第20話「慟哭」
慶長十五年十一月一日―――
「なにっ!
甚五郎の
「はい…誠に申し上げにくいのですが、…確かな事実でございます。
信繁に頭を下げたままそう云ったのは、信繁の密命を受けて甚五郎を探していた
潮は甚五郎を襲撃した者達を賊と云った。これは裏で糸を引いた徳川を賊と呼んだということである。
「くそッ!やっと見つけ出したというのにみすみす死なせてしまうなんて俺はなんて馬鹿なんだ!」
信繁はやり場のない怒りと自責の念から壁を殴り付けた。その衝撃で壁には穴が開き、家が揺れた。
「
「何が
「
信繁を制止する潮の言葉は信繁には届かなかった。
信繁は怒りと悲しみを拳と言葉に込め、それをまるで自らにぶつけるかの様に壁や柱を繰り返し殴り付けた。その拳からは鮮血が飛び散り、その瞳からは涙が溢れ出ていた。
拳から飛び散る血は信繁の怒り、瞳から溢れる涙は信繁の悲しみ、口から吐き出される言葉は信繁の無念そのものだった。
信繁は
この時の
「
「があああああああ!!!」
「
「うあああああああ!!!」
源二郎の名を呼ぶ微かな声は信繁の耳に届かず、信繁は自傷行為にも似た壁や柱への殴打を続けていた。
「
不意にその声は大きくなり、その声で信繁の動きは
「ち、父上…!?」
「
声の主は信繁の父である
老体となり、蟄居中の貧困生活で
「がはっ!うぐぐ……
「父上!無理をされてはなりませぬ!」
「
血を吐きながら話す昌幸に信繁も潮も困惑していた。しかし、そんな二人を余所にして昌幸は凛然たる態度で話し始めた。
「
「父上!
「大事ない…気にするな……ごはっ!」
「
医者を呼びに行こうとした潮の腕を昌幸が掴み、それを制止した。潮の腕を掴む昌幸の手に込められた力は凄まじく、病や年齢を全く感じさせなかった。
「
潮には昌幸のこの言葉に従う以外の選択肢はなかった。それ程に昌幸の言葉と潮の腕を掴む手に込められた気迫が凄まじかった。
昌幸の言葉により落ち着きを取り戻した信繁は、昌幸をそこに同席させ、改めて潮から甚五郎の死の詳細を聞いた。
「―――というわけでございます。最期は火計により燃える山中で、火縄の弾と弓の矢を身体に多数受けながら尚も
「そうか…
昌幸は
「
信繁は慶一郎を案じていた。
救うことが出来なかった甚五郎。その甚五郎が育てて遺した宿命の子、慶一郎。信繁は慶一郎だけでも生きていて欲しかった。
それが一人の男の死に哭いた男のせめてもの願いだった。
「それが…刺客に成り済まして山中に潜り込む事は出来たものの、
「そうか…連馬なら刺客に追い付かれて捕まったとは考えられん。
「
昌幸は一度慶一郎を慶と呼び、それを云い直した。ここに居る三人の内、昌幸だけは慶一郎の真の名と真の性を知っていた。
信繁も潮も慶一郎が
「見ました。やや遠目ながらこの二つの眼で確かに。まだ十二歳でありながら何処と無く
「そうか…
あの日とは、上田合戦の最中で甚五郎が真田領内へ侵入し、信繁と刃を交えたあの日である。
潮はあの日、甚五郎に無刀にて斬られ、その
「
「なっ!?父上、これ以上どんな秘密があるのですか!?」
信繁は驚きを隠せなかった。
そして、昌幸は慶一郎の真の名と真の性を信繁と潮に明かした。
「大殿、なぜわざわざ男と偽る必要があったのですか?
疑問を投げ掛けたのは潮だった。その疑問は
立花慶一郎こと立花慶が生まれた日と同年同月同日に秀吉はこの世を去り、その際に豊臣家は
この時、秀頼は僅か五歳である。
「それはな…ぐはっ!」
「父上!話はここまでにしましょう。これ以上は父上の御身体が持ちませぬ」
繰り返し
「わしの身体は心配するな…自分の身体だ…わしが一番わかっておるわ…まだ死なんよ…だが、今日全てを語らなければ二度と語れぬやも知れん……」
昌幸は自身の身体がそう長く持たない事を察し、自らが知る全てを話そうとしていた。それは、
「
「
「ああ、
それから、昌幸は信繁と潮に甚五郎から聞いた全てを話した。
「…そ、そんなことが!?」
「お、
この時、昌幸が語った話は信繁も潮も簡単には信じられない内容であった。
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