第121話 漢字を広めるよ!(マジで)

 板の間で平伏して。

 私はとてつもないプレッシャーを感じていた。


 ……感覚で、分かるんだ。


 この御簾の向こうに居る人、人間の魂を持ってない、って。


 無論、生物学的にただの人間でないはずが無いの、分かってるんだけど。

 オーラの質が違うんだ……


 私はこれまでの人生で、オロチ神殿の司祭長のダイソーさんから「偉い人のオーラ」ってものを浴びせられた。

 そしてフリーダから「悪鬼のオーラ」というものを浴びた気がする。


 ダイソーさんの「偉い人のオーラ」っていうのは、研鑽を積んだ人間なら誰でも辿り着く可能性のある、人間の域を出ていないものだったと思う。


 そしてフリーダの「悪鬼のオーラ」は、知能だけ高い、邪悪な子供のような、自分のことしか考えていない、人間の昏い淀みの集大成……ある意味、これも人間のオーラだったと思うんだ。暗黒面という意味で。


 でも、この王様が……国王陛下が発してるオーラって……それと違うんだよね。

 人間を超越してるっていうか……。


 これが、生まれながらに国を背負う宿命を背負って、育ってきて、その地位に就いた人間の発するオーラなんだ……!


 これだったら、大貴族も襟を正して、陛下から任された政治を恣にしようなんてなかなか考えないだろうねぇ……

 こんなオーラを発する人に見られているのに、自分の欲望を追求して「これぐらい、いいだろ?」なんて。

 言えないよ。まともな神経をしていたら……


 それが、肌で分かってしまった。


 王のオーラに気圧されてしまった私は、ずっと平伏していた。

 どのくらいそうしていたのか正直分からない。


 1時間くらいそうしていたかもしれないし、数分だったかもしれない。


 そのくらい、気圧されていた。

 時間の感覚が無くなっちゃうほど。


「……我らの王国に仇なし、先王の命を狙いし、逆賊フリーダを討ち取ったとのこと……高く評価しておるぞ」


 突然だった。


 深みのある男性の声がしたんだ。


 ……私にはそれが、天から響いてきたように聞こえた……


 それで、時間が動き出したような感覚があった。


 ……瞬間、ざわっ、と空気が鳴った……気がした。


 後で聞いたんだけど、国王陛下が直接謁見者に言葉を掛けること自体が超レアケースだったらしく。(普通はお付きのお妃を通じて伝言形式で会話するらしい)


 ようは、この男性の声は、国王陛下の声だったんだ。


 そこに気づいたとき。

 私は冷や汗? ……いや脂汗? が、ダラダラ出てきてた。


 ……私、このまま死ぬんじゃなかろうか?


 そう思えるくらい、心臓がドキドキしてる。


 ひええええ……


 光栄だけど、早くこの場から去りたいなぁ……!


「クミ・ヤマモトよ」


 ……名前を呼ばれた!


 一瞬、固まりそうになったけど、私はすかさず返事する。


「ハイッ! 陛下! ありがとうございます!」


 まるで体育会系みたいに、私は精一杯の声で返事をした。


 エレガントさなんて、気にしてる余裕が無い。情けないけど。


 ……幸い、国王陛下はそんな私に呆れるということは無かったみたいで。


「望みの褒美を取らせる。なんなりと申すがよい」


 ……そんな事を言われてしまった。


 の、望みの褒美……!?


 何でも良いの?


 一生かかっても使いきれないほどのお金でも、メイドさん付きの大きなお屋敷でも、もしくは、貴族への仲間入りでも……?


 私の頭の中を、物欲が駆け巡った。


 そして一瞬、それに飲まれそうになったんだけど……


 ふと、思い出したんだ。



 前の世界で、とんでもない宝くじに当たったばっかりに、人生を棒に振った人の話。

 結構聞いたよね、って。


 巨万の富を得たばかりに、人間関係が壊れ、壊し、裏切られ、破滅。


 ……降って湧いた財産って、人間を変えるから……。


 陛下のお言葉は光栄だけど、これをそのまま受け取るのは、果たして私の家族にとって幸せなのかな……?


 そこに、思い当たった。


 ……どうしよう……と思った、そのときだった。



『……王様があなたのファンになれば、話は別かな』



 ……あ。


 オータムさんとあの日、話したこと。

 それを思い出した。


 私の夢……

 そうなればいいな、ってずっと思っていた事……


 このゴール王国に、漢字を広める。


 その事を。


 ……今だよ。

 今がそのときじゃない!?


 私は深呼吸した。

 堂々と話して、陛下に聞いていただかないといけないから。


 そして、言ったんだ。


「……金銀財宝に関しては、財宝は人の心を変えてしまう恐れがあります。私の大切な家族がそれで壊れてしまうのが恐ろしいので、辞退を申し上げます」


 言い切った。金銭のご褒美は要らない、って。

 ……失礼にならないよね……?


「……ほう。財宝は要らぬと申すか」


 陛下の声音には、やや感心したような響きがあった。

 この場面で、財宝や地位を要求しないことに好感を持ってもらえたのかもしれない。


 良かった。失礼だと思われて、ご機嫌を損ねなくて……

 むしろ、ちょっと気に入ってもらえたかも……?


 ……けど。


 ここからよ!


「……代わりに!」


 顔は上げない。上げずに、続けた。


「私は帰化人です。私の故郷には、ひらがなカタカナ、数字の他にもうひとつ文字があって、漢字と言うのですが……陛下、この字をこの王国で使っていただけないでしょうか?」


 ……言えた。


 言っちゃった……!!


 言っちゃったよ……!!


 ぶるぶる、震える。

 やってしまったことに関する興奮だ。


「……漢字、とな?」


 それは一体何だ? と言外に言っている陛下の声。


 私は言った。


「数字のように、文字に意味を乗せる文字でございます」


「……ほぉ?」


 このとき。

 私は自分の勝利を感じ取った。


 私の話、陛下に興味を持ってもらえてる!


 私は、少し迷ったが、畳みかけることにした。


「漢字を用いることで、文章の読みやすさは格段に上がります。私はこの国に帰化させていただいて大変な喜びを与えていただきました……そのご恩を返す意味でも、どうか、漢字を広めてはいただけないでしょうか?」


 あえて「今のこの国の文章は読みにくい」とは言わない。

 陛下の機嫌を損ねるかもしれないし。


「金銀財宝よりも、我らの国の発展を望むと……?」


「陛下のゴール王国が発展すれば、私の家族も幸せになれます。十分な、ご褒美でございます」


 ゴマをする気は無いけど、なるべく聞き入れてもらえるように。

 嘘偽りない範囲で、お願いをした。


 下手に莫大な財宝を貰うより、国全体が発展する方が私は嬉しい。

 子供の養育費や生活費は、家族でこれからも働いて稼げば、十分稼いで行ける確信が私にはあったから。


 そして……国全体が幸せになれば、自ずと私の家族も幸せになれる!


「なるほど。見上げた心掛けよ」


 陛下の声は、嬉し気だった。

 そしてしばらく、間があって、陛下のお言葉はこう続いた。


「……5大公家の者たちに、この者の話を前向きに聞くように話しておくように」


 多分、傍に居るお妃に向けてだろう。

 陛下のそんなお言葉があって。


 私は、この世界に来て、叶えたいと思っていた夢が叶う確信を得たのだった。



 ……やったあ!!


 私……絶対に5大公の人たちに漢字の素晴らしさを分かってもらって……5大公を、五大公に。


 そして4てんのうを、四天王にしてみせるよ!!

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