第60話「色町の共闘」
「絶対に逃がすな!」
「そっちだ!」
「相手は二人だ!」
京都の色町。
町に活気が溢れ出す夕暮れ時、大勢の男達が怒号を上げながら二人の人間を追い回していた。
「そこを退け!邪魔だ!」
「待ちなさい!その者は町人です!斬ってはなりません!」
「ひいいいいいい!!……あれ??死んでない??」
町人と呼ばれたその男は死を意識したが、男が斬られたのは手にしていた武器だけだった。
武器と呼ぶには粗末な棒切れだけが一瞬にして真っ二つにされていた。
「………私が町人を斬るわけがないだろう」
「そうですか?てっきり立ち
「馬鹿を云うな。無関係の者まで
刀を手にした二人組が人混みの中をすり抜けるように駆け抜けていた。
この二人の内の一人は
「ここは通さんぞ!うぐっ!?」
「すみません!数日間は痛みますが死にはしないのでご容赦を!」
(大事に至らぬ腕や胴を狙っての峰打ちか…この男、弱者との戦いに慣れているみたいだな。しかし、迷わず叩き伏せておいて謝罪をするのか…おかしな男だ)
慶一郎と男、二人はこの日が初対面だった。
二人は色町である騒動を起こして大勢の人間に追われていた。
極めて限られた区域ではあるが、色町という浮世離れした空間では情報伝達が非常に早く、慶一郎とその男が騒動を起こした張本人であることは瞬く間に知れ渡った。
その理由は騒動を起こした相手にあった。
二人は騒動を起こした場に同席し、
その間、二人は走りながらずっと会話をしていた。
「そもそもあなたはなぜあの様な無茶をしたのですか?
男は慶一郎のことを責めるかのようにそう云った。
「決着はともかく、私がやらなければお前が同じ
「ふへへへへ!!ここは通…げばっ!?」
「邪魔だ!」
「邪魔です!」
慶一郎と男は同時に破落戸を蹴り飛ばした。
その後も二人は町中を逃げ回りつつ互いに意見をぶつけ合った。慶一郎は男に意見されるとその意見に反論をし、男もまた同じようにした。
二人は追い回されながらも、あえて逃げ切ることをせず、色町から出ようともしなかった。
発端は一人の少女だった───
「おっ?嬢ちゃん見かけねえ顔だな?丁度いい、こっち来て酌しろや。この辺りを彷徨いてるってことはおめえも遊女だろう?」
「あ…あの私は…その…」
「ふっ…まだ陽も射している間から酒ばかり呑んでいる輩の相手など誰もしたくないだろう」
「んだとおっ!?誰だあ!?俺様を誰だと思ってやがるっ!!」
「私だ。お前が誰かは知らぬが私の言葉が癪に触ったのならば謝ろう。しかし、事実は事実だ。それにそのお嬢さんはまだ酒とは縁の無い年齢だろう。酌の相手が欲しいのならば子供に無理強いするのではなく、他の娘を探すのだな」
慶一郎であった。
(色町へ呼び出された時点でこの様な事態に遭遇してもおかしくないとは考えていたが…まさか早々に出くわすとはな。やはり場所を変更して貰うべきだったか?…しかし、賞金首である私が目立つことなく人と会うにはお
この日、慶一郎はある人物と会うために色町へ来ていた。
「おう若造!そのナマイキな口上をもっぺんいってみろやっ!俺様は
「生意気なことを云った覚えは無いが、もう一度云って欲しいのならば云ってやろう。…酌の相手が欲しいのならば他の娘を探せ。その子は若過ぎる。どの様な事情があってその子が
「このやろう!!ぶっ殺してやる!!抜きやがれ!!俺は
(脇差?いや、小太刀か。この男、小太刀使いか……)
慶一郎に対して再び名乗ったその男は手にしていた刀を抜いた。男の抜いたその刀は小太刀であった。
小太刀とは、長さや形状によって様々な名称に分かれる日本刀に於いて、特に扱う者を選ぶ種類である。
一般的な武士が腰帯に差している二本の刀は、それぞれ長い方から
一方で、主に戦場に
小太刀は、一般的な打刀と脇差の中間辺りの長さの刀であり、その長さ故に独特な
「どうした!!さっさと抜け!!
慶一郎の持つ刀は刀身だけで三尺近い長刀であるのに対し、男が抜いた小太刀は刀身が二尺程…共に刀ではあるが、その長さには一尺近い差があった。
「…いいだろう。だが、ここでは周りの者に迷惑だ。少し行ったところに林がある。そこまで着いてこい」
「上等だ!!いくぞてめえら!!」
「おうっ!!」
「よっしゃあ!!」
男が声をかけると周囲の建物から十数人の男達が出てきた。
その男達は各々に武器を手にしていた。
(手下か…この男は何らかの組織の
「全員伏せろ!!」
自身が次に行うべきことを考えていた慶一郎が突然叫んだ。
その声の直後、小さな閃光を伴う大きな破裂音が周囲に響いた。
「ぬぐおっ!?なんだ!!」
「いやあっ!?」
「ちっ!」
(
慶一郎の目の前で何者かにより投げ込まれた花火が炸裂していた。
突然の閃光と破裂音にそこにいた誰もが怯んだ。だが、慶一郎だけは例外だった。
(この花火、煙のみの
「さあ、こっちへ!」
炸裂する花火から立ち上る大量の煙により辺りが白い闇に包まれた頃、慶一郎は揉め事の発端となった少女の手を取った。
そして、慶一郎は少女を連れてその場から逃げようとした。しかし、それは出来なかった。
「
少女が小さくそう云うと、慶一郎は思わず手を離していた。
「すまない。それほど強く握ったつもりはないのだが、痛かったか?…え?」
「驚かせて申し訳ありません。ですが、もうすぐ煙が晴れます。急ぎま…え?」
二人の声はほぼ同時だった。
慶一郎が一瞬前まで握っていた少女の左手の反対側、少女の右側には一人の男がいた。その男は少女の右手を握っていた。
慶一郎とその男は同時に少女の手を握って別方向へ逃げようとしたのだった。
その結果、左右から同時に手を引かれた少女が痛みを訴えたのである。
「ちっ!視ていたのはお前か!?一体何が目的だ!?」
「待ってください!まずはこの子を逃がすのが先決です!」
その男は、慶一郎が感じていた視線を送っていた男だった。得体の知れない男に対して慶一郎は身構えたが、男に悪意がないと感じてそれに従った。
慶一郎はその男と共に少女を連れて走り出した。
「待ちやがれ!てめえら!」
「たった二人で阿武隈団に喧嘩売ってただで済むと思うなよ!」
「全員に伝えろ!絶対に逃がすな!」
───こうして、二人は阿武隈義太夫とあう男に絡まれた少女を助け、色町を逃げ回ることになった。
逃げている途中で二人は少女と別れて囮役を買って出た。
本来ならば二人はともかく少女は狙われる筋合いはないが、事の発端となった人物であるが故にその確証はない。しかし、体力的にいつまでも連れ回すわけにもいかず、かといってこの先に起こり得る
これにより二人は少女が色町を出て安全な
これは、慶長十九年四月二十九日の出来事である。
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