第91話 対処に困るラブレター?
★★★(クミ)
いきなり愛の告白なんて。
このくらいの子は無鉄砲ってことなのかな?
というか私、どこで見初められたのか。
まだこの村に入って、2時間経ってないくらいなのに。
この子の行動力、どうなってんの?
見初めて、すぐラブレター書いて、私を探してたって事?
なんか将来大物になるんじゃないかという気がする……!
でも。
当たり前だけど。
この告白は私は受けることが出来ない。
だって、私には人生を一緒に歩くと決めた人がもう居るし。
「ごめんね。私もう結婚してるからそういうのは受け取れないかな」
私がそう言って頭を下げる。
他人から好意を向けてもらえるのは喜ぶべきことだし、そういうことには誠意を尽くしてあたるのが人の道でしょ。
だから私は、その好意を受け取れない理由を真っ先に話し、なるべく丁寧に断った……つもり。
けど。
少年の笑顔は変わらなかった。
「大丈夫です。気にしませんから!」
全く狼狽えずにそんなことを言った。
……って、オイ!
それは駄目!
人の道から外れるよ!
「あのね」
私が唖然としていると。
さすがに聞き咎めたのか、アイアさんが口を挟んできた。
「このお姉さんにはね、すでにアツアツで、相思相愛の、すごい立派な旦那さんが居るの」
噛んで含めるように、諭すように、アイアさんはオネシ少年に語って聞かせる。
こういうことは、他人が援護射撃した方が説得力あるって思ってくれたのかな?
本人の口からだと、本当に? って思われちゃうかもだし。
客観的意見、の方が説得力がある……気がする。
「いくらこのお姉さんが素敵に見えて、好きになったとしても、相手がいる人に手を出すのは駄目。メシア様も言ってるでしょう?『他人の物を欲しがるな』って。三罪にあるじゃん」
聖典の内容を持ち出して、手ぶりを交えて必死に説得しようとしてる。
この世界じゃ聖典の内容は絶対なんだろうね。
……思えば、最初この世界に来た時。
聖典の内容を知らないって言ったらえらい驚かれたっけ。
ガンダさんに。
聖典が無い国ニホンってどんな国なんだ、って。
どんだけ未開の国なのか、と思われた……と思う。
でも、聖典を知らないのは事実だったし。
知らない以上知るしか無いし、知ったかすると後々面倒になるかもしれないから。
正直に話したのは悪手ではなかったと思うんだけど。
……おっと。
話が逸れちゃった。
「でも、好きになってしまったんです!」
オネシ少年。それでも諦めきれないらしい。
……まぁ、気持ちは嬉しい。
嬉しいんだけど……。
真剣で、必死な感じで、後を続ける。
「一目見た瞬間に、本当に好きになってしまったんです!」
……サトルさんも同じことを後で言ってくれたっけ。
でもなぁ、もうダメなんだよね。
私はもうサトルさんと一緒に歩いていくって決めたんだから。
だからまぁ、私は本質的な話をする。
その想いを貫いても無駄で、何も手に入らないよ、って。
「あのね」
私は努めて、穏やかにオネシ少年に言った。
しっかり目を見つめて。
「仮にだよ、私が今の夫を捨ててキミに乗り換えたとして」
……正直、口にするのも申し訳なくなる内容。
サトルさん、ゴメンナサイ!
……でも、言わないと話、進まないし。
どうしても必要な事なんです! サトルさん!
私はオネシ少年に教えてあげた。
「その瞬間、私は『夫を裏切る信用ならない女』ってことの実績が付くんだけど、それ、分かってる?」
……これ、前から思ってたことなんだけど。
他人の恋人や、夫、奥さんを奪い取るのって意味無いのでは、って。
だってさ。
それが成功した瞬間、その自分の想い人に「パートナーを裏切り、捨てた」って前科がつくわけでしょ?
そんな人、本当に信用できるの?
そんな人と新たに恋人の関係を結んだり、結婚の契り交わして意味あるのかな?
また裏切る可能性あるのに?
言っちゃなんだけど、裏切り者は何度でも裏切るよ?
実際さ、その手の組織でも裏切り者はまず信用されないよね?
利用し尽くされた後に殺されるか、冷遇されるのがオチ。
信頼は大事だよ。
私とサトルさんは信頼し合ってる。
相手が裏切ることはこれっぽっちも考えてない……と思う。
少なくとも、サトルさんは絶対そうだ。
だから私は裏切らない。
絶対に裏切るまいと心に決めてる。
それをやってしまったら、死んでお詫びするしかないとすら思ってる。
でも、他人から奪い取った相手で、そこまでの関係、築けるかな?
私は無理だと思うんだけど。
だから。
そんな想いを貫いても、得られるのは、他人のものを奪い取ったという、歪んだ達成感と征服欲だけ。
なにひとつ、誇れるもの、かけがえのないものは手に入らない。
私はそう思うんだ。
それ、この子にも教えてあげなきゃ……。
「この眼鏡のお姉さんの言う通りだよ」
アイアさんの援護射撃。
それに、と続ける。
「寝取りって、春画にあるみたいな軽いものじゃないんだよ? 実際は、多くの人の人生を狂わせる、とんでもない悪行なの」
したり顔で。
そうそう、もっと言ってあげて!
異性を好きになる気持ちは大切だと思うけど。
その想いが人の道に外れるなら封印できるようにならないと。
この少年が道を踏み外さないように、ここはしっかり言ってあげるべき!
「そんな道を外れた愛欲を肯定するのは、混沌神のマーラだけ。だから、悪いことは言わない、諦めなさい」
アイアさんの声音は穏やかだった。
オネシ少年に対する不快感は感じられない。
……これが大人の男だったら話は別だったよね。
「人妻でも構わないしん! 気持ちを受け取ってくださいしん!」
なんて言おうものなら、アイアさんの拳が即座に火を噴いていたと思う。
なんなら私も一緒に暴れてたかも。
で、ふたりがかりでボッコボコ。
そうなっていただろう。
相手がまだ恋に目覚めたばかりっぽい男の子だから、ふたりとも大人の対応できてるけどさ。
私たちのそうした語り掛けが功を奏したのか。
オネシ少年は、しばらく俯き、考え込んで。
それでも。
「手紙だけでも読んでください。お願いします」
頭を下げ、私に封筒を突き出してくる。
……ここだけは、曲げられないのか。
私はしばらく迷ったけど。
手紙だけは、受け取ることにした。
で。
部屋に戻って来た。
酒場には行ってない。
ふたりとも、店屋でご飯の雰囲気ではなくなってしまって。
「なんかスミマセン。アイアさん」
「いや、クミさんのせいじゃないし」
食事をフイにしてしまったことを詫びると、干し肉を咀嚼して飲み込んだアイアさんがそう応えてくれた。
畳の部屋。
例の、身体のライン出まくりの、布製ラバースーツみたいな鎧用の衣服に身を包んだアイアさんが、胡坐の姿勢で干し肉を齧ってる。
別に不機嫌では無さそう。
言葉に偽りは無いみたい。
んー、でも。
申し訳ないのは申し訳ないです……。
フツーの晩御飯をフイにしたんだから。
アイアさんの隣で正座しながら、私はさっきもらった封筒とにらめっこ。
これ、ホントどうしよう。
受け取りはしたけどさ。
……読んだら浮気になる?
どうなんだろう?
「アイアさん」
「何? クミさん?」
ちゃんと咀嚼したものを飲み込んでから返答してくれるアイアさん。
「これ、読んだら浮気ですかね?」
そう、一言。
そしたら。
ぶっ、とか言われる。
「……それ、ちょっと基準厳しすぎない?」
若干呆れが入った声でそう返された。
……そうかなぁ?
仮に、サトルさんがどっかの女の子からラブレター貰って。
それを私に隠れて読んでたら、正直気分悪いし。
モヤモヤするものがある。
どうしよう?
……でも、家に持って帰るのも、要らぬ誤解を呼びそうで嫌だしなぁ。
無論、受け取っておいて読まないで捨てるは駄目でしょ。
人の手紙を読まずに捨てるって、書いた人への裏切りじゃ無いかな?
じゃあ、やっぱりあのとき、受取りすら拒否すべきだったのかも。
でも、もう受け取ってしまったわけで……
……
………
ううん!
しょうがない!
意を決した私は宣言した。
アイアさんに顔を向けて。
「アイアさん、今から私はこの手紙を読みます!」
「おおー」
アイアさんがなんか、合わせてくれてるのマンマンな声で相槌を入れてくれる。
私は続けた。
これを浮気にしないための保険だ。
「……もし、手紙の内容で私の心が動いてるかもしれないと感じたら、すぐさま「この牝豚が!」と一喝してください」
「えええ~」
……続けたこの言葉への相槌は、何故か少し嫌そうだった。
私はラブレターの封筒の封を切る。
ハートマークの紙を剥がし、開ける。
中には数枚の便箋。
数枚って……
……えっと、メチャクチャ書いてない?
さっきも言ったけど、多分この村に入ってから2時間経ってないよ?
この手紙を受け取った時刻?
……ひょっとしてだけどさ。
あの子、普段から手紙を持ち歩いてた?
好みの異性に出会った瞬間、渡すために?
えーと……
それ、控えめに見ても最低だよね?
渡す人本人のために、文章を練ってないってことだし。
……どうしよう?
もし、文面見て、それが疑いなかったら、この手紙……
燃やしていいかなぁ?
さすがにさ、それはありえんでしょ。
怒って良いよね?
……まぁ、読むけど。
もしかしたら、あの子が超速記で、すぐさま文章を起こせるすごい才能を持ってる可能性だってあるんだし……
そう思い直し。私は便箋を開け、文字に目を落とした……
読む。
内容が、頭に入ってくる……
★★★(アイア)
私の仕事の相棒のクミさんが、正座して、貰ったラブレターを読んでいた。
クミさん、真面目だなぁ……。ちょっと驚いたけど。
こんなことでも、旦那さんへの不貞行為になるんじゃないかと心配するなんて。
その真面目さ、嫌いじゃ無いけどさ……
ちょっと生きてて息苦しいのではと思わないでもない。
まぁ、生涯結婚する気が無い私としては、縁のない話だとは思うんだけど。
読んでるクミさん、無表情だった。
喜んだり、照れたり、キュンとなってる様子が無い。
じっと正座して、文面に目を通してる感じ。
……もし文面で心が動いているように感じたら、牝豚と罵ってくれと頼まれたけど……
この分じゃ、大丈夫そうだね。
そうなったら嫌だなと思ってたんで、一安心。
……やがて。
クミさんはラブレターを読み終えた。
便箋を、閉じる。
無表情は崩れなかった。
良かった良かった。
「お疲れ様、クミさん」
私が、そう労うと。
クミさんが、ギュン、と私に顔を向けた。
その様子に、ただならぬものを感じた。
だから。
「えっと」
何? と問いかけようとしたとき。
先にクミさんが口を開いた。
……そして、言った言葉に私は反応できなかった。
「アイアさん、これ、ラブレターじゃありませんでした」
え……?
クミさんは真剣で、緊張した表情でそう言ったんだ。
声量も、控えめに。
私は、その言葉の意味が最初、分からなかった……。
不意打ちだったから。
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