第84話 クミ、怒りのスーパーモード

★★★(クミ)



 その瞬間、突然グレーターオウガが消滅した。

 いきなり塵になったんだ。


 まぁ、理由は理解できるけど。


「な!?」


 当然レッサーオウガも軒並み全滅。

 この男はまだそこまで気づいては居ないみたい。


 なんでいきなりグレーターオウガが消滅したんだ?


 その事実が受け入れられずにいる。


「召喚者が死んだからだよ」


 だから、教えてあげた。


 魔神召喚の奇跡で呼び出した魔神は、召喚者を殺害すると契約が切れ、魔界に強制送還される。

 つまり、この場に居た魔神は……あまりじっくりとは見て無いけど……あそこで真っ二つになって死んでるあの髭面の男が呼んだんだろう。


 段々血の匂いが強まってくる。


 正直、いい気分はしていない。


 でも、この場合はしょうがないよね。

 生け捕りにするには危険すぎる相手だし。


 その必要も、ぶっちゃけ無い。


 混沌神官は人間扱いされず、裁判なしで処刑される身。


 こいつらが混沌神官であることを証明してくれる証人には、この村の人たちがなってくれるはず。

 それに……


「クミちゃん!」


 向こうから、小柄な人影……センナさんが駆け寄ってくる。


 サトルさんとガンダさんも一緒だ。


 こっちには、証人としては鉄壁の価値を誇っている「神官」が2人も居るから。

 だから大丈夫だ。これが罪に問われることはおそらく、無い。

 残酷なようだけどね。


「邪悪の気配がたった1つになったから見に来たよ! 終わったの!?」


「うん。もうこいつだけだから」


 油断はしない。この男の出方を見張っておく。


 突然、どんな行動に出るか分かったもんじゃ無いし。


「クミさん、怪我は?」


 サトルさんも来てくれた。

 サトルさんには一応言っておかなきゃだね。


「サトルさん、こいつ混沌神官だから、10メートル圏内に近づかないでください」


 波動の奇跡の射程は8メートル。

 10メートルを目安に、近づかなければこいつは何も出来ない。


「分かった」


 そう、サトルさんは理解してくれたけど……


「……ゴメン、10メートルってどのくらいだっけ?」


 続いて、この質問が来た。


 あ、そっか。


 サトルさん、私みたいに間合いを測る稽古なんてしてないよね?

 戦闘を視野に入れた仕事をする以上、間合いの測り方は死活問題だから、私は結構稽古しているけど。

 サトルさん、そんなことしてないもんなぁ……


 えーと……


 身近なもので、10メートルくらいのものを記憶から探る。


 ちょっと考えて、ひとつ思い当たった。


 あれだ。


「私たちの寝室の、前の廊下。あれの端から端までが、だいたい10メートルです」


 それが、ちょっといけなかった。

 思考に寄り過ぎて、この男への注意が少し逸れたんだ。


 まあ、この男の頭の悪さから考えて、それを狙ったとはちょっと考えにくいんだけど。


 間が悪かった。


 男がダッシュして、一番近くに居た女の子……私が駆けつける前まで髭面に身体を触りまくられてたけど、アイアさんの突入騒ぎで髭面がそれどころじゃなくなり、解放された子……を捕まえた。


 反応が遅れたのが悔しい。


 男が言った。女の子をヘッドロックするみたいに捕まえて。


「近づくな! 変な真似をしたらこの女の頭をぶっ飛ばすぞ!」


 血走った目で、唾を飛ばしながら。

 追い詰められたケダモノの顔で。



★★★(グレートゴミヤ)



 クソッ! クズオのやつ、殺されてんじゃねぇよ!

 使えねえ!

 デーモンたちが残らず全滅だと!?


 詰みじゃねぇか!


 なんとかここから逃げることを考えねえと!


 投降してももう無理だ。

 混沌神官は裁判なしで処刑されるのが法律になってるから、突き出されたらどのみち運命は一緒。


 それに、混沌神官をわざと見逃してもおそらく罪になるんじゃなかったかな?


 なんとか隠匿の罪、だとかなんとか。


 どっかで聞いた覚えがするぞ!


 そんなリスクを負ってまで、こいつらが俺を見逃すわけがない!

 どんだけ「反省してます」「許してください」と詫びようと、だ。


 自力でここから逃げる方法を考えないと、俺は死ぬ!


 そこで、一番近くに居た、さっきまでクズオのやつに抱かれそうになってた若い女を俺は捕まえた。


 とりあえず思いついたことを即実行したんだ。


 人質作戦。

 こいつを人質に、逃亡を見逃させる。


 女を羽交い絞めにして、その頭に手をあてて「近づいたらぶっ殺す!」と宣言。

 ハッタリじゃない。


 波動の奇跡をゼロ距離で打ち込んだら、人は即死するんだ。

 発動は手からだから、ここで呪文をとなえればその通りになる。


 するとだ。

 効果はあったのか、あたりは静まり返った。


 ……お?


 これはひょっとすると、最善手だったのか?


「……とりあえず、地面に降りていい?」


 宙に浮かんだまんまのあの眼鏡女が、そんなことを言って来た。

 そういや、怒り過ぎて気にするの忘れてたが。


 こいつ、何で空を飛んでるんだ?


 それに、あのレッサーオウガを凍らせたあの攻撃は一体……?


「へへ……それぐらいならいいぜ。ところで、それは何だ?」


 一応聞いておかないとな。


「それって?」


「何でお前は空を飛べるんだ、ってことだよ。気づけよバカ女」


 バカ女というのが気持ち良かった。

 散々バカにしてくれたからな、こいつは。


 すると、眼鏡の女は俯いた様子で、しぶしぶ、という風にこう答えて来た。


「……風の精霊魔法よ」


 風の精霊魔法……?

 そうなのか?


 俺も一応、昔は「魔法が使えるようになりたい」と思い、調べようとしたことがあったんだが。

 精霊魔法を使えるようになるには、精霊との契約時に代償が要求されると知り。

 そこで詳しく調べるのを止めてしまったことがある。


 俺はリスクゼロで力を得たいのに、代償なんて冗談じゃ無いからな。


 じゃあ、あのレッサーオウガを凍らせた攻撃も魔法なのか?


「レッサーオウガを凍らせた攻撃も氷の精霊魔法かなんかか?」


「……その通りよ」


 なるほど。合点がいったぜ。


 とすると、次の要求は……


「とりあえず、武器を捨てろ。後ろの金属鎧のバケモンもだ!」


 これはやっておかないと安心できない。

 人質があるが、武器を持たれたままだと逆転の可能性がゼロじゃなくなるからな。


 すると効果覿面。

 多分あの戦斧を捨てたんだろう。後ろでドガシャ! と馬鹿でかい金属音がして。


 眼鏡女も、鎖のついた金属棒を捨てた。

 それだけじゃなく、革鎧からナイフまで抜き取って捨て始める始末。


 仕込み武器かよ!

 どんだけ武器を持ってるんだあの眼鏡女。


「そのナイフは全部こっちに向かって蹴れ!」


 念をいれておかないとな。

 俺は賢いんだ。


 すると、眼鏡女は言うとおりにしたよ。

 痛快だった。


 さっきまでの悔しさが、スパイスになってるようだった。

 自分優位の立場って最高だ!


 そういや、さっきこのクソ女、後ろの男に「私たちの寝室」って言ってたな?

 ということは、あの女、結婚してるのか?

 少なくとも、同棲はしてるってことだよな……?


 ……へぇ?


 あんな、しょうもない男と?


 見た感じ、真面目に生きるのが取り柄です、みたいな、冴えない、くだらない男だった。

 あくせく働いて、日銭を稼いでくるだけしかできない、みたいな。


 馬鹿じゃねえの?


 あんな、どこにでも居そうなくだらない男に、股を開いてるのか?

 アホとしか思えねえ。


 やっぱ、女ってバカなんだな。


 クサレマもブタメスもバカだったけどよ!


「そこの男って、お前の彼氏か何かか……?」


 聞いてやる。

 ちょっと、思うところがあったんだ。


 ここから逃亡した後の事だ。


 ここから逃亡した後、おそらくこいつらには二度と会うことは無いはず。

 俺が、力をつけて国でも興せば別だけどな。


 そうすっと、だ。


 今日、ここで受けた屈辱、永遠に晴らせなくなるんじゃね?

 それを思ったんだ。


 やり返すなら、今だろ。

 今やっとかないと、後で一生後悔する。

 それに気づいたんだ。


 俺、冴えてるよ!


 俺の問いに、クソ眼鏡女は少しの間返答に迷っていたようだったが。


「……夫よ」


 そう、答えた。


 まぁ、よく考えたらどうでもいい質問だったか。

 後に続ける言葉、彼氏でも夫でも同じになるんだし。


 ゾクゾクした。

 言った後の絶頂を予想して。


 俺は、言ったよ。


「へぇ、あんなくだらねえ男に股開いてんだ?」


 ……言ってやった!


 すげえ、スカッとしたぜ!


 言われて、クソ眼鏡の肩が震えたのを俺は見逃さなかった。

 悔しいらしい。


 ざまあみろ!


 続けて言ってやる。


「バカじゃねえの? あんなつまらなさそうな、あくせく働くくらいしか能の無さそうな男と結婚したんだ? 毎日退屈だろ?」


 言えば言うほど、気持ち良くなる。


「セックスでイったことあるか? ねぇだろ? あんな男に女をイカせられるわけねぇよな? どうせ正常位でしかやったことねぇんだろ?」


 口が止まらない。溢れ出る快感。

 クソ女は俯いていた。

 俯いて、震えている。


 ざまあ! ざまあ! ざまああああああ!


「あんなしょぼい男を選ぶあたり、お前のオツムは相当悪いな? 散々偉そうなことを言ったくせに……」


「黙れ」


 ぞわっ。


 その瞬間だった。

 周囲の気温が、急激に下がったんだ。


 な、何だ……?


「おい、ダニ」


 俺がその変化に戸惑っていると、クソ女がそんな生意気なことを言って来たんだ。

 畜生! またふざけたことを!


「誰がダニだ! 口の利き方に気をつけろ……!?」


 背筋が、凍った。


 クソ女は、顔を上げていた。


 その顔を見た瞬間、心臓を掴まれるような恐怖を感じた。

 顔に、感情が何も無かったのだ。


「ダニの分際で、サトルさんを侮辱したな?」


 クソ女は、そう言って一歩踏み出してきた。


 お……おい!


「動くなって言っただろうが! この女の頭をぶっ飛ばす……」


「その手の位置で波動の奇跡を使えば、オマエの左手も吹っ飛ぶけど、その覚悟はあるの?」


 被せるように、言われた。


 え……?


 言われて手の位置を確認する……


 その瞬間だった。


 ドスッ!


 両の太腿の裏に、激痛が走った。


「あぎゃああああああ!!」


 悲鳴をあげる俺。

 その隙に、女が俺の腕の中から逃げ出した。


 立っていられず、倒れる。

 そのときに、太腿に何かが刺さっていることに気づいた。


 倒れた拍子にさらに深く刺さったからだ。


「はぎいいいいいいい!!」


 痛い! 痛い! 痛いいいいいい!!


 抜いて! 抜いてぇぇぇぇ!!


「……抜かない方がいいと思うけど? 抜いたら大出血するから、治癒の奇跡をすぐさま使わないと、死ぬよ? 多分」


 のたうち回って、太腿の後ろに刺さってる何かを抜こうとしている俺に、クソ女は無表情のままそう言って来た。


「まぁ、治ってもまた同じところをすぐさま刺すけどね」


 ふぉん……


 クソ女の周囲を、何かが周回していた。

 それは光沢を持った、金属……というか、あの、捨てたナイフだった。


 それが、宙を舞っていた。

 まるでクソ女に付き従う妖精か何かのように。


 な……?


「……操鉄の術。磁石にくっつく物体を、効果範囲内で自由自在に操る魔法。雷の精霊魔法よ……」


 俺の方に歩み寄りながら、淡々と、クソ女は言った。


「な……お前、いくつの精霊と契約してるんだ……?」


 氷と、風と、雷……?


 すると。

 

「雷だけ」


「……は?」


 俺は、耳を疑った。


 また、騙されたのか……?


「また嘘を吐いたのか……? ひ、卑怯な……!」


「敵の言う事をあっさり信じるアンタがバカ過ぎるのよ」


 俺の抗議は、一言で切り捨てられた。

 俺はさらに抗議しようとしたが……


 次の瞬間、俺の両手と……頬をナイフが貫通した!


 クソ女の周囲を舞っていたナイフが、襲って来たんだ!


「うごおおおおおおお!!」


「……ナイフの猿轡。その状態で呪文が唱えられるなら、やってみれば? 舌がズタズタになると思うけどね」


 クソ女は、俺を無表情で見下ろしていた。

 ナイフはまだ、あと1本周囲を舞っている。


 ……もう、俺の心は折れていた。

 許して欲しい……!


 次は、次はどこを刺されるのか……?


 あのナイフの行方が気になる……!


「……サトルさんはね、私が喜ぶことが、自分の喜びだって言ってくれるのよ」


 クソ女が語りだした。

 俺は、もう口を挟まなかった。いや、挟めなかったが正しいか……。


「この言葉の重要性がオマエに分かる? どうせ分かんないと思うけどさ……自分の取り分を増やすことしか頭にない、オマエみたいなダニには分かんないよね?」


 俺は許して欲しかったから、顔を左右にブンブン振った。

 クソ女の言う事を、全部肯定してこの場を切り抜けたい!


 だが。


 クソ女は、俺の方を全く見ていなかった。

 見ないで、続けた。


「つまり、サトルさんは他人を喜ばせることで、自分の喜びを確保できる……他人を自分の幸せの器にできる人なの。人間の幸せの器の上限が、100しか無いなら、1人をどんなに満たしても100が精一杯だけど……サトルさんは、他人を満たすことで、自分のと合わせて、200にも300にも出来る人だってことなのよ……」


 そこまで言って、クソ女は女の顔をした。

 ……そこで、気づいた。


 この女、自分の夫を心底愛している。


 そして同時に。


 俺が、この女の逆鱗に触れたんだと。

 絶対に許せない一言を言ってしまったんだと。


 ……気づいた。


「それなのに、恐れ多くも、ダニの分際で、そんな私の最愛の夫を侮辱するとか……どうしよう? 妻として、オマエを殺す以外の選択肢、無いんじゃない?」


 見下ろす目。


 無表情のままだが、クソ女の頬が細かく震えている。


 そこで、スッと右手を差し出し……その手の中に


 パキパキと音を立てつつ、氷で出来た棍棒が出現する。

 細かい棘が無数についた、凶悪なデザインの氷の棍棒が。


「あ……新技出来ちゃった。……名付けて『氷結釘バット』……」


 淡々と。

 そして、それをクソ女は両手で思い切り振り上げ


 や……やめて……!


 ふるふると俺は首を左右に振った。

 涙が流れる。


 だが


「くたばれえええええ!!!」


 無情にもその氷の棍棒は振り下ろされ。


 俺の肩を砕いた。


 クソ女の暴力の宴が……はじまった。

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