第106話 私が来た!
★★★(サトル)
……助かった!
俺が思ったのはまずそれだった。
もう、完全に死ぬコースだと思ってて、絶望してたのに。
ありがとう……本当にありがとう……。
俺は心の底から、奥さんの友達に感謝した。
「あ……ありがとうございます」
親父も同じ気持ちだったようだ。
100キロカマキリを、多分魔法を駆使して倒してくれたセンナさんに、恐る恐ると言った感じで、礼を言っていた。
俺とセンナさんに面識があるっぽいのを、見て感じたのか、どう対応するべきか迷ってるように思った。
だから、言ったよ。
「こちら、センナさん。クミさんの友達」
「どうも。センナ・カムラと言います。クミちゃんとは仲良くさせていただいてます」
ペコリ。
頭を下げる。
……さすがはメシア様の神官をやれるだけのことはあって、この辺の礼儀正しさはしっかりしてるよなぁ。
「これはこれは。どうもウチの者がお世話に」
と、親父も応える。
……一瞬、この今の状況を忘れそうになってしまった。
何をまったりしてるんだ!
それどころじゃないだろ!
「は、早く逃げよう!」
俺は慌ててそう言い放つ。
こんな危険な場所、1秒だって居たくない!
早く安全なところに! 皆で!
「無論、そのつもりですぞ」
……そこに、もう1人。
モヒカンの、屈強な革鎧の男性戦士。
……アイアさんの叔父さんのガンダさんだ。
その後ろに、センナさんの、多分お父さん……が付き従っていた。
前にセンナさんの蕎麦屋に行ったとき、厨房にいた店主さんがこの顔だった気がする。
「アテはあります。行きましょう。クミ殿のご家族はこれで全部ですか?」
ガンダさん、油断のない顔でそう続けて来た。
あと、爺ちゃんが居る……と俺は言おうとした。
そのときだ。
ふと、こんな考えが湧いたんだ。
この状況で、危険地帯にまで救いに行くのはリスクが高すぎる。
諦めてくだされ。
……そう、言われたらどうしよう?
その時の俺は「冗談じゃない! だったら爺ちゃんは俺が助けに行く!」
……そう言える自信が、無かった。
もしそう言われたら「……爺ちゃんは諦めます」
そう言ってしまうかもしれない。
そう、薄々思っていた。
いや、多分俺の中ではそういう気持ちが整っていたんだろう。
どうしても、死にたくなかったんだ。
俺はまだ、クミさんに自分の子供を産んでもらってない。
どうしても、自分の子供を自分の腕で抱きたかったんだ。
その想いと、爺ちゃんの命を天秤に掛け……想いの方が勝ってしまってた。
だから、一瞬躊躇した。
そんな鬼みたいな想いを吐露することを導きかねない、その一言を。
すると
「まだ僕の親父が自宅にいるはずです。……助けてもらえるのでしょうか?」
親父が、言ってくれた。
……親父!
もし拒否されたら、親父は何て言うんだろう?
……多分「だったら僕が行きます」って言う気がした。
人任せだ。
卑しい。
でも、俺は黙って見守る以外出来なくなってたんだ。
……最低だ。
そう、思ったけど。
俺にはどうしようもなかった。
クミさんに知られたくない。
俺がそんな決断を考えていたことを。
罪悪感が、自己嫌悪が、俺を圧し潰していく……
だけど。
「センナ殿、周囲に邪悪の気配は?」
親父の言葉を受け、ガンダさんがこう聞いた。
すると、センナさんは
「今倒した奴以外、現在近辺に邪悪の気配は無いですよ。……自宅ってこの近くですよね?」
そう、言ってくれたんだ。
だから俺は、最低の発言をしなくて済んだんだ。
済んだんだ……。
★★★(モブ冒険者)
「あぎゃああああ!」
俺の目の前で、警備兵のおっさんが吹っ飛ばされる。
1本角のオウガの爪の一撃をまともに受けたんだ。
顔面を完全に潰されてた。あの鋭い爪でざっくりと。
なんてパワーだ……
こいつら、人の体型はしてるけど。パワーが全く人じゃない。
一撃をまともに貰えば、一発で潰される。
なのに。
こっちの攻撃は、まともに通らない。
俺も槍で何度か突くことに成功してるけど、大ダメージを与えるに至ってない。
ちょっと食い込んで、そこで止まるだけなんだ。
それに、あまり全力で突いたら、その隙を突かれてこちらがやられる予感がする。
ハッキリ言って、勝つ道筋が見えてない。
……応戦を諦めて、籠城するしか無いんだろうか?
でも……
援軍が来ない上での籠城をする体力が、今のスタートの街にあるか?
ここ、国境近くでも無いから、多分そんな想定して無いだろうし……
それにだ。
確か魔神って、食事しないんだよな。
いや食おうと思えば食えるけど、生存に飲食が要らんらしい。
……兵隊としては最高の連中だわ。
兵糧が不要なんだから。
おまけに自分の命を惜しんだりしないだろうし。
……最悪だ。
籠城を決め込んでも、事態が良くなるとは全く思えない。
死期が少し伸びるだけだ。
すると。
「街中で、猛獣が暴れてる!!」
誰かの叫びが耳に飛び込んで来る。
……なんだって!?
門の防衛戦だけでも厳しいのに、街中で猛獣!?
一体、どこから入り込んだんだ!?
この情報で、籠城するという選択肢も怪しくなってきた。
籠城しても、まともに生存への道筋を歩めるのか?
そう、思うから。
……酒場のあの子は無事なのか?
今の俺には、それだけが気がかりだった。
頼む。無事で居てくれ……
生きて帰っても、キミが死んでいたら、俺は何のために戦ったのか分からなくなってしまう……!
「モロイ。モロイゾニンゲン」
俺の前に立ち塞がっている1本角のオウガが、発音がちょっと歪だったけど、そう発してきた。
完全に俺たちを舐め切っている。
だが、俺は情けないことに、それに対して悔しさを覚える前に、怯えている自分に気づき始めている。
心が、負けに傾きつつある。
ああ……
できることなら、いますぐに戦いを投げ出して、逃げたいよ。
でも、そんなことをすれば酒場のあの子が……!
そんなとき。
ふと、思い出した。
黒衣の魔女・オータム……
白兵戦無双の女戦鬼・アイア……
このスタートの街の冒険者で、抜きんでたビッグネーム。
彼女らは、どこにいってしまったのか……?
逃げた……?
敵に恐れをなして……?
そんなわけはない。
彼女らほどの人物が、挑みもせずに逃げるなんて……そんなこと……あるはずが……!
きっと、運悪くこの街に居ないんだ。
それか、敵が彼女らの不在を見計らって攻めてきたんだ……!
彼女らさえ……彼女らさえ居てくれたら……!
「サァ、ソロソロ死ヌがヨイ」
俺がそんな風に、この場に居ないビッグネームのことを考えていたら。
目の前の1本角が、鉤爪の生えた手を振り上げ、そう宣言する。
……思い上がりじゃない。
事実だ。
こいつは、その気になれば俺の命を取れる。
これまでは、その気になって無かったからそうされなかっただけ。
それが、これから実行される……!
くそう……くそう……
俺は、死ぬのか……
酒場のあの子に、気持ちを伝えることもできず……!
震える。
でも……
俺はせめて、見苦しい最期だけはすまいと耐えた。
耐えようとした……
悲鳴が洩れないように歯を食いしばり。
振り上げられた腕を見つめる。
その腕が……
吹っ飛んだ。
「!!」
……突如、滑り込んでくるように突進してきた大きな人影。
それが、オウガの間合いに踏み込むと同時。
手にしていた両手持ち巨大戦斧で斬り上げて、その腕を肘から切断したのだ。
その戦斧……見覚えがあった。
使い手の上半身の大きさよりもさらに大きい、冗談みたいな刃。
ヒヒイロカネで作られているため、赤い色で。
同色の全身鎧で身を包んでいる。
兜も被ってて、その兜は面貌に竜をイメージする意匠が施されていた……
この姿の戦士は……顔は面貌で見えないが、俺は知っていた。
「あ、アンタは!」
「ナ……!バカナ!!」
歓喜の声をあげる俺と、驚愕で硬直するオウガ。
己の絶対有利の状況が、一瞬でひっくり返ったことが受け入れられないらしい。
そんな魔神が、残った腕でその戦士を排除しようと動き出そうとしたが……
戦士は、斬り上げた戦斧を、不要に振り上げず、手首を返して即座に斬り下ろしに切り替え。
そのまま、魔神の肩口から、脇腹までを両断した。一瞬でふたつになってしまう魔神。
その戦斧の重量が、どれほどのものであるかが分かる高威力。
……すげえ。
さすがだ。
オウガなんて、ものの数じゃない……
この人さえ……この人さえ戻ってきてくれたなら……!!
俺はこの人……いや、彼女の名前を叫んだ。
「皆! アイアが! 白兵戦無双の女戦鬼が駆けつけてくれたぞ! この戦い、勝てる! 勝てるぞ!」
自分でも勢いで言ってるところがあるのは自覚していた。
でも、希望だったのだ。
……この、凄まじい武芸の技と、強力な異能で、近接戦闘では誰も勝てないほどの域に到達した女戦士……アイアがやってきてくれた。
この戦いが、街の死期を先延ばしにするための、捨て石作戦ではない。
勝って帰って、喜びを守り抜くための戦いなんだ。
そう思うための、希望。
だから言ったよ。褒め称えた。
「……」
だけど。
言われた本人は何の反応も示さず。
すぐに次の目標に向かって行く。
……さすがだ!
突っ込んでいき、片っ端から劣勢に追い込まれている街の防衛勢力に加勢し、オウガを瞬殺。
その姿を見て、俺の胸は高鳴った。
憧れる。すげえ!
彼女こそ、真の戦士。
戦いを志すものが目指す終着点だと思った。
男として、憧れ……いや、彼女は女だから何だか適当ではない気が。
人間……それもなんか違う気がする。
ハッキリいって、戦闘中だから思案してる場合じゃ無いのは理解してたけど。
思わず、考えてしまった。
少し考えて……そうだ!
哺乳類として、憧れる!!
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