第21話「早雪の行方」

 慶長十五年十一月十三日―――


 この日、うしおは京都にいた。

 潮は甚五郎じんごろうの死を報告した翌日に信繁のぶしげから新たな密命を受け、再び九度山から抜け出していた。その目的はある人物の家に預けられている信繁の娘、早雪さゆきに会うためである。


「しかし、まさか殿とのに何も知らせぬまま岡山から京都に移動していたとは…全く、あの方も根が雑というか何というか、殿とのを預かっているという自覚は無いのだろうか?…いや、あの方に自覚などあるわけないか」


 潮は当初、九度山を出てから早雪が預けられた人物の現在の家がある岡山へ行ったが、そこには早雪が預けられた人物の家は無かった。

 当てが外れた潮は、岡山でその人物が京都へ移り住んだことを突き止めると急いで京都へ向かい、京都へ着くなりその人物の家を探し当て、その家を訪ねていた。


「ここか…頼もーう!誰からぬか!頼もーう!」


 潮は家の外から声をかけた。しかし、返事はなかった。


「むう…留守か?いや、念のためもう一度…頼もーう!!頼もーう!!!」


「こんな朝早くから何ですか!騒々しい!そんな大声を出さなくても聴こえています!」


 再び潮が声をかけると家の中から不機嫌そうな女が、いかにも寝起きという身形みなりで顔を出した。時刻はまだ日が昇り始めた早朝であり、女が寝起きというのも仕方がないことであった。

 潮は誰かの元を訪ねる時、決まって早朝に訪ねることにしていた。それは、早朝という時間帯が他の時間帯に比べて留守の可能性が低いからである。


「これは申し訳ない。声をかけたものの返事がなかったもので。ここに早雪さゆきという女人にょにんは…早雪さゆき殿!?」


「えっ!?…うしおさん!?なぜここに!?」


 寝起きで応対したこの女こそ、潮が会いに来た早雪本人であった。


「あ…し、少々お待ちください!」


 訪問者が既知の仲である潮とは知らず、ぞんざいな態度と身形で接してしまった早雪は慌てて家の中へ引っ込み、暫くすると身形を整えて再び現れた。


「お待たせしました。うしおさん、此度こたびのご用は何でしょうか?ともあれ中へ御入りください」


「え…ああ、はい。わかりました。では、失礼します」


 先程とは全く異なる丁寧で淑やかな早雪の態度に戸惑いつつも、潮は云われるがままに家の中へと入った。

 そして、客間へ通された潮は早雪と向き合う様にして座った。


「あの…うしおさん?」


「何でしょう、早雪さゆき殿」


「先程の事ですが…」


「無論、殿とのには云いませんから安心してください。いやはや、前回お会いした時から全然変わらぬご様子で安心致しました」


 潮は今回の訪問以前から数年に一度、九度山への蟄居ちっきょを免れた早雪の元を訪れ、その様子を信繁に直接伝える役目を担っていた。


「前回と変わらない…それは私がまだまだ子供だと云いたいのですか?」


 早雪はやや不機嫌そうな顔をしていた。

 最後に潮と早雪が会ったのはこの時から約三年前であり、早雪はまだ十一歳だった。それから三年の月日が経ち、早雪もそれなりに成長していたつもりでいたが、そんな早雪に対して潮は変わらないと云った。それが早雪は気に入らなかった。


「いえ、その様な意味では決して…」


「ではどういう意味なのですか?私はこれでも女人として成長したつもりですが?」


「くっくっくっ…ガキが何云ってやがる」


 慌てる潮と、その潮を問いただす早雪の様子を客間の外で笑いながら見ている男が居た。

 その笑い声で潮はやっとその男の存在に気がついた。

 潮は小姓の頃に甚五郎の圧倒的な武に触れて以来、武芸を磨き続けてきた武芸に秀でた者である。その実力は武芸者として一流と云えた。

 しかし、笑い声を発したその男は、潮に全く気取けどられる事なく一刀を浴びせることが可能なまで詰めていた。


「なっ!?後藤ごとう殿、いつの間にそこに!?」


「お前の知らぬ間にだ、うしお


又兵衛またべえ様!私がガキとはどういうことですか!」


 早雪は自身をガキと云った男に対して抗議の言葉を投げ掛けた。

 その男の名は後藤ごとう又兵衛またべえ。生来の名は後藤ごとう基次もとつぐという。


「ああ?ガキをガキと云って何が悪い。くっくっくっ…」


「くっ!この…」


早雪さゆき殿、抑えてください。いつもの事でしょう?」


 潮が早雪を制止した。

 そして、潮は又兵衛の方へ向き直り、改めて挨拶をした。


後藤ごとう殿、失礼ながら早雪さゆき殿より許しを得てお邪魔しております」


「おう!よく来たな。だがうしお、邪魔をするならすぐ帰れ」


又兵衛またべえ様!そんな云い方はうしおさんに失礼です!即刻云い改めてください!」


 早雪は繰り返される又兵衛の横柄な態度に腹を立てていた。

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