第60話 突然の襲撃者

★★★(オータム)



 あーあ、面倒だった。

 貴族の皆様方は、堅苦しくて。

 ああいうのは、本当に肌に合わない。


 帰りの馬車で揺られながら、私は今日顔を出す羽目になった貴族の集まりについて思いを馳せていた。


 よく大きな仕事を回してくれる領主さんが、5大公家のひとつが主催する集会に「出てくれないか」と私に頼んだのだ。

 名高い「黒衣の魔女」と繋がりを持ちたい、呼んでくれないかという要望があったそうで。


 断るわけにはいかないわよね。


 そんなことをすれば、領主さんの顔を潰すことになるし。


 なので、あまり普段着慣れていないドレスなんぞを着て、顔を出す羽目になった。

 私は自分の身に着けている、普段着ないその衣装を見やる。


 黒い布を巻きつけたみたいに見えるイブニングドレス。

 それに合わせた、金のネックレス。指輪。


 胸元を見たり、指を広げてじっくり確認。


 あまり派手なのは好みじゃ無いから、できるだけ抑えめの、私の正装。


 それで出席した立食パーティ。

 出てる料理は美味しかったし、良いワインも出たわ。私の大好きな赤ワインで。


 だけど。


 愛想笑いと、ガッチガチのマナー、しきたり。

 愛想を良くするのは普段から気をつけてはいるけどね、あの場でのそれは話が違うから。

 マナーも当然守るけど、私の普段とはレベルが違う。

 まるで牢獄にいるみたいな世界だわ。


 あの世界の住人になるなんて絶対無理。

 貴族様方は大変よ。


 あんなところで生きてたら、1か月で人形みたいに表情が動かない人間になる自信があるわ。


 別に貴族様方の集会に出るのははじめてじゃないけど、何回出ても慣れないわ。全く。

 当分、こういうことはナシで願いたいわね。


 私は今日集会であった出来事を思い返す。


「ほう、あなたがあの有名な黒衣の魔女」


「お噂はかねがね伺ってますよ。冒険者で最強の個人は誰か? という話になると、まず候補に挙がるご婦人だと」


「お噂通りにお美しいですな。それに教養もあるご様子。素晴らしい」


「オモイカネは私も信仰しておりますのよ」


 ……お上品さの牢獄。

 息が詰まる思いだったわ。


 何も嫌なことは言われなかったけど。

 御身分の高い方々は、そういうもんなのかしらね。


 他人を貶める発言自体が下品だって分かってるんだと思うわ。


 でも。


 誰も本心は出して無いわよね。

 仮面被ってるのが分かるというか。


 まぁ、それが悪いとは言わないけど。

 素の自分を隠し、外面良くして品格を保つのがマナーなわけだし。


 でもあれは、庶民のそれとは違うわ。

 特別よ。


 あんな世界では生きていけない。何度でも言うけど。

 あのひとたち、良く生きていけるもんよね。


 別の意味で尊敬するわ。


 ……しかし、この馬車だけは乗り心地良いわね。

 これだけは「良かった」って思える。


 シートは革張りだし。

 柔らかいクッションを備えたりして、身体が痛くならないように配慮が随所にされてる。

 内装、最高。黒基調で統一されてる。

 豪華で、下品じゃない。

 とてもいいデザインセンス。


 さすが、貴族の集会で迎えに来る馬車というか。

 いつも良い馬車が来るけど、今日のは特別だわ。


 さすがは5大公家の集会でお迎えにあがってくる馬車ってことかしら?


 なんだか、御者さんの馬の操り方まで違うような気がするわ。

 ここからじゃ、御者さん見えないけどね。


 と、そのときだ。


「あぐっ」


 ……小さな、悲鳴みたいな声が聞こえて。


 突如、馬車が止まった。


 え……?


 何、何なのと思った私は、一瞬考える。

 脳裏に浮かぶ、考えられる状況。


1)強盗に襲われた


2)私を恨む誰かの襲撃


3)御者の急病


 ……何か、ただならぬことが起きてる。

 そんな直感が働いたからだ。


 だとしたら、私がやらねばならないことは。


 とりあえず、この馬車から出なきゃ。

 状況を確認するにしろ、戦うにしろ、それが最優先事項。


 ただし、普通にドアから出たら襲撃の場合、襲撃者の思うつぼ。


 一工夫要る。


 だったら……


 私は馬車のドアの取っ手を手にした。

 無論、開くためだ。


 いち、にの、さん、よ。


 心でタイミングを計って


 いち、にの、さん!


 ドアを開くと同時に、外に向かって最大威力の「水呼びの術」を放出する。


 大量の水が外に吐き出され、私はその隙を突き外に飛び出した。

 クルっと空中で回転し、受け身を取る。


 幸い、外には覆面をした武装集団も居なかったし、身なりの汚い男の集団が、下卑た笑みで取り囲んでいたりもしていなかった。


 ……何があったの?

 外に襲撃者の影が無いことに気づいた私は、次に御者さんの様子を確認する。


 居た。


 御者台の御者さんは、ガクンと項垂れて、動いていなかった。

 御者台の席に矢が突き刺さっている。


 ……生きているの? 死んでいるの?


 ……遠目にだけど、呼吸をしているように見える。


「うう……」


 呻き声。

 生きてる!


 助けるために駆け寄ろうかと思ったが、それが狙いの可能性もある。

 それに、良く見て。


 あの御者台の矢。


 つまり、弓を使う襲撃者が近くに居る。

 あの矢は、御者さんを狙って、外したのだろうか?


 ……いや。


 だったら、何故二の矢が無いの?

 とどめを刺すための。


 いや、それよりも……


 何で、馬も動けなくなってるの?


 ……馬車を引いていた2頭の馬が、両方ともへたり込んでいたのだ。

 

 ……閃くものがあった。


 これ、毒の効果?

 ひょっとして?


 馬は……足の一部から、血が流れている。

 付け根に、矢が刺さっていた。


 御者は、肩の一部が切り裂かれている。

 その傷の位置と、突き刺さった矢の方向が一致する。


 あの矢に毒が塗ってあって、それが身体に回って動けなくなってる……?


 ここで、ひとつ恐ろしい想像があった。


 馬も動けなくなっている。

 ここだ。


 馬は、矢が刺さっている。

 そして、御者は矢がかすめている。


 ……毒というものは。

 生物の身体の大きさで、同じ量でも効果が変わってくる。


 薬物の本には「致死量」という項目があって。

 それは、貴族階級の人間が、ネズミやウサギを使って研究し、突き止めた数値なのだ。

 ネズミやウサギが死に至った量の毒を、人間の一般的体重に当て嵌めて、そこから推量した数値。


 で、何が言いたいのか?


 つまり、当然だけど。

 人間の方が、馬より体重が軽い。

 だから……


 人間には、毒を塗った矢を「わざとかすめさせ」

 馬には、毒を塗った矢を「当てた」


 共に、動けなくなるような毒を塗った矢を。


 理由は、馬と同じ量の毒を注入すると、人間は死んでしまうかもしれないから。


 それを、狙ってできる技量……?


 勿論、これは私の妄想の可能性もある。

 だけど……


 もしそうなら、襲撃者の弓の腕。

 とんでもないわ。


 ……どうする?


 私は考える。

 あまりじっとはしていられないけど。


 そんな百発百中のスナイパー。

 立ち止まれば良いマトだ。

 私の想像通りなら、だけど。


 どこ? どこなの?


 四方に視線を投げるが、分からない。

 今は夜で、月明かりしか光が無い。

 あとは、馬車に吊り下げられたランタンくらいかしら?


 あるのは闇ばかりで、うっすらと木々の影、岩、草が見えるだけ……


 ヒュッ


 そのときだ。

 空気を割く音が聞こえて来た。


 間一髪。間に合う。


 私は髪を操って、飛来する矢を薙ぎ払って打ち落とした。


 ……正確に、私の首を狙ってきてた。

 私に対しては、殺す気なのね。


 ……まずいわね。

 こっちは敵の姿も見つけられないのに……!


 矢の飛来した方角を見つめても、人影が見えないから……。


 ……よし。


 私は覚悟を決めることにした。


 さあ、どこからでも来なさい。

 絶対急所である、頭部だけは死守。

 それさえ出来れば、私は負けない。


 目を閉じる。

 この状況だと、目はあまり役に立たないからね。


 ヒュヒュッ


 さっきとは別の方向!


 私は異能で操った髪を振るう。


 薙ぎ払い、打ち落とした。

 矢が……


 3本、打ち落とされた。


 私は驚愕する。


 ……3本同時に番えて射て、この精度で当ててくるの!?


 とんでもない奴……一体、どんな奴なのか……?


 ドスッ


 その隙を狙っていたのか。

 時間差で、上から1本の矢が降って来た。


 ……軌道を変えて、高い放物線を描くように。

 それは髪で薙ぎ払うのが間に合わず、私は腕で頭部を庇う姿勢を取る。

 矢は私の腕に突き刺さり……


 矢には、毒が塗られていて。


 毒が、私の身体に回っていく……




 がさっ、がさっ。


 草を踏み分け、毒が回って倒れた私に、近づく影。

 それは、黒いボロ布で身体を隠した人影で。


 弓を持っていた。

 見たところ、普通の弓。

 素人が作ったみたいな、安そうな弓。


 それで、あの精度の射撃を可能にする、恐ろしい腕。


「馬が昏倒する毒だから、人間がまともに喰らえば心臓が止まるわ。……さすがに死んだわよね」


 勝ち誇った声だった。


 女の声か。


 何故だか、聞き覚えのある声だった。

 一瞬、良く知った顔が脳裏に浮かんだけど、私は即座に打ち消した。


 そんなの、ありえないもの。


「でも、一応確認しなきゃね。それが基本だし。殺すときは……」


 人影は、すぐ傍までやってきた。

 毒の効果を信じ切っているのか。


 まぁ、そうよね。

 まともに突き刺さったんだものね。


 だけど……


 しゅるっ


「!!」


 私は髪を操って、人影の足首に巻き付けた。

 そしてそのまま逆さ吊り。


「……残念だったわねぇ……」


 そのまま私は、立ち上がる。


「そんな! 毒が効いて無いの!?」


 ばたばた暴れながら、慌てふためいている。

 そうよね。驚くわよねぇ……。


「いや、効いてるけど」


 そう。毒は効いてるのよ。

 本来は私、指一本動かせないどころか、おそらく心臓止まって死んでる……ハズ。


「どういうことよ!?」


 混乱してるみたい。

 まぁ、気持ちは分かるわ。


 私が暗殺者の立場なら、お前人間か!? ってツッコんでるところ。


「私の異能、髪の毛を操る、じゃあ無いのよね。あまり詳しく他人に説明はしないんだけど」


 そう。

 よく勘違いされるんだけど、私の異能は「髪を操る」じゃなくて「自分の身体を自由自在に操作する」

 髪を操ってるのはそこから来た発想なの。異能の本質じゃ無いの。


 だから……


「異能で無理矢理身体を動かしてるのよね。だから、表情なんかぎこちないでしょ?」


 微笑みたい気分だけど、さすがにそこまで異能を割くのは意味が無いから。

 多分顔、固まってるんじゃないかな?


 鏡見てないけどね。


「だから私は毒では殺せない。死に至る効果が出ても、それを無理矢理「無かったことにできる」からね。で、そうしてる間に……」


 私は腕に刺さった矢を引き抜いて。傷口を無理矢理異能で塞いで血を止める。


 そして自分の胸に手を当てた。


「オモイカネ、私の毒を取り去って」


 ……はい。これで解毒完了。「解毒の奇跡」

 あー、ビリビリした。


「くっ、インチキ過ぎる! 何なのアンタ!?」


「いきなり襲撃してきた人に文句言われる筋合いはさすがに無いかなぁ」


 ついでに腕の傷口を治癒の奇跡で癒しつつ、私は今後の事を考えていた。

 まず、この襲撃者の顔を見ないと。


 妙な想像が拭えないから、どうしても顔が見たい。

 今はボロ布の覆面で顔を隠しているから、赤い瞳しか見えないし。


 ……そう。襲撃者は、赤い瞳をしていた。


「じゃあ、ちょっと拝見」


 顔を見ればはっきりする。

 まさかそんなこと、あるわけない。


 そう思いながら。


 私は操髪斬を繰り出して。襲撃者の覆面を真っ二つに切り裂いた。


 そこにあったのは……


 あまり長くならないように切り揃えた茶色の髪。冷たい印象を受ける目。

 見慣れた顔だった。


 ……長く仕えてくれてる私の屋敷の使用人。

 セイレスにそっくりの逆さ吊りの顔が、そこにあったのだった。

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