第117話 やっちゃえ、ママ

★★★(クミ)



 ……どうしたの?

 オマエは記憶が読めるんだよね?


 驚き過ぎて、思わず中断しちゃった?


 ……ワンテンポ遅れたフリーダの表情の変化で、私はいくらか冷静さを取り戻せた気がする。


 さっきまで、打つ手無しの状態だったけど。

 言葉でしか、対抗できない状態だったけど。


 もはやこれまで、っていうときだった。


 私は……自分の中に、別の誰かの血が流れてることに気が付いたんだ。


 それを意識したとき、これが出来ていた。

 


 そう……



 



 誤解してる人も多いけど、別に胎児の中に流れる血液は、母親の血液じゃない。

 けれど。


 この子は、私の血液から生存と成長に必要なものを受け取っている。


 だから、私とこの子は、血液を通した繋がりがある。



 私がトミから引き継いだ異能は「血を操る力」


 そこから引き出された、この異能……



 妊娠中、胎児が異能使いの才能を秘めていたとき。

 私はその子の異能を使うことが出来る!



 ……だから……


 フリーダ、オマエには私のこの異能はコピー出来ない。

 だって、私のものじゃ無いんだもの。


 それに……私のお腹の中まではオマエは見えないからね!


 これはサトルさんが私に授けてくれて、トミの力を引き継いだ結果、使える力。

 そしてこの子が、私のために貸してくれた力だッ!


 他人のものを盗み続けてきたお前を倒すのに相応しい力だよねッ!?



 それがどんなものか理解すらせず、衝動のままに、オータムさんの姿を盗んだフリーダの『操髪斬』の髪の毛を切断したけど。


 ここに来て、私の頭の中に、キーワードのようにその能力の概要が浮かんでくる。


『レーザー手刀』


『超音速モード』


『俯瞰視界』


『超動体視力』


 ……いける!

 この子の異能なら、フリーダを倒せる!


 私はそう確信し、強い視線をアイツに向けた。


 フリーダは……オータムさんの姿をしたフリーダは……


 血の気が引き、怯え切ってて……


 オータムさんの顔のはずなのに、似ても似つかなかった。

 別人の顔になっていた。


 ……まるで


 追い詰められたドブネズミの顔だった……。



★★★(フリーダ)



 ……何なんだ……?

 ……何なんだ一体……!?


 あの……!?


 僕が、クミの謎の能力の出所を知り、自分にはこれをコピーする術が無いことを知り、血が凍った後だった。


 いつの間にか、居た。


 クミ自身には見えていないらしい。

 まるで、反応が無かったから。


 肩のあたりで切り揃えた金髪の、若い女だった。


 酷く綺麗な女で、見事な体型をしていた。


 豊かな胸部。折れそうなほどに細い腰。見事なラインの尻から太腿のライン……

 大きな瞳。薄い唇。そして可憐な鼻筋……


 そして黒いセーラー服を着ていて……裸足。


 そんな女が、宙に浮くように、傍に居たんだ。


 この世のものでは無い。

 それが一目で分かった。


 その金髪の女は、僕の事を面白そうに見つめ、そっと、クミに耳打ちをした。


 途端に、僕の中にイメージが流れ込んでくる……



『レーザー手刀』


 ……モノを灼き貫く光を手刀に纏わせ、万物を切断する刃と化す異能技。


『超音速モード』


 ……音よりも速い速度で行動する異能技。


『俯瞰視界』


 ……光を操り、自分を俯瞰で見る視界情報を得る異能技。


『超動体視力』


 ……高速で動くものを、まるで止まっているのと同じように目で捉える異能技。



 ……なんだそれ。

 デタラメ過ぎる……!!


 それが今、クミの腹の中にあるという、胎児の異能だって言うのか……?


 あ……そうか。


 あの女……クミの胎児の中身かッ!?


 何なんだ……?

 転生者か!?


 金髪の女はそんな僕をチラチラと、面白そうに……いや、蔑むように見て微笑み。


 さらに何事かクミに呟いて、ふわり、と彼女の背中に回ってクミにしなだれかかった。

 声は全く聞こえなかった。


 そして、クミの肩越しに僕をニヤニヤと見つめ。

 僕を指差し、こう、言ったんだ。


 重ねて言うが、声は聞こえない。


 ただ、唇の動きで分かったんだ。



『やっちゃえ、ママ』



 ……ひっ!


 逃げなければ!

 僕はこの時、もはや忘れかけていた「死に際の恐怖」というものを味わっていた。


 血液が冷却し、心臓が破裂しそうな程に鼓動する。


 まずい!


 今の状況で、僕はクミに対抗する手段が無い!!


 戦えば必ず殺される! しかも一方的に!


 嫌だ! そんなの嫌だ!!


 僕は自由王だぞ!? 究極の神官なんだ!!


 こんなところで死んでいい存在じゃ無いんだ!


 嫌だ!! 嫌だあああああああああ!!


 迷っている暇は無かった。


 僕は天舞の術の力で、全力で飛翔した。


 ぐんぐん、地面が遠ざかる。


 ……襲ってくるな……! 頼む……!


 こんなことを願う事。

 屈辱的だったが、そんな事を気にする余裕が僕には無かった。


 大丈夫だ……空に逃げさえすれば、異能の力では追っては来れない……!

 クミは『天舞の術』に劣る『飛翔の術』しか使えないんだ。

 魔法でしか僕を追うことが出来ない以上、上空に逃げれば逃げ切ることが……!



★★★(クミ)



『これからよろしくね。ママ』


『生まれたら、ちゃんと可愛がってね』


『その代わり、今はアタシの力を貸してあげる』


 ……そんな声が聞こえた気がした。

 ありがとう……ありがとうね。


 この局面で、私のところに来てくれて、ありがとう……!


 フリーダは、私を見て、後退っていた。

 今の私には、絶対に勝てないってことを私の頭の中を覗いて理解したんだろう。


 ……逃がさないよ。


 今のこの状況、千載一遇のチャンスなんだ。


 一目見ただけで、他人の築き上げたものを全て盗み取ってしまう、凶悪な魔神の王を打倒するための……!

 私たちの幸せの屋台骨を支えてくれるゴール王国を、見下げ果てた卑しい理由で破壊しようとする悪鬼を討伐するための……!


 私は『レーザー手刀』を発動させた両手を構えて、一歩踏み出した。


 そのときだった。


 フリーダが、飛んで逃げたんだ。

 ものすごいスピード。


 多分、風の精霊魔法の『天舞の術』

 私には使う事の出来ない、『飛翔の術』のほぼ上位互換と言っていい魔法。


 その速さはすさまじく。

 上空のフリーダの大きさがみるみる小さくなっていく。


 飛翔の術と全然違う、そのスピード……


「雷の精霊よ。私に空を舞う力を」


 そして私は。

 それに対抗するために『飛翔の術』の呪文を唱えた。



★★★(フリーダ)



 やった……!


 これだけ地上から離れれば、もうどうやっても届かない。

 いくら音より速く動けるとしても、それが生身なら、ここまでは絶対に跳んではこれない。


 逃げ切れるッ!

 逃げ切れるんだッ……!


 こみ上げる安堵。

 喜び。


 助かった……!


 危なかった。

 死ぬところだった。


 ……しかし、許さない。


 よくも僕をビビらせたな!?


 この屈辱は絶対に忘れないッ!!


 見てろッ!?


 その腹の子が生まれた頃を見計らって、ガキと一緒に殺してやるよッ!


 僕がお前に勝てないのは、あくまでお前がそのガキを孕んでいるこの現在だけの話なんだからなッ!?

 それを思い知らせてやるッ!


 僕は地上を振り返った。

 この屈辱を忘れないために。


 ……見た。


 眼下の草原には、誰も居なかった。


 ……え?


「逃がさないよ」


 ……後ろから聞き覚えのある女の声。

 振り返ると……


 丸眼鏡を掛けた、知的な容貌のショートカットの女……


 今の僕にとっての死神……



 クミが居た。



 え……?


 なんでここにこいつが居るの……?


 あ……


 そこで、やっと理解した。


『超音速モード』


 この能力、別に肉体を強化してそれを実現してるわけじゃないのか。


 ……時間を、早回しにしてるんだ。


 それで結果的に、音の速度を超えているような状況を作ってる……


 だから……


 魔法との併用が、可能なのか……


 そこに考え至ったとき。


 クミの手刀が真横に閃き。


 僕の首が、宙を舞っていた。


 あ……


 それだけでは終わらない。


 クミは輝く手刀を振るって、僕の身体を斬り刻む。

 滅多やたらに、無秩序に。



 首だけになった僕は、それを見ていた。

 何もできずに。


 細切れになった僕の身体が、端から塵になって消えていく。


 そんな……やめろ……!


「やめろおおおおおおおおお!!」


 僕は叫んだ。


 そこで、クミが僕を強い眼光で見据えてきて。

 接近し……


 輝く手刀……レーザー手刀を縦に振るった。


 その瞬間。


 僕の視界が、真ん中から上下にズレた。


 あ……



★★★(クミ)



「あぎゃあああああああ!!」


 自由王を名乗った究極の混沌神官だった男は、最期はそんな尊厳も何も無い、ドブネズミのような声をあげて消え去っていった。


 ……手前勝手な国盗りは、地獄か魔界で続きをやるのね。自由王。


 この世にあなたの居場所なんて、無いんだから……。


 私は一片の情けも掛けずに、最後に残ったフリーダの生首を、縦に真っ二つ。

 ふたつになった瞬間、生首は黒色に変化し、塵になって消え去った。


 ……完全抹殺。


 ……終わった。


 勝てた………。


 犠牲は大きかったけど……勝てました……オータムさん……。


 私は私を勝たせてくれた、この子の居るお腹をさすりながら、地上を見下ろした。


 ……地上には、まだ、倒されてしまったオータムさんが居る。

 そのままにはしておけないよ……!

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