのです。先日二人で話した際にその二振りの内の一つを再会の約束の証として預かりました。本来ならば使う事のない預り物の刀ですが、この場に於いてはこれを手にせざるを得ません。私の刀は暫く喜助きすけ殿が預かっておいてください」


慶一郎けいいちろう、お前それで大丈夫なのか?あのおっさんはそんなに…」


「何をしておる!!どの様な武器えものを使おうが構わん!!さっさとせい!!喜助きすけは立会人をせよ!!」


 慶一郎と喜助の会話を義太夫が遮った。

 喜助はその声に従うかたちで慶一郎と義太夫の中間辺りに立った。

 その際に喜助は「お前らが納得出来なかったとしても俺がだと判断したら無理矢理にでも止めるからな?」と云ってから慶一郎から離れた。


喜助きすけ殿…大丈夫です。私は信じています。義太夫ぎだゆう殿を……)


「…慶一郎けいいちろう、おっさん、立会人はこの俺だ。ただし、立会人として殺死合ころしあいは認めねえ。この立合たちあい、相手に触れる剣は全て峰打ちか平打ちだ。それで死んじまったら仕方がねえが、刃を返さねえ真剣勝負ってんなら俺が手を出すからな。覚えておけ!」


「構わん。元より殺すつもりはないわ。しかし立花たちばなよ、下らぬ世迷言よまいごとを聞かせた以上は骨を数本砕かれる覚悟はしておろうな?」


「世迷言、か。義太夫ぎだゆう殿、飽くまでも受け入れられぬのですね。…では喜助きすけ殿、合図をお願いします」


「合図はこの矢だ。俺が放つこの矢があそこの木に突き刺さったら開始だ」


 喜助きすけは弓を構えて一本の矢をつがえると慶一郎と義太夫に視線を送り、五丈程離れた場所にある木へ向けて矢を放った。

 その瞬間、風が止み、木々のざわめきや鳥のさえずりも聞こえなくなった。

 三人のいる川原を包む音は、近くを流れる川の潺湲せせらぎと決闘の幕を開けるその矢が空を切る音だけとなっていた。

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