第71話 新婚旅行に行きませんか?
「なるほど」
結婚後、かなり久方ぶりに大恩人のガンダ・ムジードさんの長屋を訪ねた。
アイアさんと一緒に。
畳敷きの居間に通してもらって、座布団を3つ並べて話をした。
アイアさんが「実は今引き受けている仕事に障害があって、その障害を排除してる間に本来の仕事が危機に晒されるかもしれないんです」といった切り出しをして、今回の依頼を説明。
海のノラ軍団と心置きなく戦うために、その間、センナさんを専属で守ってもらえないか? それを伝えた。
ちゃんと伝わっているのか、ガンダさんは頷きながら姪であるアイアさんの話を聞いてくれて。
「つまり、ノラタコ、ノラクラゲを退治する間、センナという女子を守れば良いのだな?」
「そうです。叔父様。やっていただけますか? 無論、報酬はお分け致します」
……アイアさん、叔父さんのことはちゃんと尊敬してるのね。
アイアさんの事を良く知らない人は、アイアさんの事を「男嫌い、拗らせ女子」って扱いしてるんだけど。
違うよね。アイアさんの事を良く知ると、その辺がよく分かる。
そりゃま、多少男社会に反感持ってるところあるけど。
アイアさん、私の事をちゃんと尊重して、別に「独身の自分の方が良い人生送ってるんだよ」みたいなこと言わないし。
あくまで「自分の夢を叶えるのに、男性との関りが障害になりそうだから避けてるだけ」なんだよねぇ。
……まぁ、最初私もその辺分かって無くて、警戒してたから偉そうには言えないんだけど。
誤解されてるなーって発言聞くと、訂正したい衝動には駆られちゃう。
まぁ、私に意見を求められて無いわけだから、事細かに訂正したら結局アイアさんに迷惑が掛かるかもだし。
なんかややこしい女が味方についてる、って。
色々考えて、放置してるんだけどね。
アイアさんもいちいち訂正しようとはしてないみたいだし。
お節介は駄目だよね。
っと。
「分かった。姪が頼って来たのに、助けないなど、兄上に顔向けできんしな。……今から出発か?」
「いえ、明後日です」
ガンダさんの返答に、アイアさんの顔が明るくなって、
返答。
……フツーに可愛い。
叔父さんにお願い聞いてもらえて嬉しいのか。
ガンダさんもまんざらでは無いようで。
「うむ。手は空いてるぞ。引き受けよう」
答える様子に、姪っ子に頼られて嬉しいって気持ちが出てる気がした。
良かった良かった。
そして。
お礼を言って、ガンダさんの家を後にしたとき。
貧乏長屋の通りをアイアさんと一緒に歩いていたら、ハタと気づいた。
……あ。
男性と一緒に旅をすることになるのか。
ガンダさんは大恩人だから、そこに気づけていなかった。
私、オバカ。
その事に気づいたとき、私は猛烈に焦りだした。
マズイ、マズイ、って。
いやね、ガンダさんに口説かれるなんて思ったわけじゃ無いんだよ?
ただね。
夫であるサトルさんと、旅行に行ったこと1回も無いのに。
例え仕事とはいえ、一緒に旅行のはじめてを他の男性とするなんて。
……これ、ダメなんじゃない?
私は口に手を当てて考え込む。
フリーのときになりゆきで、ならしょうがない気もするけどさ。
しっかり結婚して、しかもあんなに深く繋がり合ってるのに、はじめてを、例え旅行とはいえ、他の男性と?
……絶対ダメな気がする。
「どうしたの? クミさん?」
私が何か深刻な顔で、歩くスピードまで落ちて来たからか。
アイアさんがそう、声を掛けてくれた。
……どうしよう? 言うべきかな?
アイアさんに気遣われた私が考えたのは、まずそれ。
ハッキリ言って、これは私の事情だし、言い方間違えると「自意識過剰」「私の叔父様を侮辱するのか」と、アイアさんとの関係が壊れる可能性もある。
でも、言わないと……これは私たち夫婦としてのしこりになるかもしれない。
考えろ……考えるのよ。クミ。
こういうしかない、ってのは禁物。
もっと上手く、波風立たず、穏便に問題を解決できる言い方を……。
私はじっくり思案した。
多分、あまり現実時間は消費しなかったと思うんだけど。
この後、急に甘いものを食べたくなったから、相当考えて、脳で糖分を使用したんじゃ無いかなと想像。
「ん、とですね。アイアさん」
彼女の顔を正面から見るように見上げて。
なるべく、堂々と、こう言った。
「私、まだ夫と旅行行ったこと1回も無いのに、例え仕事で、大恩人であるとはいえ、他の男性と旅することに抵抗あります」
「……!」
アイアさん、ちょっと驚いてた。
で、アイアさんが口を開く前に、こう続ける。
「これ、浮気だとかそういうのじゃなく、私たち夫婦の歴史の問題だと思うんです。なので」
相手に喋らせないって、ちょっと感じ悪いんだけど、しょうがない。
アイアさんにガンダさんの事を「手を出されるとでも思ってるの?」なんて言われてから言っても拗れるだけのように思うから。
「……なので?」
運よく、すんなり続けて貰えた。
私が気を遣ってることに気づいてもらえたのかな?
アイアさんに、感謝。
「私の夫も連れて行きたいんですが、ダメですか?」
ダメ、と言われないように。
真剣な顔を維持してそう、続けた。
「サトルさん」
で。
その日の晩だ。
布団に入る前、また私はサトルさんに畏まって声を掛けた。
「……何?」
……警戒されてる。
布団に手を掛けたまま固まった姿勢と、その声の微妙な調子で分かってしまった。
まぁ、仕方ないんだけど。
悲しいとか、言えないよね……。
だってこないだ「離婚して欲しい」なんて言ってしまったんだもの。
サトルさんが立派だったから、なんとか踏み止まれたけどさ。
だからまぁ、これからしばらくは、畏まって話しかけたら警戒されるものと思わなきゃ。
「旅行行きましょう。旅行」
あまり勿体ぶらずに、気軽な調子で言った。
負担掛けるの申し訳ないもん。
こないだ、とんでもない負担を掛けちゃったのに。
「旅行? 何で?」
分からない、っていう風なサトルさん。
何でまたいきなり? そう思ったんだろうね。
……ちょっと卑怯だけど、私は一計を案じていた。
「前に私が居た世界では、夫婦は結婚後に『新婚旅行』っていうものをするんですよ」
「しんこんりょこう……?」
笑顔でそう教えてあげると、サトルさんはポカンとした感じでそう復唱してくれた。
う~ん……。
やっぱこの世界、新婚旅行っていう習慣、無いのかぁ……。
まあ、日本でも確か、幕末に西洋の文化が入ってくるまで、新婚旅行って習慣無かったんだっけ?
坂本龍馬が最初に奥さんと新婚旅行をしたとかいうこぼれ話を聞いた覚えあるし。
いきなりワケ分からんことを言われたって感じなのかな?
ん。
でも、これは想定の範囲内。実のところ。
……私の卑怯はこんなもんじゃ、無いですよ?
ここからです。
「実はセンナさんを、観光地のムッシュムラ村に連れて行く仕事を受けてるんですが」
「ああ、あの海水浴と温泉で有名な、レジャースポット?」
「そうそう」
ムッシュムラ村、有名なんだ?
旅行に興味なかったから、そういう情報シャットアウトしてたんだよね。実は。
「それでどうしていきなり新婚旅行なの?」
……サトルさんはやっぱ賢いよね。
余計なことを言わないで、いきなり本題を聞いて来てくれる。
説明が楽で助かります。
「実は、ムッシュムラ村のビーチが現在ノラ系モンスターのせいで使えなくなってまして」
「うん、それで?」
相槌を入れてくれる。嬉しい!
「センナさんに遊んでもらうために、先にそいつらを退治しないといけないんですね。でも、そうすると……」
「センナさんが危ない?」
「そう!」
超速理解。ありがたやありがたや。
「で、ですね……」
「うん」
「……センナさんの専属護衛で、アイアさんの叔父さんの、ガンダさんを仲間に加えようか、って話になりまして」
「なるほど」
頷くサトルさん。
……男性が仲間に加わる、って聞いても別に不機嫌にならないんだ……?
私はそこで、ちょっと悲しく思った。
嫉妬して欲しいって思ってるってことだよね?
……あまり褒められたことじゃ、無いよね……。
「……男性ですよ?」
……うっかり言っちゃう私。
どんだけワガママなのか。
自己嫌悪が湧いてしまった。
だけど、サトルさんは変わらなくて。
「でも、仕事だよね?」
「そうですけど!」
声が大きくなりそうになった。
……うー。
ダメだダメだ!
このまんまだと、話が逸れちゃう!
そこに気づいて、私は自分を抑え込んだ。
そして大きく息を吸い込んで、私は気を落ち着かせ、こう続けた。
「……このまんまだと、私のはじめての男性との旅行が、旦那様以外になってしまうんですけど」
言うときに「はじめての」を強調して、そう、言ったんだ。
無論、狙ってる。
男性の独占欲を刺激し、私に最初の足跡をつける権利をちらつかせて、首を縦に振らせる。
それを。
「サトルさんはそれでも……」
そう、言いかけたら。
「行く」
……即答してくれた。
躊躇ナシ。
「……明後日出発なんですが」
「仕事は休む」
……迷いが無かった。
まさか、ここまで……!
普段、お仕事すごく大切にしてるのに。
男の存在価値だ、みたいな感じで。
「……休むんですか?」
思わず聞いてしまった。
そうなるように仕向けたのに。
自分で仕掛けといてなんだけど。
そしたら。
「仕事の調整は頑張れば出来るけど、クミさんとの最初の旅行は今しか出来ない」
きっぱり言われた。
くぅ~。
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