第35話「殺意の終着点」

「ぐっ!?」


「おかしらぁ!ぐえっ!」


「…クソ!テメーら何してやがる!さっさと全員で…なっ!?」


 慶一郎けいいちろうの投げた矢が右耳をかすめた瞬間に右耳を押さえて僅かに身体を右側へと傾けた頭目の男は、体勢を元に戻しながら周囲を見渡して残っている手下達に指示しようとした。

 しかし、体勢を整えた男の眼に飛び込んできたのはにわかには信じられない現実であった。


「全員?へー、まだ仲間がいんのか?」


鬼助きすけ、煽るな。もし仲間がいたらどうするつもりだ」


 頭目の男の左側にいた十数人の男達は、既に鬼助と早雪さゆきによってそのことごとくを倒されていた。

 そして、男が指示しようとしたその瞬間、男の傍にいた弓の射手は鬼助の放った矢が肩に突き刺さり、全員がその場にうずくまっていた。


「ぐぬぬ…なんなんだオメーらはっ!」


「…それはさっきも云ったはずだが?」


 慶一郎はそう云いながらゆっくりと男へ近づいた。

 頭目の男の右側である慶一郎側、そこにいた十数人の男達も既にその悉くが慶一郎に斬られていた。

 それだけでなく、当初は男の付近、慶一郎達がいた家の正面にいた男達も其々それぞれに左右へと加勢し、その加勢した男達は既に悉くが倒れ、三十人余いた男達のうちでこの場に立っているのは、頭目の男とその横にいる二人の男、僅か三人のみになっていた。


「く、来るな!来るんじゃねえっ!お、おいテメーら早くソイツらを止めろ!身体を斬られても矢を喰らっても手くらい動かせんだろうが!クソ!何してやがる!おら!テメーもテメーもさっさも行け!」


「うっ!そんな…がっ!」


「か、かしらぁ…げっ!」


 頭目の男が傍にいた手下の男二人を慶一郎の方へ突き飛ばし、その二人が間合まあいに入った瞬間、慶一郎は迷わず二人を斬り捨てた。即ち二人を殺した。


慶一郎けいいちろう、お前…」


 鬼助は完全に戦意を失っていた二人の男達に対しても一切の手心を加えずにその命を奪った慶一郎を僅かに畏怖した。

 しかし、これは慶一郎にとって当然の行為であった。

 今この瞬間でこそ戦意を失っていた二人の男達だったが、ほんの少し前、戦況が男達有利と思われていた時点迄は、二人は死をもいとわずに慶一郎達の命を奪おうとしていた。

 戦況が有利な時は相手に殺されても構わない覚悟で相手を殺そうとし、戦況が不利になれば相手に殺されたくないから相手を殺そうとするのをやめる。

 その様なを慶一郎は認めていなかった。


 殺意とは、


 慶一郎はそう考えている。

 死合が始まる前ならいざ知らず、死合が始まった以上、一度相手に向けたその殺意が自らに向けられても仕方がない。

 例えそれが戦意を失った後であっても、相手に向けた殺意が自らに返ってきた場合、それを拒むことは出来ない。

 慶一郎はそう考え、それを実行した。

 無論、慶一郎は誰に対しても常に無慈悲なわけではない。だが、今回の相手は山賊であり元武士である。

 相手が元武士である以上は殺意を抱いて死合を始めた以上、その死合の必定ひつじょう、そしては覚悟の上であると慶一郎は判断した。

 それ故に慶一郎はこの場に於いて斬った者達の全てを殺していた。

 早雪と鬼助側にいた男達はそのほとんどが生きているのに対し、慶一郎側にいた男達は悉く絶命していた。


「クソガキが!ナメんじゃねえ!」


「なっ!?炮烙ほうろく玉!?」


「野郎、巻き添えに吹っ飛ぶ気か!?」


 男はふところから小さな炮烙玉を取り出し、それを慶一郎達に見せつけるようにして身体の前に腕を伸ばし、今にも火を点けようとしていた。

 早雪と鬼助はそれを阻止しようと其々それぞれに矢と短刀を構えた。

 しかし、二人がそれを男へ向けて放つ必要はなかった。


「ひぎゃああああああ!!!うう、腕が!?腕がああああ!!」


 早雪と鬼助が男に向けて矢と短刀を放とうと構えた時、その時には既に男の両腕は男の肢体からだの一部では無くなっていた。

 炮烙玉と火種を持っていた筈の男の両腕は肘先二寸辺りで切断され、切断された男の腕の先は血飛沫ちしぶきを撒き散らしながら地面に転がっていた。

 その原因りゆうは慶一郎だった。慶一郎は前に出されていた男の両腕を一瞬のうちに斬り落としていた。


「ぎいいい!いでえ!いでえよおおおお!」


 両腕を斬り落とされた男はその痛みから泣きわめき、肘から先が無くなった腕を出鱈目でたらめに振り回しながら辺りを転げ回っていた。

 その動きにより、早雪と鬼助、そして二人に斬られてうずくまっていた男達の位置にまで男の腕から飛び散る血飛沫が掛かっていた。


「喚くな…お前に訊きたいことがある」


 慶一郎が男に云った。

 その声は冷たかった。


「いぎゃあああ!ぐえ!がは…」


「喚くなと云ったはずだ」


 慶一郎はなおも痛みにもだえる男の喉を刀の峰で打った。


「お、おい慶一郎けいいちろう。そいつに話をさせるのは無理があるんじゃねえか?なあ早雪さゆき


 その様子を見ていた鬼助が思わず口を挟んでいた。


「いや、無理にでも話してもらう。ほかに選択肢はない。無論、ここにいる奴らにも…お前ら!さっさとこの男の元へ集まれ!」


 早雪はそう云って自身と鬼助が倒した男達を無理矢理に引き起こし、頭目の男の元に集まる様に指示した。


「おい早雪さゆき、お前まで何をして…!!」


 鬼助は早雪を止めようと肩を掴もうとしたが、肩を掴む前にそれを止めた。

 この時、鬼助は思い出した。

 早雪をかばって死んだ僧祈そうぎという子供の事、そして、慶一郎と早雪が何をしにこの山賊の棲処すみかに来たのか、早雪の肩を掴もうとして手を伸ばした瞬間に鬼助はそれを思い出した。

 鬼助が掴もうとした早雪の身体は肩から腰にかけて真っ赤に染まっていた。

 それは、早雪自身の身体から流れ出る早雪の血、早雪が斬った男達の返り血、慶一郎が斬った両腕の切断面から飛び散った頭目の男の血、そして、早雪を庇って死んだ僧祈の流した血の色であった。

 血の色に染まった早雪の姿を見た鬼助は早雪を止めることが出来なかった。

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